「……」
「させるかよ! 『木の枝』!」
「………」
栞が印を結ぶと、彼女の周囲から木の枝が生える。
「それっ!」
「!」
木の枝が伸びて、泉の体を絡め取り、栞の方へと引っ張る。
「泉、大丈夫か⁉ しっかりしろ!」
「ぐっ……は、はい……」
泉が自らの腹部を抑えながら、栞の呼びかけに応える。
「とりあえずは無事か……」
栞はほっとして呟く。
「す、すみません、お手を煩わせてしまって……」
「へっ、これくらい気にすんなよ、困ったときはお互いさまだ」
申し訳なさそうにする泉に対して、栞が微笑む。
「ありがとうございます……」
「礼も要らねえっての」
「…………」
腐った死体たちが栞たちの方へと近づいてくる。
「さて、どうしたもんかね……首を飛ばしても駄目だとは……」
「ご覧になったように見た目よりも素早いです」
「足も腐っていやがるのにな。どうやって走ってんだが」
栞が苦笑する。
「厄介ですね……」
「……………」
腐った死体たちが栞たちを包囲しようとする。
「また囲んできやがったか……」
「くっ……」
しゃがみ込んでいた泉が立ち上がる。
「おいおい、あんまり無理すんなって」
「いや、ここは無理をする局面です……!」
泉が声を上げる。
「そうか? とりあえずはオレに任せておけって……」
「もちろん、栞さまにお任せします」
「うん? それじゃあ、お前はどうすんだよ?」
栞が首を傾げる。
「全力で逃げます」
「お、おい! 自分だけ逃げんのかよ⁉」
泉の思いもよらない言葉に栞が声を上げる。
「……半分冗談です」
「半分は本気なんだな……」
「ふふっ……」
「いや、ふふっ……じゃなくてな……」
「この場で揃って斃れるよりは賢明だと思いますが」
「まあ、それはそうだが……」
栞が顎をさする。
「いかがでしょう?」
「……それしかないか」
栞が頷く。
「ただ……」
「ただ?」
「今の私の脚力ではこの者たちを振り切れないと思われます」
「ああ……」
「非常に口惜しいですが……」
「このまま揃ってやられることになるのか……」
「……栞さま、死体に噛みつかれたいのですか?」
「アホなこと言うな。そんな願望、微塵もねえよ」
栞が肩をすくめる。泉が微笑む。
「そうですよね。安心しました」
「吞気に安心している場合じゃねえぞ」
「分かっています。ここは……」
「ここは?」
「栞さまのご奮闘に期待します」
「期待されてもな……」
泉が栞の方に向かって、両の拳をグッと握る。
「頑張ってください」
「お、応援されてもな……」
栞が自らの後頭部をポリポリと掻く。
「……………」
「死体どもがじりじりと迫ってくるぜ、どうするかね?」
「分かりません!」
栞の問いに対し、泉が元気よく答える。
「は、はっきりと言うな……」
「こういうことははっきりとさせた方が良いと思いまして」
「お前さんでさっぱりなら、オレはお手上げだ」
「お困りのようだね……」
「ん⁉」
栞が驚く。自らの側に、手のひらほどの大きさの人の形をした紙がひらひらと舞って、それから晴明の声がしたのだ。泉が呟く。
「お師匠さまの式神……ご覧になっているのですか?」
「ああ、その人形の紙を通してね……」
「ヒマしてんじゃねえか」
「優雅に休日を過ごしていると言ってくれ」
「それはどうでもいい……なんだ、冷やかしか?」
「その腐った死体たちの対処法を教えてあげようかなと思ってさ」
「わ、分かるのか⁉」
「ああ、なんとなくではあるけれどね……」
「なんでも良いから、早く教えてくれ!」
栞が式神をグッと掴む。晴明の苦しそうな声が聞こえてくる。
「く、苦しい……は、離してくれ……」
「あ、ああ、悪い……」
栞が式神を離す。
「……おほん、あの者たちに有効なのは、火で燃やすことだ!」
「……俺は火の術は不得手だ」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ! 師匠なら弟子のことを把握しておけ! 紙引きちぎるぞ!」
「ま、待った! あの者たちは土の属性だ……ということは栞、木の術を扱える君なら克つことが出来る……! 『木克土』だ!」
「ああ、木は土の養分を吸い取るってあれか? しかし、吸い取るほどの養分があるようには見えねえが……」
「逆に考えてみたまえ、相手は死体だ……」
「……そうか! 『木生』!」
「⁉」
栞が印を結ぶと、腐った死体たちの体から木が生え、腐った死体は崩れ落ちて霧消する。
「瑞々しい生命の力で、死体を圧倒すると……」
「そうだ、泉。しかし、よく思い付いたね栞、君特有の捻くれ具合が上手くいったのかな?」
「やっぱ引きちぎろうかな、こいつ……」
栞が紙の式神を睨む。
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