弐
「いや~どうしてなかなか大変だったぜ……」
翌日、晴明の屋敷の一室で栞が後頭部をポリポリと掻く。
「腐った死体たちが動くとはね……」
基が顎をさすりながら呟く。
「想像するだけでも怖気がしますわね……」
金が自らの体を抱え込むようにする。
「アタシには考えも及ばないな~」
焔が腕を組みながら首を傾げる。
「……焔さん、もっと想像力を働かせてみるのも大切なことですよ?」
「う~ん、実際この目で見ていないからなんともな~金ちゃんみたいに必要以上にビビっちゃうのもちょっと違うと思うし……」
「ビ、ビビってなどおりません!」
金がムッとする。
「いやいや、今震えていたじゃん」
「こ、これは……違います!」
「何が違うのさ?」
「ちょっと寒気がしただけのことです」
「……こんなポカポカ陽気の日だけど?」
「か、風邪気味なのです!」
「そのわりには元気だね」
「や、病は気からと申しますから! 風邪など吹き飛ばしてしまおうと……!」
「ふ~ん……」
焔が金をジッと見つめる。
「な、なんですの?」
「……ちょっとばかり苦しくないかな?」
焔が首を傾げる。
「く、苦しいとは何がですか?」
「まあまあ、その辺りで……金は何事においても慎重なんだよ、用心深いとも言えるかな。それはとても大事なことだ」
基が口を開く。
「ふふっ……そういうことにしておこうか」
焔がニヤリと笑う。
「……」
「泉ちゃん、さっきからずっと黙っているね。どうかしたの?」
焔が泉に話しかける。
「……栞さまにはたいへんご迷惑をおかけしましたので……」
「ああ、己の不甲斐なさを気に病んでいるんだ」
「ほ、焔さん、もう少し言葉を選んでください……!」
焔のあまりにも正直過ぎる物言いに、金が苦言を呈す。
「いやいや、変に取り繕ってもしょうがないじゃない」
「だからと言って……」
「まったくもって、焔さまの言う通りでございます……」
泉が力なく俯く。
「……気にしなくてもいいんじゃない?」
「え……?」
焔の言葉に泉が顔を上げる。
「アタシたちは幼いころから、晴明ちゃんの弟子として共に長い時間を過ごしてきた……言うなれば姉妹も同然だ。姉妹ならばお互いを補い合い、助け合うのは当然のことだよ」
「姉妹……」
「ふむ、焔の言う通りだね……」
基が頷く。
「珍しく良いことをおっしゃいますわね」
「アタシは良いことしか言わないよ」
金に対し、焔が笑みを浮かべる。
「焔の言ったように、あんまり気にすんなよ」
「栞さま……」
「そうだね、これまでも泉には何度も助けられてきたからね」
「基さま……」
「むしろ栞さんの暴走をよく補っていらっしゃる方ですわ」
「なっ⁉ どういうこったよ、金!」
「そのままの意味ですが」
「オレがいつ暴走したってんだよ?」
「いつも」
「常に」
「日常茶飯事」
「なっ⁉」
金と基と焔がほぼ同時に同じようなことを言ったため、栞は面食らう。
「ふ、ふふっ……」
それを見て泉が笑う。
「調子が戻ったようだね」
基が微笑む。
「話を戻しましょうか。死体が動くとはまったくもって摩訶不思議な……」
金が顎に手を添える。
「晴明ちゃんは知っていたの?」
「ああ、土の属性だっていうことも知っていたぜ。まあ、土の中から現れてきたのを見れば、それくらいの見当はつくかもしれねえが……」
焔の問いに栞が答える。
「……お師匠さまの推測?」
「……いや、聞いたことがあるのだろう。そんな話を以前していた」
泉の呟きに基が反応する。泉が尋ねる。
「どのような話ですか?」
「遠い西方の土地で、死んだ者にも霊魂が宿る……そのような信仰が民の間で広く浸透しているという……」
「唐土ですか?」
「いや……」
「天竺?」
「いいや……」
泉と金の問いに対し、基が首を振る。
「もっと西ってか?」
「ああ、そうだ」
栞の言葉に基が頷く。焔が口を開く。
「なんだっけ、波斯だっけか?」
「いいや、それよりももっと西の方だ……」
「へえ~そんな遠くにも国があるんだ」
焔が感心する。
「晴明の野郎、行ったことがあるのか?」
「さすがにそれは無いと思うけどね……」
栞の呟きに基が苦笑する。
「ご歓談のところ、申し訳ありません……」
旭と朧が現れる。焔が驚く。
「うおっ⁉ びっくりさせないでよ~朧ちゃん」
「われは旭です。朧はこちら……」
旭が朧を指し示す。焔が謝る。
「あ、ご、ごめんね……」
「物の怪らしきものが現れたという報告がありました。今宵も出動をお願いします」
「!」
朧の言葉を受け、五人の顔に緊張が走る。
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