「というわけでぼくらの出動なわけだけど……」
夜道を歩きながら、基が自らの側頭部を撫でる。
「昨日に引き続いてご苦労さまですわね、基さん」
隣を歩く金が声をかける。
「いやいや、みんなで決めたことだからそれは良いんだけれどね……」
基が右手を左右に小さく振る。
「わたくしは久方ぶりの出動になりますわ……」
「あれ? そうだっけ?」
「ええ」
「……」
「なんですか? 急に黙って……」
「ひょっとしてだけどさ……」
「え?」
「緊張とかしてる?」
「はあ?」
「してないのかい?」
「しているわけがないでしょう」
「そうかい……」
「……嘘です」
「ん?」
「緊張しております」
「ははっ、正直だね……」
基が笑う。
「ただ……」
「ただ?」
「何事においても緊張感というのは必要だと思っておりますわ」
「ふむ……」
基が顎に手を添える。
「負け惜しみみたいに受け取られるかもしれませんけれど……」
「いや、君の言うことにも一理あるよ」
「そうですか」
「なるほど、緊張感か……」
「はい」
「ぼくらにはやや欠けているところだね……泉を除いて」
「ほう……」
金が感心したように基を見つめる。
「? どうかしたかい?」
基が首を傾げる。
「いえ、ご自分もそこに含まれるのですね……」
「ああ、そうだよ」
「……意外ですね」
「意外?」
「ご自分は栞さんや焔さんとは違うと言われるかと思いましたので」
「ははっ、さすがにそこまで思い上がってはいないよ」
「ふむ……」
「ぼくはまだまだ人間としての研鑽を積まなくてはならないと思っている……」
「………」
「うん? 急に黙ったね?」
「いえ……その姿勢、見習うべきだと思いまして……」
「見習う?」
「ええ、そうですとも」
金が首を縦に振る。
「ぼくのことをかい?」
基が自らを指し示す。
「他にどなたがいるのですか」
「いやいや、ぼくなんか見習うほどのものじゃないよ……」
「いいえ、そのようなことはありませんわ」
金が首を左右に振る。
「え?」
「わたくし、基さんのことを尊敬しております」
「え、ええ……?」
金に真っ直ぐに見つめられ、基はやや戸惑う。
「…………」
金は見つめ続ける。
「な、なんだか照れてしまうな……」
基は鼻の頭をポリポリと擦る。
「……………」
「ぼくは尊敬に値するような人物ではないよ……」
「そのような謙虚な姿勢が尊敬に値します」
「おおっ……そ、そうくるかい……困ったな」
「すみません、困らせるつもりはありませんでしたが……」
金が頭を下げる。
「いや、頭を下げてもらっても困るな……分かったよ」
「分かった?」
金が頭を上げる。
「……尊敬し続けてもらうように頑張るよ」
「頑張ってください。わたくしも追いつけるように頑張りまずので」
「いやあ、君はたいへんな努力家だからな、大変だなあ~」
基が後頭部を抑える。
「ふふっ……」
金が微笑む。
「さてと……」
「む?」
基が立ち止まる。金が周囲を見回す。
「ここら辺だよ、旭たちが言っていた場所はね……」
「ああ、そうでしたわね……船岡山……」
金が再度周囲を見回して確認する。
「人はいないね……もう夜だからそれも当然か」
「……ここは雰囲気がありますわね」
「桓武の帝がこの地に遷都を決められたという場所らしいからね……」
「『岡は船岡』……」
「『枕草子』だね」
「さすが、基さんもお読みになられておりますか」
「まあ一応ね」
「こういうお話は泉さんと基さんとしか出来ませんから……他のお二人は……」
「栞や焔には、彼女らなりの良い所があるよ」
基が苦笑する。
「まあ、それはともかくとして……皆さん、足をお運びになられる場所ですわね」
「ああ、そうだね」
「その場所に物の怪が出るというのは由々しき事態です」
「まったくだ……ん!」
「むっ⁉」
「……!」
木々の中から、基たちが近づいたある一本のどことなく不気味な雰囲気を醸し出している大きな木の表皮が人の顔面に突如として変わる。
「おっと⁉」
「こ、これは……⁉」
基たちは驚く。
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