肆
「いや~どうしてなかなか大変な相手だったね……」
堀川小路で戦った翌日、晴明の屋敷の一室で基が髪をかき上げる。
「川を覆うほどの大きなタコさんですか……想像が追いつかないですね」
泉が腕を組む。
「漁師の連中からもそこまでの規模は聞いたことがないぜ」
栞が顎をさすりながら呟く。
「それが洛中まで来るとは……脅威ですわね……」
金が目を細める。
「実際、かなりの脅威だったよ」
焔が苦笑する。
「しかし、本当に大きなタコだった……」
「ときに基ちゃん……」
「ん?」
「あれは本当にタコだったのかな?」
「……」
「………」
基と焔が見つめ合う。
「……そう言われるとそうだね」
「タコによく似た別になにかだったのかも……」
「ふむ……そんな気がしてきたよ」
「でしょ?」
「ええ……?」
基と焔の会話に泉が戸惑う。
「ちょ、ちょっとお待ちになってください……!」
「え?」
「報告が二転三転してもらっては困りますわ」
金が注意する。
「うむ……」
「い、いや、基さん、うむではなくてですね……」
「しかし、一晩経ってみてもとても信じられなくてね……」
基が顎に手を添える。
「本当に大きかったんだよ!」
焔が両手を大きく広げる。
「焔さん、それはよく分かりましたから……」
金が頷く。
「……報告はお二人の意見が出来る限り統一されたものが欲しいですね」
「泉さんのおっしゃる通りですわ」
「各々の感じたことで良くない?」
「駄目ですわ。後で混乱の元となってしまいます」
焔を金がたしなめる。
「う~ん……」
焔が腕を組んで首を傾げる。
「検証すれば良いじゃねえか?」
栞が口を開く。
「え……」
「む……」
泉と基がだいぶ驚いた表情で栞を見つめる。
「な、なんだよ?」
「検証だなんて難しい言葉を貴女がご存知だなんて……」
「それくらい知ってるわ、馬鹿にすんな!」
金に対し、栞が声を上げる。
「栞ちゃん、熱だね」
「そこは熱でもあるの?って聞くとこだろうが! 何はっきり断定してんだよ!」
焔に対し、栞がさらに声を上げる。
「……ま、まあ、検証してみますか……」
金が再び頷く。栞が基に向かって訪ねる。
「基、そのタコはもしかしてなんだが……」
「うん……」
「イカの見間違いだったんじゃねえか?」
「それはないね」
「検証終了だ。タコだな」
「は、早すぎませんか⁉」
金が戸惑う。栞が首を捻る。
「そうか?」
「そ、そうですわ……」
「焔、足の数は十本じゃなかったか?」
「いいや、八本だったよ」
「暗かったから数え間違いをしたっていう可能性は?」
「アタシの火で照らしたりしたからね。ちゃんと確認したよ」
「検証終了。タコだな、間違いない」
「だ、だから、早すぎません⁉」
金が困惑する。
「大きなタコで良いだろうが」
「そんな雑な報告は……!」
「……思い出しました」
泉が口を開く。四人の注目が泉に集まる。金が首を捻る。
「思い出した?」
「は、はい、お師匠さまに以前聞いたことがあります。かなり前ですが……」
「どんな話だい?」
基が問う。
「遠い北西の海で航海した者が遭遇した海獣の話です」
「海獣?」
「海の獣です。辺り一面の海を覆い尽くすほど大きかったと……」
「それが大ダコだって?」
「タコさんかどうかははっきりとはしませんが……それに近いものだったと……」
「では、晴明さまはご存知なのかしら?」
「ええ、水の属性だということも知っていたというのならば恐らくは……」
金の問いに泉が答える。
「じゃあ、特に報告は必要ねえな」
「栞さん、そういうわけには参りませんわ」
「だってあいつ式神を通して見てるじゃねえか」
「肉眼で見た皆さんからの報告も重要なのです」
「ふ~ん、そういうものかねえ……」
金の言葉に栞が首を捻る。
「泉ちゃんだけに話したのはなんでだろうね?」
焔が首を捻る。
「泉以外はあまり良い教え子でもないから……それは冗談として、水が関係するからかな」
基が呟く。
「ご歓談のところ、申し訳ありません……」
旭と朧が現れる。焔が驚く。
「うおっ⁉ び、びっくりさせないでよ~朧ちゃん」
「われは旭です。朧はこちら……」
旭が朧を指し示す。焔が謝る。
「あ、ご、ごめんね、何度も何度も……」
「物の怪らしきものが現れたという報告がありました。今宵も出動をお願いします」
「!」
朧の言葉を受け、五人の顔に緊張が走る。
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