伊乃という名前は、元々「inno」と書いた。
「inno」は「innocent」から取ってできた名前だ。
「innocent」には、様々な意味が込められている。
私は、この英単語が似合う人になりたい、と言ったことがある。
「潔白な、汚れのない、純潔な、無邪気な、純真な、あどけない、お人よしの、単純な」
そんな人でいたい、そう答えた。
「無罪の」人でいたかった。
法律的な意味で、というよりは、道徳的な意味である。
私は、罪を犯していないと信じたかった。
そんな考えをしないでいたかった。
人間、罪悪感から逃れられない時がいつかは来る。
いとも簡単に割り切って、乗り越えてしまう人もいるらしいが、
私には到底できそうもない。
事ある毎に、強い罪悪感を抱えてきた。
一番強い後悔と罪悪感は、9年前の夏の日の事件にある。
が、抱える罪悪感は一つではない。
罪悪感。それは、胸を抉るナイフのようであり、歩みを困難にする足枷のようだ。
上手く歩けないことに苛立ち、そしてまた新たな罪悪感を抱えるのだ。
以前は、己の罪深さを鑑み、法に裁けぬ罪の処罰として自死を考えていた。
やがて、思い知る。
この重く伸し掛る罪悪感を背負いながら生きることこそ、一番の罰になる事実を。
今も私は、死ぬべき人間だと思っている。
否、皆も思うことすらあるだろうねぇ。
だからこそ皆、死に恐怖しながらも惹かれる。
死とは、終わりとは、酷く悲しいものではあるが、
同時に何よりも甘美な響きを持っている。
夏のあの日に囚われた少女は一人、
存在しない物を見ていた。
血に濡れた己の手に、自分を嘲笑う“友人”の姿。
陽炎が揺れる先に見える転がった死体は、
原形を留めておらず、顔は確認できなかった。
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