終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

14 空の蒼さはかくも遠き⑭傷痕

公開日時: 2020年11月7日(土) 19:34
文字数:3,332

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「変じゃない? この格好……」


 宿屋。木材が中心の素朴な造りの室内です。


 椅子にちょこんと座り、鏡に映った自分の姿を見たフィアリスちゃんが、訝(いぶか)しむように言いました。


 彼女が戸惑うのも無理はありません。現在のフィアリスちゃんは、わたしの手によって髪型と服装を劇的にドレスアップされていました。あまりにも素晴らしいその出来栄えに、困惑してしまっているのでしょう。


 明日からの探索作業に際して、必要になるであろう変装の練習を名目とした、お着替えパーティの真っ最中です。


 髪型は、ローツインテールを基本とし、毛先に緩くウェーブをかけています。髪質のいい白銀の髪は、どんなアレンジにも応えてくれました。奥ゆかしさと少女らしさを兼ね備えた、愛くるしいヘアスタイルに仕上げることが出来ました。


 そして服は、フィアリスちゃんの神秘的な雰囲気を生かしつつも、安置なワンピースには逃げない挑戦的な試み。敢えてラフさを出すことで、本人が持つ良さを際立たせる作戦です。紺色のプリーツスカートに、デニール数のやや多い黒のタイツの組み合わせ。上は白のパーカーをインナーとし、ベージュのブルゾンをチョイスしました。どれもわたしの物ですので、ややサイズが大きいのですが、それもまた、大人への憧れを抱き始める第二次性徴期直前の女の子特有の青々しさと、新芽が萌える様子にも似た瑞々(みずみず)しさを演出するのに、一役買っていたのです(力説)。


 テーマは、休日に付き合いの長い友人とデートと称した食べ歩きコーデ。


 もちろん、変装としての効果はありません。要するに、わたしがフィアリスちゃんをコーディネートしたかっただけの時間です。


 しかし、会心の出来でした。


 ブラシを片手に、わたしは熱弁します。


「完璧です! 可愛いですよ! フィアリスちゃん!」


「よく分からないけど、エルルが褒めてくれるのは嬉しいな」


 背後のわたしに向かって、座ったまま上目遣いで見上げてくるフィアリスちゃん。


 やーん、可愛過ぎです。


 これなら、ライザ辺りならイチコロでしょう。ロリコンほいほいです。


 ……自分で言っておいてなんですが、ほいほいされるライザを想像すると、なんというかこう、むっとしますね、不思議と。


「エルルは、変装、しないの……?」


 無垢なフィアリスちゃんは、着せ替え人形にされたことに何の疑問も持たず、純粋にそう問い掛けてきます。


 ちょっと罪悪感。


「じゃあ、わたしのはフィアリスちゃんにやってもらいましょうかね」


「私、髪の結び方知らない……」


「大丈夫、やり方を教えますから。練習してみましょう」


 というわけで、実演を交えながら、髪を結んで貰いました。


「上手ですよ、フィアリスちゃん」


 初級編ということで、オーソドックスな三つ編みです。黙っていれば深窓の令嬢のような容姿をしているわたし。ちょうどオシャレ用の伊達眼鏡を持っていたので、かけてみました。


 おぉ、優等生っぽい……。


 たまにはこういうのもいいかも、と思いました。


 ライザに見せて、賢い女扱いされたいですね。


 それからは、色々二人でお洒落を楽しみました。女の子同士だからこそ出来る、桃色の遊びです。男子禁制。秘密の花園。大奥。大いに、楽しみました。うふふふ。


 さて、夜も更けていい時間になってまいりましたので、お風呂に入って寝ることになりました。


 ロッジ風の室内の外には、乙なことに各部屋専用の露天風呂が設置されていました。


 フィアリスちゃんが悪戦苦闘しながら服を脱いだのを見届けて、今度は自分の番となった時に、わたしはあることに気付きます。


 『胸の傷』——フィアリスちゃんに怖がられたらどうしようかと。


 普段、人前で服を脱ぐことがないので、すっかり失念していたのです。


 わたしの胸には、およそ女性には似つかわしくない大きな傷痕がありました。

 

 それは抽象的な心の傷ではなく、物理的な生々しい古傷です。


 ″わたしがこの体になるきっかけとなった事件″の際に負った傷——それはトラウマそのものを具現化したように、深く刻まれていました。


「エルル? どうしたの?」


 ううん、微妙に言葉にし辛い……。


 というわけで、


「えい」


 わたしはフィアリスちゃんに抱き付きました。頭の中で傷のことを考えます。


「えっと……私は、気にしないよ?」


「流石です、フィアリスちゃん」


「まさか、こんな説明の仕方をされるとは……」


「えへへ」


 言葉なくして、人を理解する。フィアリスちゃんの力はとても優しい力なのだと、わたしは伝えたかったわけです。


 脱ぎます。あらわになる、ショッキングな傷痕。胸の真ん中を穿(うが)つように、それは刻まれていました。


 醜い——とは、思いませんが。


 あまり、好きではありません。


 しかし、きっとこの傷も、彼女なら受け入れてくれると思っていました。結果論ですが、心のどこかで確信していたのは事実です。


「フィアリスちゃんが初めてですよ、この傷を見せたのは」


 特別ですね、とわたしは微笑み、二人でお風呂に向かいました。


 洗い合いっこを提案しましたが、フィアリスちゃんは自分の髪すら洗ったことがないとのこと。身の回りの世話は、全て信者の中から選ばれた侍従がしていたそうです。


 彼女はこれから、覚えなければならないことがたくさんありそうでした。


 目にシャンプーが入り痛がりながらも、フィアリスちゃんはしっきりとやり遂げました。


 裸の付き合い。


 浴槽はそこまでの広さこそないものの、湯船に浸かりながら見上げる満天の星空というのは、どれだけ見ても飽きないものがありました。


「はぁ〜極楽ですね〜」


 今日は本当に、色々なことが起こりました。


 これからのことを考えると、前途多難で少しだけ雲が陰りますが、今はただ、この幸せに身を委ねるとしましょう。


 ただのお湯。水を温めただけ。


 それが何故、外で浸かると、肩まで潜ると、こんなにも気持ちいいのでしょうか。全身が均一に温められ、血行が促進されていきます。


 水面が、ゆらゆらと揺れていました。体が溶けていくような、脳までとろけてしまうような心地。お湯と体が一つになるかのような思いで。


 なんというか、こう……うまくは言えないのですが……やり遂げたね……そんな感じで……わたしは思わず、吐息を漏らしながら呟きました。


 いい湯だなあ——と。


 びばのん。




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 そして、お風呂上がりといえばビールですよ。


 この宿屋、なんと各部屋にルームサービス機能が備え付けられていて、注文したものが自動的にダムウェーターで運ばれてくる仕組みでした。


 お手頃な宿泊料金の割には、随分とサービスがハイテクです。自動化というのは文明が行き着く先の選択肢としては、かなりメジャーなもの。快適性に対する一つの解として、至極真っ当なものなのでしょう。


 椅子に腰掛け、あふれんばかりのビールを飲もうとしたところ、フィアリスちゃんがじっとこちらを見ていることに気付きます。


 今のわたしは、かなり油断した格好をしています。パンツ一枚。タオルを首から掛け、女子力を手放した姿。


 わたしは、もじもじします。


「あの……あんまりじっと見られると恥ずかしかったり……」  





「エルルの肌綺麗だなあって思って」


「そ、そうですか?」


 褒められると、嬉しいです。


 肉体年齢が低くなって得したことの一つに、お肌の全盛期化がありました。フィアリスちゃんもそうなのですが、子どもの肌って何でこんなに、むにむにもちもちしてるんでしょうね。若さこそ、最強の武器と言わんばかりに。この世は諸行無常、盛者必衰の理(ことわり)で成り立っています。


 フィアリスちゃんは、初めて飲む炭酸飲料に大変感動しておりました。もちろん、ジュースです。子どもにはお酒は飲ませられません。わたし? 大人ですので。当年とって、23歳です。絶賛幼女退行中。


 髪やらなんやらをケアし、レーヴァから二人分の寝巻きを取り出すと、もう寝る準備は整いました。


 二人でふかふかのベッドに潜り込みます。ぴしっと張られたシーツを踏み荒らす快感。電気を消し、フィアリスちゃんへと向かっていいます。


「おやすみなさい、フィアリスちゃん」


 おやすみなさい。小さな囁きと握れた手の温もりを感じながら、わたしは眠りに落ちるのでした。


 いい夢が見れそうでした。


 そしてわたしは、悪夢を見ます。

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