【Side:????】
『遺物』。
規格外にして奇想天外、理外(りがい)にて埒外(らちがい)の機能を有する人工物(アーティファクト)。
彼等がどのようにして製造されたのか、また、どのような目的で生み出されたのか。現人類には、未(いま)だ神秘(ロマン)を解明する力はなく。
しかし、エルトゥールル・ハウルが所有する【終焉たる救世主】だけは、その限りではなかった。
何故ならば、そこには『声』があったからだ。
【終焉たる救世主】に宿る人格。名も無き彼女の記憶(データ)は、断片的ではあったがしかし、自らの存在意義だけはその精神に深く刻まれていた。
それは、かつての人類が描いた『死』への多角的なアプローチの一つ。死を超越せんとする、倫理への真っ向からの反逆そのもの。
すなわち、″人の精神をデータ化し、肉体が朽ちれば新たな肉体へ、その人格のみを未来へと運ぶ計画″である。
可能な限りの劣化防止措置が施された記憶媒体に精神を保管(バックアップ)し、次から次へと体を乗り換えていくことにより、悠久に等しい時を人類は得ようとしたのだ。
|【方舟計画】《プロジェクト・アーク》と称されたその計画は当時、様々な実験が行われ、多種多様な被験体が集められた。
その中の一人に名を連ねたのが、かつて【終焉たる救世主】を駆り、『世界最強の魔法使い』、『終焉の救世主』と謳われた少女である。
彼女には、他の被験者達とは異なる、とある実験が施された。
それは、『強さ』の再現、救世主の再臨。
人格だけではなく、″彼女が持つ最強の力″そのものを、蘇った先の新しい肉体で複製しようという試み。
そしてその為に、彼女の人格データが保存された【終焉たる救世主】には、三つの機能が与えられることになる。
一つは、精神を移管する機能。【終焉たる救世主】に適合した宿主の精神を破壊し、少女の人格を植え付ける、倫理を無視した侵略行為。
二つは、エーテルを蓄積する機能。少女が生前その身に宿していた強大過ぎるエーテルは、ありのままを【終焉たる救世主】に封印された。
三つは、肉体を再現する機能。使い手の体を細胞レベルで造り替えていき、救世主として相応しい、究極のパフォーマンスを発揮できる器(いれもの)を創造する為の御業(みわざ)である。
それらの機能は普段、レーヴァの意思により厳重に封印されている。そもそも彼女自身には、エルルを犠牲にしてまで蘇るつもりなど毛頭なかったし、気の遠くなるほどの経年は、いかに当時の技術といえど完璧に耐えられるものではなく、いくつかのエラーとデータの破損をもたらしていた。レーヴァの記憶のほとんどはデータの海に消え、本来なら彼女の意思など介入する余地のない|【方舟計画】《プロジェクト・アーク》を制御下に置くことに成功する。
エルルが利用するのは、そのほんの一部。 最強の救世主を己が身に宿す、神降(おろ)しの如く禁じ手。
【終焉たる救世主】に封印されている少女のエーテルを、肉体の許容量ギリギリまで転用し、暴走させないようレーヴァがコントロールに専念する。それだけではない。エルルとレーヴァが編み出した裏技。肉体の置換機能をごく限定的な部位に、なおかつ一時的なものに留めることにより、救世主の身体能力を疑似的に再現する。
しかし、現実と虚構の狭間を生身で行き来するには、当然の如くリスクがあった。
『もう一度確認する。制限時間は3分。それ以上はワシの意識が主様を侵食し始め、肉体も二度と元には戻らなくなる』
エルルの意識内に存在する仮想空間で、彼女は一人の幼い少女と向かい立つ。
長い白金の髪に、燃えるような夕陽色の瞳。かつての最強。かつての救世主。意志のこもる視線が、エルルを射抜いた。
『仮に間に合ったとしても、不十分な筐体のまま、つぎはぎで、無理矢理強力なモーターを稼働させるようなもの——主様の肉体に掛かる負荷は想像もつかん程に甚大なものになるじゃろう。主様が抱える幼女化による命の危機(タイムリミット)も、確実に縮める結果になる』
それでも、征(ゆ)くのかと。
少女は問い掛けてくる。
エルルは、静かに頷いた。
答えるまでもない。
しかし、敢えて意志を口にする。それは決意の証。決して揺らぐことのない、心の所作(しょさ)。
『ええ、もちろんです。覚悟は、元より。わたしにとって、この戦いは絶対に譲れない』
その想いは、全てに優先した。
己のが身を賭してでも、貫き通したい“強がり“がある。
『征(ゆ)きます。フィアリスちゃんを——わたしの友を救う為に』
エルルは、少女へと向かい手を伸ばす。
悠久の時を越えて、もたらされる奇跡。
人の願いを乗せた方舟は、終焉の軌跡を描き、今——未来へと辿り着く。
エルルの掌(てのひら)と、少女の掌が重なり合い、そのまま解け合った。
そして、世界最強の救世主は、再び現世に舞い戻る——!
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