小さな泉の傍に生えていた苔むした岩に腰を下ろし、ほっと一息つきました。
「くたびれました」
前の街を出てから早三日。
そこまで急ぎ足の行軍ではなかったものの、“この小さな体“では必然、同じ距離を行くにも倍近い歩数を有し、それに伴い疲労感は澱(おり)のように足先に沈殿していました。
「流石に歩いての移動は失敗だったかしら。やはり、エーテル列車を利用すれば——いや」
お金だって、無限では無いのです。
数日分の水と食料 (現地調達含む)と、列車代、どちらが得か。昨今のエネルギー不足に起因する、交通機関料金の値上がりを考慮しても、それは明白でした。
“今のわたしの体“では、まともな仕事にありつけず、お金を稼ぐ手段は限られているのです。節約しなければ。
「ん〜」
大きく伸びをしながら凝り固まった体をほぐし、気疲れを緩和させようと、景色を楽しむ為に周囲を見渡します。
どうやらこの辺りは、元は古い遺跡のようでした。ところどころに建物の支柱や、外壁だったと思わしき瓦礫が見受けられます。
しかし、そのほとんどは草木に侵略されていて、時の流れの残酷さと、どことなく憧憬(しょうけい)を感じさせる光景になっていました。
かつての文明の跡。
人類が技術の叡智へと辿り着き、魔法のような科学が発展したその世界も、今や遥か時の彼方です。
大断絶と呼ばれる幾度かの技術的断絶を繰り返し、現在は、わたし達の生活にその技術の残滓(ざんし)を様々な形で提供するだけでした。
盛者必衰の理が世の常とはいえ、なんとも儚く、物悲しい話です。
まあ、それはそれとして。
気を取り直して、せっかくの休憩なので景観を楽しもうと、次は視線を下へと向けます。
泉の水面が陽光を受けてキラキラと輝いていました。口に出来そうな程、透き通った水です。魚が泳いでいるのが見えました。大きなハスの葉の船が浮かんでいます。
とても綺麗な水面。
足を伸ばせば届きそうで。
わたしは、靴を脱ぎました。
爪先から入水させます。ひんやりと気持ちよく、足の疲労が、幾分か軽減されるような心地がしました。
耳を澄ませば、どこかで小鳥が鳴いています。そよ風が吹いて、木々がさわやかに歌っていました。陽当たりも丁度よく、腰掛けた岩もほどほどに暖かく、ともすればうとうとしてしまいそうで……。
目を閉じかけた、その時です。
『ワシも、水に浸かりたい』
ふいに、頭の中に少女の声が響いてきました。
はっとします。
「はいはい」
『相棒』の言葉に従い、わたしは腰のホルスターに収まっている『石』を取り出しました。
天然の水晶結晶みたいな形をした、綺麗な銀色の石です。小さな手のひらに収まるそれは、ぴかりと光ったかと思うと、あっという間にわたしの身の丈程ある機械の剣にその姿を変えました。
見た目とは裏腹に、包丁くらいしか重さを感じない相棒を、わたしは泉につけました。沈んでいかないよう、岩に立て掛けるようにして。
彼女の言われた通りにしましたが、これ、錆びませんかね。
「どうですか?」
『極楽じゃ〜』
本人がそう言うのだから、きっと大丈夫なのでしょう。
相棒を暫く水浴びさせている間、休憩がてら次の目的地までの道中を再確認しておくことにします。
上着のポケットから、『端末』を引っ張りだしました。
板ガム程のそれを軽く指で摘むと、ヒンジが働いてたちどころに名刺大に展開します。電源ボタンを押すと、ぴぽんという電子音と共に、画面が灯りました。
指で画面を押して、二、三操作し、地図を呼び出します。
「もうすぐ、次の街に着きますよ。街に着いたらまずは、酒場で一杯やりたいですね」
旅の疲れを癒すにはお酒。これに尽きますよ。
久しく口にしていないので、次の街では是が非でも手に入れたいところ。
浪費という観点から見れば、嗜好品の類は御法度かもしれませんが、それくらいは自分を許したい。
「さあ、そろそろ出発しますよ、『レーヴァ』。暗くならない内に、街に着いておきたいですからね」
『了解じゃよ、主(あるじ)様。次征く街では、見つかるといいのう。主様の体を″幼女化させた″【遺物(はんにん)】が』
「そう、ですね——」
それが、わたしこと『エルトゥールル・ハウル』の旅の目的。
この体を幼女へと変貌させた、とある遺物を探す為に、わたしは旅を続けていました。
期限は一年。あれから半年、残された時間はあと僅か。
元の体に戻るか、それとも死ぬか。
二つに一つの現実を引っ提げて、今日も今日とて、わたしは幾千里の旅路を征(ゆ)くのでした。
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