終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

10 空の蒼さはかくも遠き⑩再会

公開日時: 2020年10月20日(火) 18:16
文字数:3,792

「それで、その人の特徴は?」


 作戦会議と題した会合。お互いの情報交換は、祭りの喧騒から離れた場所にあるカフェで行われていた。


 アニーのお気に入りだというその店は、いやに近代的な空間だった。壁や床は、雰囲気作りの為か鉄製。換気の悪さを補う為に、店内は最新の空調設備が稼働し、席への案内も発券機が行う。水を運んできたのは、店内に張り巡らされたレールだった。


 なんというか、別に何が悪いというわけではないのだが。


「あまり、落ち着かないな……」


「えっ? そうかな? 楽しいよっ!」


 辟易(へきえき)とするライザに対して、アニーのテンションは高い。年頃の少女らしい、快活な笑顔。先程までのどこか張り詰めた雰囲気はない。それは、ライザという協力者を得た安堵からか。それとも、彼女のお気に入りというこの店のおかげか。ライザは、両方のような気がした。


「それはそうと、特徴だったな」


「あ、ごめんね。聞いといてなんだけど、先に何か注文しようかっ!」


 機械が好きだというアニーは、テーブルに置かれたプレート状の端末を嬉しそうに見せてくる。


「何だこれは?」


「何って、これで注文するのよ。こうして」


 画面に表示されたのは、鮮明なメニュー画像。写真付きでどんな料理かがわかりやすく、指先一つで注文が完了し、テーブルに運ばれてくる仕組みらしい。


 そういったものには疎いライザも、これは便利だと感心した。


「凄いんだよ、この店! というか、この街自体が凄いんだけど! 遺跡都市っていう世界にも類を見ない特異性と、純度の高いエーテル炉がもたらすエネルギーの豊富さから、帝国管轄の最新技術が試験的にどんどん導入されるの。『プレアデス計画』っていうんだけど、この街で有用性が実証された技術を更にブラッシュアップして、帝国中の街に普及させるって政策ね。いうならば、ここは帝国の機械技術の最先端。この店も、その一部ってわけ!」


 まるで自分のことのように嬉しそうに語りながら、胸を張るアニー。大きな胸が、より一層強調される。

 

 その光景を見ながらライザは、つらつらと思った。この少女は、エルルと気が合いそうだと。機械好きという共通点もそうだし、自分の好きなものを人に知って欲しいという時の、キラキラとした目がそっくりだった。それは、決して自分には無い長所であり、羨ましくもある反面、時折(ときおり)眩しく感じる。


 目を逸らさないと、心が焼け付いてしまう程に。自分には何も無いという思いが、そうさせるのだろうか。ライザにはよく分からなかった。


 しばらくして、水と同じくレーンによって運ばれてきた軽食とコーヒーに軽く口を付けてから、アニーは言う。


「ライザは、甘いものが好きなんだね!」


 ライザの前に置かれた、山盛りのパフェを見ての発言である。


「そうだな、甘いものは好きだ。脳が働く為にも、必要なものだ」


「そうなんだ! 私も好きだよ、甘いもの。一緒だね。甘いもの好きに悪い人はいないから、ライザのことますます信用出来るよ」


「どういう理屈なんだ、それは?」

 

「好きなものは自分の一部みたいなものだから、その一部を好きな人とは仲良くなれるよねって話かな」


「よく分からん」


「そう?」


「ああ」


「自分のことを好きな人は、自分を理解してくれる人なんだよ。自分を理解してくれる人は、信用出来る人だよね!」


「ますます分からん……」


 アニーにはアニーなりの理屈があるようだったが、全く伝わって来ないライザだった。


 ライザにとって、人からの評価は、どうでもよかった。好意的でも、悪意的でも、あってもなくても、どちらでも同じ。自分の思考に、自らの行動に、微塵も影響を与えないものでしかない。


 他人がどう思っていようが、知ったことか。


 他人がどう思おうが、関係ない。


 自分を決めるのは、自分の意志のみ。


 そう思っていた。


 それが、『姉の死』と引き換えに、『自由』を得た自分に課した絶対の不文律。


「いや……」


 しかし、ライザは気付いていた。知っていた。


 最近は——その考えが、揺らいでしまっている。


 彼女と出会って、掟(おきて)は瓦解した。


 彼女が初めてだった。


 人から好かれたいなどと思ったのは。


 自分を、好きになって欲しいと心から願う存在は。


 好かれる為に、何かをしてあげたいと望んだのも、何かをしなければと臨んだのも。


 あの、体は小さくも心の大きい、ちぐはぐな少女が初めてなのだ。


 そういった意味でも、彼女はライザにとって、特例であり、特別な存在なのだろう。


「10歳くらいに見える少女だ」


「え?」


「俺が探しているのは」


「ああ——」


 ライザが話を切り出したのを理解し、アニーがぽんと手を叩く。そして首を傾げた。


「えっと……妹さん?」


「旅の仲間だ」


「……ライザはいくつなの?」


「33だ」


「ろ、ロリコン?」

 

「ロリコンだな」


「そこはかとなく、犯罪の香りがするわ……」


「何がだ?」


「い、いえ……まあ、その辺の事情はおいおい聞くとして。他に特徴は?」


「特徴……」


 ライザは、思案するように腕を組んだ。


 エルルの特徴を思い浮かべる。


 その時、ふとアニーの胸が目に入った。


「あいつは、小さいな」


「そりゃあ、子どもなんだから背は小さいでしょう。他には?」


「夕焼け色の瞳に、長い黒髪」


「そういうのよ! とても特徴的じゃない!」


 アニーが言うには、この国で黒髪というのはとても珍しいものらしい。滅多に産まれず、出生したとしても遺伝子的に体が弱く、成人するケースは稀とのこと。その不幸な生い立ち故に、一部の地域では、黒髪の赤ん坊は不吉の象徴として扱われることもあるそうだ。


 途中から少し申し訳なさそうに語るアニーの言葉を聞きながら、ライザは心の底から馬鹿らしいと思った。

 

 縁起が悪いだとか、不吉だとか。人が弱い心を忌避するために生まれた概念。そんなものを押し付けられる程、馬鹿馬鹿しいものはない。


 『呪われた子』——何にせよ、似たような話はどこにでもあるわけだ。


 とにかく、そういうことならば、目撃情報を集めるにはこれ以上にない条件だろう。


 そして、では次にどうやってその情報を集めるのかというと。


「これを使うわ」


 アニーが取り出したのは、個人携帯用の小型端末だった。小型とは言っても、エルルが使っているものと比べると、かなり大きい。アニーが言うには、携行性を犠牲にし、機能面と操作性を向上させた最新鋭機(ハイエンドモデル)——らしかった。自慢の相棒だそうだ。


「この街で先行的に実施されているネットワークシステムがあってね。コミュニケーション・ネットワーク・システム——通称『CNS』っていうんだけど」


 ライザは、頷く。正直、彼女が何を言っているのか理解出来ないが、それでも頷く。


「うーんと……簡単に言うと、街の住人が自由に書き込める掲示板だね。普通は駅とかに設置されるんだけど、この街ではそれを、ネットワーク上に設けているの。街の人は自分の端末から、どこにいても、いつでも、そこにアクセス出来るってわけ。そして、誰かの書き込みには自由にコメントが付けられて——」


「なるほど、その機能を使って目撃情報を募るわけか」


「正解!」


 アニーが手元の端末に、恐るべき早さで指を走らせると、ものの数十秒もしない内に投稿が完了したようだった。


「終わったよ。後は情報を待つだけ。その間に、私の知り合いに会いに行ってみようか。この街のことなら何でも知ってるって、会う度に嘯(うそぶ)く、ちょっと変わった人だけど。実は妹の場所を調べてくれたのもその人なんだ。期待までは出来ないけど、希望くらいは持ってもいいよ」


 アニーがテキパキと段取りする姿を見て、ライザは素直に思ったことを口にした。


「頼りになる。——ありがとう」


 その言葉を聞いたアニーは、ただでさえ大きな目を更に丸くする。そして、はにかむのだった。


「なんとなくだけど、ライザはそういうこと言わない人なんだと思ってたよ」


「そうか?」


 そうなのかもしれない。確かに、少し前の自分からしたら、決して出てこない言葉のような気はした。


 だとしたら、自分が変わりつつあるのは誰のおかげだろうか。


 思い浮かぶのは、ただ一人。


 花のように笑う、少女。


 無事を祈るばかりだった。


 ライザとアニーは、会計を済ませ店を後にする。お金は、助けて貰ったお礼にとアニーが出した。


 外に出ると、辺りはすっかり日が沈んでいた。街の天候再現装置は、夜の闇だけではなく、星空までも再現する。しかし、昔の人はどうしてこんな装置を作ったのだろうか。空を見上げながら、ライザはふと疑問に思った。


 星が見たいなら、外に出ればいい。太陽が恋しいならば、外で暮らせばいい。巨大な遺跡を建造し、外の環境を再現してまで、建物の中に引き篭もったのは何故だろう。そうせざるを得なかった、何かが起きたのか。


 では、その何かとは?


 珍しく、本当に気まぐれで、気になった。


 そして、そんなつらつらとした思考は、突然の声に遮られことになる。


「よお、久しぶりだな!」


 ライザが振り向き、驚きに目を見開いた。


「『セラディス』⁉︎ お前、どうしてここに——!」


 そこに立っていたのは、決して忘れることの出来ない顔見知り。整髪料できちんと整えられた鈍色の髪に、垂れ目がちな二重(ふたえ)。190センチを越える長身は、細身ながらかなりの筋肉質。『あの時』と、何も変わっていない。


 かつての戦友であり、姉の恋人でもあった男との、久方ぶりの再会であった。

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