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遺跡の内部は、広大な空間でした。
石でも金属でもない、不思議な材質の床は磨き上げられたようにピカピカで、本当にこの建物が何千年も前に建てられたものだとは、にわかには信じ難く。見渡す限りの広場の中心には、ポツンと円形のガラスに覆われた昇降機が存在しています。それ以外の物は何も無い、だだっ広い空間でした。
そう、物は。
「これはまた、熱烈な歓迎だこと」
セラディスが、肩を竦(すく)めて言います。
本来なら立ち入り禁止であるはずの場所には、武器を手にした、たくさんの人でひしめいておりました。
数十人どころか、下手すると五十人にものぼる数。
その姿を見た時、わたしの疑問が一つ、氷解します。
「あの制服は……帝国軍のものですね」
わたし達の前に立ち塞がるのは、今までのように教団の信者ではなく、軍人さん達でした。遺跡の中の警備兵? いえ、基本的に遺跡は、特別な調査活動以外は不踏の領域。警備は、外にしか敷かれません。ならば、彼等はどこから来たのか。橋の上にも、遺跡の前にも、警備がいなかった理由。必然的に、一つの答えが導き出されます。
問題は、何故彼等がここにいて、そしてわたし達に武器を向けているのか。
「様子がおかしいな」
ライザの言葉に、わたしは頷きます。
なんというか、意思を感じられないというか。武器を構え、明らかな敵対行動をとっているにも関わらず、殺気や敵意というものが全く感じられないのです。皆が皆、表情は弛緩し、目は虚。顔はこちらを向いているはずなのに、その瞳にはわたし達の姿は映っていません。
一体これは、どういう事態なのか。
その答えは、相棒よりもたらされます。
『主様、気をつけよ。遺物の力を感じる。おそらくじゃが、あやつらは操られておる』
「そんなことが……」
人を意のままに操る遺物……? いくらなんでも、荒唐無稽が過ぎやしませんかね。人のことを言える体ではありませんが。
「どうしたの?」
「あっ、いや——どうやら、あの人達は遺物によって操られているみたいです」
「へえ。すごいね、エルルちゃん。見ただけで分かっちゃうんだ」
普段はへらへらしている癖に、妙なところで鋭いセラディスが、関心したように言います。
別に、レーヴァのことを隠すわけではありませんが、説明している時間は無さそうでしたので、わたしは曖昧に笑って誤魔化しました。
今は、とにかく先を急がなければ。
一歩、前へ。
わたしのその行為がスイッチとなったのか、一斉に、大群が動き出しました。
まさに、人の波。まだ触れてもいないのに、それはほとんど物理的な圧を伴い、こちらへ向かってきます。
わたしは、レーヴァを抜き放ちました。
ライザは魔法によって作り出した剣を。セラディスは徒手空拳での応戦。
背中合わせになり、お互いの死角を無くすような陣形で迎え討ちます。
まるで糸で吊られた操り人形のような。不格好かつ直線的な動きで、次々と向かってくる軍人達を相手取りながら、わたしは考えます。
数が、多過ぎる。
あっという間に、わたし達は四方を囲まれてしまいました。
正直なところ、危険はほとんどありませんでした。動きは単純で緩慢。素人に毛が生えた程度の実力では、いくら同時に襲いかかってこようが、ものの数ではないのです。
しかし、いくらなんでも限度がありました。
操られているだけの人を、まさか殺害するわけにはいかず、一人一人に丁寧な応対が求められます。峰打ちを心がけ、順当に無力化していくのですが、これではあまりに時間がかかり過ぎる上に、体力とエーテルをいたずらに消費してしまう……!
「はいはーい、ラディさんに提案があります」
襲いくる敵を軽くいなしながら、セラディスが気軽に手を上げました。器用です。
「ここはオレに任せて、二人は先に行ってくんない? このままじゃキリがないしさ」
「えっ、そ、そんなこと——」
「分かった」
突然の提案に躊躇するわたしに対し、ライザは短く返事をすると、流れるような動作でわたしの背中に手を回し(⁉︎)、そのまま足を抱えられましたよ⁉︎
「へ——え? え?」
形的には、まさしく、お姫様だっこのそれで。
頭の中で疑問符が乱れ咲いている間に、ライザはわたしを抱えたまま、素晴らしい跳躍を見せます。
敵集団の頭上を、一足で跳び越えると、華麗に着地。昇降機を目指して疾風のように駆けるのでした。
途中、敵の後方に位置する集団がわたし達に気付き追いかけてきますが、時すでに遅く。
ライザ(と抱っこされたわたし)は、昇降機の中に滑り込んでいました。
「じゃあねー! すぐに追い掛けるから、待っててね、エルルちゃーん!」
ガラスの扉が閉まる寸前、聞いたセラディスの声。どこまでも陽気で。それが逆に内なる不安を掻(か)き立てるのです。
「セラディス!」
わたしは思わず、彼の名を叫んでいました。
しかし、その祈りのような何かは分厚い現実(かべ)に阻まれ、届かず。
昇降機が虚しく上昇を始めます。
上昇負荷を感じる程の急激な加速。あっという間に広場の天井へと達し、セラディスと敵の大群の姿は見えなくなってしまいました。
遺跡内を凄まじい速度で昇っていく感覚を体全体で味わいながら、わたしは胸を締め付けられる思いでした。
「大丈夫だ。あいつが、女に立てた誓いを破ったところを、少なくとも俺は見たことがない」
わたしを気遣ってか、ライザが言います。
その言葉に、間違いはないのでしょう。
セラディスの立ち振る舞いを見て、彼がわたしなどより遥かに強いということも、頭では分かっているのです。
しかし——戦場にて、仲間を置き去りにしてしまった。その事実が、わたしの肩に重くのしかかります。
ライザが、わたしの体をそっと下ろしました。
地に、足が着きます。硬い。足の裏に、わたしが今立っている場所を、感じざるを得ません。
「エルル」
ライザはふいに、その場にしゃがみ込みました。
目線の高さが、対等に。わたしの目を真っ直ぐに見ながら、彼は静かに口を開きます。
「確認だ。お前は、何の為に、ここにいる?」
「フィアリスちゃんを、助ける為です」
「そうだ。それ以外のことは考えるな。いいか? 背中を預けるだけが仲間じゃない。時には、それぞれの役割を全うする強い意志が必要だ」
「犠牲も、致し方ないと?」
「そうじゃない。難しいかもしれないが、託すこと、託されること、己ができる最善を繋いでいく、戦いにおいての信頼とはそういうものだ」
「……分かりました」
少し考え、わたしは、強く頷きます。
甘えは、許されない。後悔や懺悔は、仲間への侮辱と知れ。
そういう場所の上に、わたしは立っているのです。
「ライザ」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
「ああ」
そして昇降機は、頂上へと至ります。
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