わたし達が宿を出ると、外は蜘蛛の子を散らすような騒ぎでした。
人々が逃げ惑い、あちこちから悲鳴と爆発音が聞こえてきます。爆発に付随してボヤ騒ぎも起きているようで、焦げ臭い匂いが風に乗って運ばれてきていました。
「こ、この騒ぎはいったい……」
その時、わたしは見てしまったのです。
道の向かい側、とある建物に貼られていた『教団』のビラが、一瞬の発光の後、爆発したのを。石壁が崩壊し、大穴があきます。至近距離で爆発すれば、体の一部が吹き飛ぶくらいの威力。
「あれは——!」
わたしは慌てて、レーヴァからとある物を取り出しました。
それは、教団の地下で回収していた、ビラの束です。あの時、僅かに感じた違和感。仕組みは分かりませんが、街中に貼られたビラが爆発しているのです。
「微(かす)かだが、そのビラにエーテルを感じる。魔法の力に似ている——が、おそらく機械技術だな。このうっぺらい紙一枚に、遠隔装置と起爆装置が備わっている」
紙一枚で、あの威力。しかも遠隔操作で起爆が可能、と。
おそろしい技術でした。二つの意味で。おそろしい程の技術力と、かつてこの技術が、一体どのような用途で用いられていたのかを想像すると、そら寒いものがあります。
「え? じゃあ、それも爆発するんじゃないの?」
セラディスが、わたしの手にあるビラ束を指差します。
わたし達は、顔を見合わせたした。
空気が凍り付き、次の瞬間には手元が眩しい光に包まれます。
「貸せ!」
ライザがわたしの手からビラ束をふんだくりました。そして、彼のエーテルが銀色の光を放ったかと思うと、ビラが爆発。しかしその爆風は、シャボン玉状に形成されたエーテルにより、完璧に防がれるのでした。
「す、すいません……」
自分の軽率さを反省します。
「いいよいいよ。エルルちゃん、怪我は無い?」
「何故お前が答えるんだ……」
こちらはことなきを得たものの、周囲では相変わらずの騒動でした。断続的に続く爆発音は、かなり遠方からも聞こえてきます。
思い出されるのは、この街に来た際に、屋台のおばさんに聞いた話。剥がしても剥がしても貼り直されるビラ——それは、この爆発騒ぎを起こす為のものだったと考えるのが妥当でしょう。
周到に用意された計画。ならば、この騒ぎの目的は?
「まあ、普通に考えれば、陽動だよね。街中で騒ぎが起これば、その分、警察やら街の駐在国軍の人員と注意はそちらに向くから、アミュゼポスタ遺跡への侵入と工作がし易くなるでしょ」
「だとすれば、あまり時間は残されていませんね……」
こうして、仕込みを発動させたということは、準備が整ったということ。後は計画を履行するだけの状態に他ならず。急がなければ。
「行きましょう」
アミュゼポスタ遺跡へ。
————
それ自体が巨大な遺跡であるペイルローブですが、内部には更に大小様々な遺跡が点在しています。教団の地下施設もしかり。その中でも最大の大きさを誇るのが、アミュゼポスタ遺跡なのでした。
外見は、果てしなく巨大な黒塗りの試験管を思わせます。
都市部を支える柱よりも、遥かに大きな外周。圧倒的な存在感。近くまで来てしまうと、その全貌を把握することは不可能になります。天を衝く、漆黒の壁。首を限界まで稼働させても、その果ては望めません。
街の外縁部から伸びる巨大な橋を踏破すること、約30分。わたし達はついに、アミュゼポスタ遺跡へと辿り着きました。
「ここにも、警備の姿は無しですか……」
遺跡の前は、広大なレンガ敷の広場になっていましたが、人影はありません。ここに来るまでの道中、本来なら守りの要であるはずの橋上にも、人っ子ひとりいなかったのです。
「こんなことって、あるんですかね」
「ここまで静かだと、こっそり人を殺して捨てても大丈夫だな」
「発想がすでに犯罪者のそれ……。そういえば会った時にも、強盗しようとしていていましたね、この人」
「んー、元々警備が手薄だったのが、爆発騒ぎで更に人がいなくなったとか?」
「だとしても、無人ってあり得るんでしょうか」
「普通はないね。だから、普通の状況ではないんでない?」
街の心臓部とでも言える遺跡を、テロリスト(のようなもの)に占拠されているのにも関わらず、この静けさ。
なんとも不気味です。
遺跡の入り口は、開いていました。悠然と大口を開け、獲物が自ら入ってくるのを待っているかのように思えます。
罠——? いや、ここまで来たら、そんなことは関係ありません。
「どうする?」
「行きましょう」
ライザの問いに、わたしは力強く頷きます。次いで、セラディスが心底楽しそうに言いました。
「作戦は?」
「もちろん、正面突破です」
今や、わたし一人ではないのです。
様々な状況への対応力は、単独行動とは比較にならず、最短距離を突破することも決して不可能ではないはず。
そこでふと、わたしはとある疑問に思い当たりました。
どうして、セラディスは当たり前のように付いてきているのでしょうか。案内していただけるとは聞き及んでおりましたが、討ち入りに参加する理由は全く無いと思うのですけれども。
「あらヤダ、用が済んだらポイなの? バカにしないで! あちきって、そんなに都合のいい女じゃないわ!」
反応に困ります。
今まで、こういうタイプはわたしの身近にはいなかったもので。
わたしがまごまごしていると、セラディスが途端に紳士風の優しい表情を見せます。
「まあ、真面目な話、オレも手伝おうかなって。こう見えてお兄さん、結構マジに強いよ? きっと役に立てると思うな。それに——」
真剣な眼差しのまま、セラディスは間を置いて言います。
「向こうには、アイゼンドッグのおっさんがいるでしょ? あの傑物(ばけもん)がなんの因果で、こんなカルト教団のみみっちい野望に協力してるのか分からないけど、そうなってくると、お供がライザだけじゃちょっぴり戦力不足かなって、ラディさんは思うわけですよ」
「おい」
アイゼンドッグ——苦い記憶が蘇ります。終始、遊ばれていました。足元にも、及んではいなかったのでしょう。命を賭しても、ちょっぴりずるい手を使っても、到底勝てる気はしません。
しかし。
「ありがたい申し出ですが……」
「信頼できない?」
「ええ。わたし達に協力する理由が分からないものですから」
「人助けをするのに、理由は必要かな?」
「必要ですね。少なくとも、わたし界隈では」
ライザが、『お前がそれを言うのか』という視線を向けていましたが、気付かないふりをします。なんだかんだで困っている人を放っておけなくて、色々な厄介ごとに首を突っ込んだ挙句、ライザに迷惑をかけるエルルちゃんは、自分のことを棚に上げ名人ですので。
セラディスが身を屈めて、わたしの顔を覗き込んできたかと思うと、甘い声で言うのでした。
「エルルちゃんの為——じゃ駄目かな?」
「えっ——と」
わたしは、助けを求めるようにライザを見ます。彼は盛大に溜め息をつきました。
「そいつは下半身だけで生きているようなやつだからな。女の為というなら、嘘ではないのだろう」
「そういうこと! エルルちゃんの為なら、一肌どころか全裸になるまで脱ぐ覚悟だよ!」
「貞操の危機!」
思わずライザの陰に隠れるわたしです。少しでも戦力が増えるのはありがたいですが、わたしは何か重大な過ちを犯している気がしてしょうがないですよ。
「さて、それじゃあ、話がまとまったところで、時間もないことだし、ちゃっちゃと行きますか」
「何故、お前が仕切る」
「フィアリスちゃん、待っていて下さい」
そしてわたし達は、並び立ちます。
真ん中にわたし。右手にはライザ。左にセラディス。三者三様、それぞれの思惑を胸に秘めながら。向いている方向は同じ。奇妙で数奇な感覚。けれど、不思議と何とかなりそうな、妙な安心感と腑に落ちる構図なのでした。
いざ、戦場へと。
わたし達は、共に歩み出します。
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