終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

1 空の蒼さはかくも遠き②ルミナス祭

公開日時: 2020年10月8日(木) 17:05
文字数:5,101

【Side:Elulu】



 まさかの牢屋スタート。


 まごうことなきプリズンです。


 人の温もりなど微塵も無い無骨な石畳の上で、わたしは気を失っていたようでした。


「……っ」


 体を起こすと、首筋に、鋭い痛み。


 辺りを見回してみるも、簡素なベッドと木の桶以外には何もありません。窓一つ無い無味な空間。唯一の入り口には、鉄格子の扉。


 どうしてわたしは、こんなところに……?


 どうも、記憶が混濁していました。頭の中が霞みがかったかのように朧(おほろ)げです。


 現状を正確に把握するためにも、ゆっくりと記憶を遡っていくことにします。


 確かわたしは、とある遺物の噂を聞きつけて、『オルセア』の街へと辿り着いた後——




——————




 遺跡機構都市『オルセア』。ザクセン帝国帝都に近しいこの街は、その名が示す通り、現存する遺跡機構をそのまま運用し造られた、実験的な都市です。


 具体的には、地下プラントにて生成される都市エネルギーの流用と、屋内全天候型周期装置の転用。遺跡にて今尚(いまなお)生成され続けるエーテルエネルギーを、街全体に供給するシステムの開発に加え、何よりも特筆すべき点は、人口数万人規模の街一つが丸々、遺跡の内部に築かれている点でしょう。


「まさかこれが建物の中だとは、一体誰が想像出来るのでしょうね」 


 都市部へと至る昇降機の中で、わたしは称賛と呆れが入り混じった心地でした。


 昇降機は前面がガラス張りとなっていて、郊外の農業地帯が一望出来ました。そう、作物が育つのです。建物の中なのに。空を見上げれば、一面に青空が広がっていました。何なら、雨だって降るのです。屋内なのに。


 先程わたし達は、確かに建物の内部へと侵入したはずでした。地獄の門のような大きなゲートを潜り、金属の床を踏み締めながら長い長い通路を直進した先には、また外の景色が。果てしなく広がる緑豊かな大地を、数時間を掛け横断し、都市部を支える巨大な柱に辿り着きました。麓(ふもと)の管理人さんに搭乗許可証を発行してもらい、昇降機という名の鉄の箱へと乗り込み、現在に至ります。


「素晴らしい技術です。一体どういう原理なのかしら」


 考えても分かるはずが無いのですが、こういった前人類が在りし日の科学力を目の当たりにすると、どうしても思いを馳せずにはいられません。昔の人は、どうやってこんな魔法を生み出したのか、そこにどんなドラマがあったのか。我々現代人が、全てを解明出来る日は来るのでしょうか。


 この街の、いや、この遺跡の超常的な技術の正体は、空にありました。


 凄いスピードでぐんぐん高度を上げていく昇降機。段々と空が近づいてくる感覚があり、じっと上空へと目を凝らすと、微かに、とても大きな照明のようなものが見えました。あれが、太陽の代わりとなる物です。冗談のような話ですが、本当の事なのです。でたらめな旧文明の象徴とも呼べる、魔法のような装置。広大なドーム状の遺跡の天井には、外部の気候を再現する装置が設置されていました。


 植物さえも育つ、擬似太陽。天井を這うベルトに沿って、24時間周期で東から西へ、西から東へと移動しながら、照明は点灯と消灯を繰り返し、陽の浮き沈みや月齢さえも再現します。青空や星空、夕焼け、時に曇り空、雨模様を再生するのは、天井から壁を覆うディスプレイに映し出された映像。風や雨を生み出すのは、外へも通じている無数の排気口だそうで。何でも管理機能が機械的に計算した風速や雨量を、外の天候に合わせて実現するそうです。


 完璧に管理された天候により、農作物はとても美味しく育つようで、街の特産品は四季折々の野菜達とのこと。ドームの中心にそびえ立つ高台に築かれた高度な都心部以外は、全て農地や、それを管理する農村に当てれているようです。


 などと、街の入り口でダウンロードした観光情報を、わくわくしながら手元の端末で確認していると、更に気になる記事を発見しました。


 わたしは思わず、ライザへと話し掛けます。何故かは分かりませんが、彼は先程から、ガラス面から遠ざかるように壁へと身を預けていました。


「ライザ! どうやら街では今、お祭りをやっているみたいですよ!」


「そうか」


 微妙な反応でした。まあ、彼がお祭りで「やったぜ! ハッピー! いぇああああ‼︎」などとテンションを上げる姿は想像出来ませんが、今日は輪にかけて反応が薄い気がしました。


 体調でも悪いのでしょうか。まさかライザともあろうものが、高い所が苦手などとは考えにくいですし……。


 お姉さん(歳下)は、心配ですよ。


 そうこうしている内に、昇降機が闇に覆われました。どうやら都市部を支える土台の中へと入ったようで、しばらくの間、暗闇が続きます。


 やがて。


 ぽーんという音と共に、昇降機の動きが止まりました。『ゴ利用アリガトウゴザイマシタ』と、終着点への到達をお知らせする機械的な音声が流れ、扉が自動的に開きます。


「う……わあ!」


 閉鎖された空間から、一気に世界が広がりました。わたしは、感嘆の声を洩(も)らします。


 わたし達が立っていたのは、大きな広場を見下ろすテラスでした。


 広場の中心には、お祭りの開催時間や″100パーセント当たる天気予報″を流す、空中投影モニターと投影機。そこから波紋状に様々な屋台が並んでいました。花や野菜を象(かたど)った装飾が至る所設けられ、まだ昼間だというのに、色の付いた電球があちこちで点灯していました。空を飛び、ピンク色の花弁を模したエーテル粒子を撒き散らす、小型の無人飛行機。街灯の下に設置されたスピーカーから鳴り響く民謡的な音楽。行き交う老若男女。活気、熱気、やる気の大盤振る舞い。普段は背徳的な買い食いを、人々は思うままに謳歌し、若い娘さん方は、珍しいもの、変わったもの、なんか凄いものがあれば、すかさず携帯端末で写真をぱしゃり。きゃっきゃっ、うふふ。


 眼下に広がる光景は、お祭り騒ぎ、まさしくその言葉が相応しい賑わいを見せていました。


「早く行きましょう! ライザ!」


 すぐそばにあった階段を、ライザの手を引きながら小走りに駆け下(お)ります。


 舞い降りた戦場にて、わたしは大いに乱れることにしました。


 まずは、一番最初に目についた牛串の屋台です。オルセアの農地で酪農されたブランド牛の肉が、まさかのワンコイン。二本お買い上げ。団子のように連なったお肉を一つ口にしてから、ライザに手渡します。実に肉厚で美味しい。自分の分を頬張りながら、次の屋台へゴー。


「ちょっと待て。今当たり前のように食べたよな。俺の分を」


 そんなライザの主張は、祭りの喧騒にかき消されました。


 わたし達の行軍は続きます。フライドチキン、フランクフルト、ケバブ、ギロピタ、たこ焼き、ドリンクにはレモネードをチョイス。豪遊。圧倒的、豪遊。東西南北、多種多様、様々な国のジャンクフード博覧会が開催されていました。


「肉ばかり食べ過ぎだ。野菜を……」


「知らないのですか? ライザ。お祭りは、全てが許されるのです。カロリー、栄養、ナンセンス。美味しさだけが正義。非日常を味わい、背徳感を肴(さかな)に、欲望のままに禁忌を喰らう快感は何事にも代(か)えがたいものなのです……」


 ライザの呆れ顔にも怯むことなく、わたしは言い切りました。


 お祭りって、テンション、あがります。何故なら、お祭りだから。今のわたしなら、いくら食べても太らない。そんな気さえしました。


「焼き鳥!」


 鳥の色々な部位の肉を、ただ串に刺して炭火で焼いただけ。それが犯罪級に美味しい。ライザに買ってきて貰った、ビールと一緒にあおるともう天国。反則。


「食べ過ぎで腹を壊しても知らんぞ」


「おやおや、ライザ。わたしにそんな口を聞いていいんですかねえ。わたしには、あなたの求めるものが手に取るように分かりますよ」


「なんだと?」


「じゃじゃーん」


 わたしは、隠し持っていた虎の子をライザに見せつけました。子供向けのイラストが描かれた外包を剥がすと現れたのは、白い羽毛のような塊。わたしの顔程ある大きなその塊は、驚くべきことに、砂糖を綿状に固めたものでして。原材料、砂糖のみ。わたがし、と呼ばれる東方由来のフェスティバルフードです。さっき、屋台の人にそう教えて貰いました。


「なんだそれは……?」


 ライザが、訝(いぶか)しむように眉を潜めます。しかし、大の甘党である彼の鼻は、既にこの物体が持つ魅力を感じ取っているはずでした。


 わたしは、握手を求めるように、わたがしをライザへと差し出します。


 いいんですよ? 

 

 そう、目で彼に語り掛けました。慈愛に満ちたその眼差しは、ファルトゥス神話に名を連ねる地母神ルミナスのようであったと、一説には伝承されています。


 そこからは、フィーバータイムでした。


 小姑のようなお目付役は、東洋の神秘により陥落。既に我が手中にあり。


 わたしは、ライザの手を引っ張りながら、屋台から屋台へと転戦しました。ドーナッツ、チョコバナナ、りんご飴、カステラ、かき氷、普段は食べる事の無い異国の甘味に、ライザの瞳にみるみる内に光が宿っていくのが分かりました。


 食べ物の他にも、遊戯系の屋台も充実していました。おもちゃの銃で景品を撃ち落とすもの。よく跳ねるカラフルなゴムボールが泳ぐプールから、それらを紙のスプーンで掬(すく)うもの。その派生では、何と生きた魚を、これまた紙製の網で掬うものまでありました。 


 はしゃぎましたよ、大いに。


 楽しかったです、とても。


 それはたぶん、誰かと一緒だから。


 一人でも味わえる楽しみ。けれど、二人ならもっと味わい深い。


 一人が悪なのではなく、二人だからこそ得るものがある。   


 なんて。


 そんな綺麗事も、たまには良いのではないでしょうか。


 一通り遊び終え、腹ごなしを済ませたわたしは、とある屋台の前で立ち止まりました。一番最初に食べた牛串焼きと同じ系統のお店なのですが、なんとこちらはタンと呼ばれる牛の舌を焼いたものだそうです。また珍しいものがあるなあ、と。食べたいなあ、と。しかし、屋台先には肝心の商品が並んでいませんでした。


 わたしの姿を見た、恰幅(かっぷく)の良い壮年の女店主さんが、申し訳なさそうに言います。


「ああ、お嬢ちゃん。悪いねえ、つい今し方、焼いてあった分は全部、捌(は)けちまったんだよ」


「そうなんですか……残念です」


「そんな顔しないでおくれ、可愛い顔が台無しだよ。大丈夫。少し待ってて貰えれば、新しいのを今から焼いてやるよ!」


「本当ですか! 是非!」


 焼き立てが食べられるのなら、願ったり叶ったりです。


 胸を躍らせながら待っていると、ふと、あるものが目に入りました。それは先程から街の至る所で見かけていた、とあるポスターです。今回たまたま目に止まったのは、街灯の柱に貼られたもの。神様を模しているのか、抽象的な少女の像に、塗り潰されたようなフォントで書かれた『救済』の二文字、そして連絡先と思わしき端末番号。名前は——『クレプス教団』。


「店主さん、これは——」


「ああ、これね。タチの悪い宗教団体だよ。以前から、街のどこかで怪しい活動をしてたみたいなんだが……最近、妙なポスターをあちこちに貼り始めてね。気味が悪いんで、街の連中で見掛けたら剥がすようにしてたんだが、不思議とすぐに貼り直されちまうんだ」


「貼り直される?」


「交代で夜通し見張ってたこともあるんだが、少し目を離した隙に貼られたり、全く別の場所に増えていたりで、手が付けれなくてねえ」

 

「それはまあ、なんとも奇怪な……」


 実際に宗教団体が街の人に認知されている以上、ただの悪戯——ではないのでしょうね。ポスターの用途は様々あれど、この場合は広告と捉えるのが妥当でしょうか。宗教勧誘は、ある程度栄えている都市部においては特段珍しいことではありませんが……。剥がしてもすぐに貼り直されるポスター。何となくキナ臭いですねえ。都市伝説的な。大衆心理を利用した印象操作? 何の為に?


「ほら、お嬢ちゃん。焼き立てだよ」


 考え事をしていると、時間の経過はあっという間です。


「あ、二本下さい」


 店主さんに、お金を払い、牛タン串を受け取りました。


「なんだい、連れがいたのかい?」


「ええ——」


 ——あれ?


 そういえば、ライザは?


 ここに来て、重大な、あるいは致命的な事実にようやく気付くわたしでした。


 周囲を見渡しても、見知らぬ人々が甲斐甲斐しく行き交うばかり。探し人の姿は影も形も見えず。


 古来よりお祭りには、お子様の特徴を知らせる場内放送が付き物だったと言われています。


 つまり、これは——。


「迷子ですね、確実に」


 何ともお約束な展開。どうやら、牛タン串は独り占めする事になりそうでした。


 

 

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