終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

12 空の蒼さはかくも遠き⑫宝物

公開日時: 2020年10月21日(水) 19:27
文字数:3,290

【Side:Elulu】




「まずやることは、変装ですかね」


 というわけで、出店で二人お揃いの外套を購入し、頭までフードを被ったおばけのようなわたし達は、夜の街を行軍中でした。同じ失敗を二度繰り返すわけにはいかないので、しっかり手を繋いでいます。


 場所は街の中心部からやや外れた商業区。旅人向けの宿や歓楽街も近く、またルミナス祭が未だ続いているようで、日が沈んでも人通りは全く衰えていませんでした。


 前に滞在したペイルローブも然り。夜も眠らない街というのは、帝国内においても比較的珍しくありました。電気を灯すにもエーテルがかかるので、自然、供給量が多い大型エーテル炉が稼働する街に限られるのです。


 今のわたし達には、とても助かりました。当面の目標は宿の確保。街が眠ってしまっては、それも叶いません。


 人通りの多い道を歩きながら、露店の人に尋ねた宿屋へ向かいます。追われる立場である以上、人目を避けるのが定石かとは思いましたが、木を隠すなら森の中、人を隠すならば人混みの中なのではとも考えた次第です。決して、道に迷った挙句、音や人の気配を頼りにやっとの思いで繁華街で辿り着き、思い付いたわけではありません。


 ただ、この時間帯に子どもが二人で歩いている姿というのは、やはり目立ってしまうので(何度か見回りの警官に声を掛けられそうになったのを、全力で逃走してます)、早々に宿に入る必要はありました。そして出来れば、腰を落ち着けて、しっかりとした変装もしなければなりません。わたしのメイク術と、レーヴァに収納された服(コレクション)が唸ります。


「これが、お祭り……」


 道の両脇に並ぶ露店を見て、フィアリスちゃんが吐息のような言葉を漏らします。初めてですか、とは訊きませんでした。そして、彼女が求めるものが、わたしには手に取るように分かります。分かって、しまうのです、が——。


「何なら、少し見ていきますか?」


「いいの?」


「もちろん」


 本当は、真っ直ぐに宿屋に向かうべきでした。しかし口をついて出たのは、そんな誘い文句。フィアリスちゃんといると、妹がいたらこんなは感じなのかなあ、なんて思っちゃうわけで。


「…………」


 フィアリスちゃんが無言で、繋いでいた手をぎゅっと握ってきました。


 その微かな感情表現を汲み取り、わたしは彼女に向かって微笑みます。


 適当な屋台に目をつけて、取り付きました。かき氷屋さん。色とりどりのシロップが目に楽しい、春から夏にかけて定番の屋台です。


「何味がいいですか?」


「分からない。エルルが選んで」


「じゃあ、イチゴとメロンで」


 お店の人が、かき氷機のハンドルをゴリゴリと力強く回し、あっという間に2人前が出来上がります。そこにそれぞれのシロップを垂らして完成。2人分の料金を払い商品を受け取ると、店から離れ、適当なスペースを見つけて食べ始めます。


「冷たい……でも、美味しい」


 フィアリスちゃんが、次から次へと氷を口に入れていきます。


「あぁ、あんまり急いで食べると……」

 

「あ、頭が痛い……」


 こめかみを抑えて、呻(うめ)くフィアリスちゃん。アイスクリーム頭痛は、人類には避けられぬ運命ですね。


「大丈夫ですか? ゆっくり食べて下さい」


「う、うん……」


 しばらくして、彼女はまた舌鼓(したつずみ)を再開します。余程気に入ったのか、大変意欲的に、かつアドバイス通りに節度を持って、堪能するのでした。その様子を見て、わたしは自分の分をスプーンで差し出します。


「わたしのも味見しますか?」


 フィアリスちゃんは無言で頷き、わたしが差し出したスプーンに食いつきます。


「美味しい……!」


 どうやらお気に召した様子。けれど、少しだけ首を傾げて「でも、味が同じ……?」不思議そうに言うのでした。


「よく気付きましたね」


 かき氷のシロップは、見た目の違いはあれど基本は全部同じ味です。香味と着色料と、あとはほんの少し酸味が違うだけ。人間の脳とは不思議なもので、それだけでもう、違う味に感じてしまうのです。


 ですがまあ、そんな屁理屈とは別に、美味しいものは美味しいんですよ。お祭りで食べるものは、なんだって美味しいのです。


 夜ご飯を済ませる勢いで、わたし達は屋台を梯子(はしご)しました。焼きそば。唐揚げ。ポテト。繰り広げられる未知の世界に、フィアリスちゃんの目がどんどん生気に満ちていくのが分かりました。


 喜んでくれているようで良かった、そう微笑ましく思います。財布の中身がどんどん軽くなっていこうが、可愛い幼女の為ならば、些末な問題なのです。


 というかわたし、昼間もジャンクフードだったのでは。これは今日、体重計に乗ると大変なことが待っているのでは。由々しき事態なのでは?


 いや、これも全てはフィアリスちゃんの為と、わたしは自分に言い聞かせます。


 腹ごなしが済むと、だいぶ目的地が近づいていました。流石に、最後の寄り道。そういえば昼から食べ物屋ばかりなので、祭りのシメは遊戯系にしようかと思いました。金魚掬いは、景品が生体なのでNG。射的は景品の中に石が詰められたりしていて、いまいち信用出来ないので遠慮したいですし。というわけで、ボール掬いに決定です。


 水を張ったトロ舟に、小さな高弾性ゴムボールを無数に浮かべ、それをポイと呼ばれる紙製の道具で掬うという遊び。ポイは水に濡れるとすぐに破けるので、それまでにどれだけ多くのボールを掬えるかというゲーム性です。


「こう、水に対して斜めに入れたり、枠を使う感じで……」

 

「難しい……」


 結構なコツがいるので、苦戦するフィアリスちゃん。どうやら景品の大きなボールが気になるようで、奮闘しますが、中々に苦戦を強いられています。何回か挑戦し、獲得出来たのは10個以上取れると貰える中型のボール。お金がこれ以上かかるのを遠慮したのか、名残惜しそうに諦めていました。


 わたしは、ちょっとだけ悩んで。


 フィアリスちゃんに言います。


「本当は、そのボール欲しかったんですよ。もしわたしがあの大きなやつを取れたら、交換して貰えますか?」


 わたしの言葉を聞いて、フィアリスちゃんが目で「いいの?」と訴えかけてきました。


 子どもの挑戦に、何でもかんでも大人が横から手を出すのは、決していい事ではありませんが。


 このくらいは、セーフということにしましょう。


 せっかくですので、フィアリスちゃんにプレゼントしてあげたいですし、少しはお姉ちゃん役としていいところを見せたいですしね。


 わたしは頷き、心の中で意気込みます。全ての神経を、右手に握られたか細く頼りない武器(ポイ)に集中させ——


 勝負はあっという間でした。


 特に危なげもなく、50個を掬いあげ、フィニッシュ。景品をゲットします。


 実は得意なんですよ、ボール掬い。わたしは強(したた)かでした。勝てるところに勝負所を持ってくる、それが出来る女の条件です。


「はい、どうぞ」


 宝石のカットを模した、綺麗なオレンジ色のボール(形が複雑なものをボールと呼ぶのは違和感がありますね)でした。


 フィアリスちゃんに手渡します。


 彼女は驚きに目を瞬(またた)かせると、宝石ボールとわたしの顔を交互に見て、頭を下げるのでした。


「ありがとう、エルル」 


「どういたしまして」


 フィアリスちゃんは顔を上げると、こちらをじっと見つめてきます。わたしが笑顔で返すと、思案するように間をおいて、彼女は自分の口角を指で引っ張って無理矢理笑顔を作ろうとするのでした。


「ど、どうしたんです?」


「嬉しい気持ち。ありがとうの気持ち。笑顔で伝えたくて。エルルみたいに笑いたかった。……変だった?」


 表情の変化に乏しい彼女。


 抑揚のない彼女。


 感情を表現する術を知らない彼女。


 けれど、フィアリスちゃんはフィアリスちゃんなりに、変わろうとしているのかもしれません。自ら。それはとても良い傾向で。


 わたしは、昔を懐かしみながら、フィアリスちゃんの頭を撫でます。


「大丈夫ですよ。十分に伝わってます」


「うん」


 彼女は、宝石を宝物のように胸に抱きました。  


「大切にする。絶対に、なくさない」


 いつしか、彼女が自然に笑えるその日まで。そう遠くはない未来。そんな確信がありました。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート