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男性は、お酒が飲めないとの事で、わたしと同じコーヒーを注文されました。
どうやら相当の甘党のようで、手元に届いた漆黒の海に、さながら山のように角砂糖を入れ、一口。眉一つ動かさず、糖分の塊であるそれを摂取するその様子は、羨ましくもあり、とても真似出来ないと思いました。
男性が人心地つくのを待って、わたしは言葉を繰り出します。
「重ね重ね、助けていただいてありがとうございます。あ、わたし、エルトゥールル・ハウルと申します」
初対面の人に対する自己紹介のタイミングって、微妙に難しくありません? なのでわたしは、初っ端に無理矢理ぶち込みました。
「ライザ・テオドールだ」
男性は、抑揚のない声で名乗ります。
「え、と……ライザさん。改めて、よろしくお願いします」
「ライザでいい」
「では、わたしのことは、エルルと呼んでいただければ。皆、そう呼びます」
「……分かった」
少しだけ、間がありました。
初対面の方を相手に、愛称で呼んでくれとは、やはり変なお願いだったのでしょうか……。
うぅ、正解が欲しい……。
初めての人と気さくにトークが出来るハウツー本が欲しい……。
それに先程から、わたしはなんとか相手の目を見てお話ししようとするのですが、何度も視線を逸らされていました。
あまり、好意は持たれていない様で……。
表情にも乏しい方なので、どういった感情でおられるかも全く予測がつかず、既に心が折れかけているわたしです。
「えっと……ライザさ……ライザ。さっきのあれ、『魔法』、ですよね」
ですので、強硬手段に出ました。会話の流れを全て無視して、前振りも無しに本題に入る荒技です。
ライザは、少しだけびっくりしたように言います。
「そうだ。その歳で、よく知っているな?」
その歳で。
彼が言うその言葉の意味を、わたしはよく知っていました。
13年前の事です。
『魔法』が、この世界から失われたのは。
より正確には、魔法を行使する——『魔法使い』と称される人々が、大規模な弾圧によって次々と処刑されたのです。
『魔女の黄昏』と呼ばれたその出来事をきっかけに、人類は一気に機械文明への道を猛進する事になりました。
今の子どもは、おそらく知らない歴史。
それら一連の事件は、人道的にもタブーとされ、教科書にも載っていません。
ライザが驚くのも無理はないでしょう。
わたしが、見た目通りの年齢に思われている証拠でした。
当たり前なんですけど。いまだに、ちょっぴり落ち込みます。
「ええ、わたしの『育ての親』が魔法使いだったもので。その……失礼ですが、もう残っていないものだと思っていました、魔法を使える方は」
魔女の黄昏は、全ての魔法使いを対象に行われました。
その様子は、理不尽そのもの。まさしく根絶といった具合に、魔法が使える者は、例え小さな子どもだろうが捕らえられ、火あぶりにされました。
わたしの、育ての親もその一人でした。
あの日——仲間を見捨てられないと言い遺し、まだ幼かったわたしの前から去って行った彼女。
二度と、戻ってはきませんでした。
「そうだな……もう、残ってはいないだろう。俺が、最後の一人——さしずめ『世界最後の魔法使い』といったところか」
最後の魔法使い。
その言葉に、ずきりと胸が痛みます。
もしかしたらの可能性。
わたしは、実際に彼女が死んだところを見たわけではありません。ただ、伝聞によってのみその最後を知っただけです。
実は、どこかで生きているかもしれない。そんな刹那の望みにすがっているのです。
わたしが、ライザに聞きたかったのも彼女の事でした。
同じ魔法使いであれば、何かを知っているかもしれないと、そう思ったのです。
「あの……『ナツメ』という人物に聞き覚えはありませんか? あなたと同じ、魔法使いなのですが」
「……いや、聞いたことがないな」
「そうですか……」
わたしは、落胆をなるべく表に出さないように努めました。
相手は、こちらの事情を知らないのです。
あからさまに落ち込めば、気を悪くしてしまうでしょう。
はたして、その試みは成功したのかどうか。
「その、ナツメとかいうやつを探す為に、旅をしているのか?」
相も変わらず、目線を合わせる事なく、ライザが尋ねてきました。
「そうですね……それも、あるかもしれません。ただ、それだけでは——」
わたしは、事情を説明しました。
わたしが、元はグラマラスな大人の女性だったこと(ここ重要)。体を幼女化させた遺物を探していることを、伝えます。
「驚いたな。まさか、そんな遺物(もの)があるとは」
ライザは、荒唐無稽なわたしの身の上を、さして茶化した様子もなく、無表情ながらも真面目に聞いて下さいました。
悪い人、ではないのかも。
わたしの中で彼に対する印象が好転します。
「ライザは、どうして旅をしているのですか?」
少しだけ肩の荷が降りたわたしは、調子に乗って聞いてしまいます。
人には、それぞれの事情があるもの。
本来なら、気軽に踏み込むべきではないのです。初対面なら、殊更(ことさら)。
ライザは、虚空を顔色一つ変えずに見つめ、答えませんでした。
「えっと……すいませんでした」
秒で心が折れました。
間に耐えられないわたしです。
人との触れ合いが不得手な方は、この気持ちが分かるのではないでしょうか。
「——を、探しているんだ」
「え?」
意識が他所を向いていて、よく聞き取れませんでした。
「だから、嫁を——結婚相手を探しているんだ」
「まあ」
素敵な目的だと思いました。
まだ見ぬ想い人を求めて、旅をする。
とても前向きで、素晴らしいじゃないですか。
乙女心にきゅんきゅん響きますよ。
「そうか。そう言って貰えると、こちらも助かる」
……うん?
なんだろう、会話が微妙に繋がっていないような……?
助かる? 何が?
「とある奴との約束でな。結婚(それ)は、絶対に果たさなければならない。ただし、一つ問題があって——」
僅かな間。そして彼は言うのでした。
「俺は、ロリコンなんだ」
「は?」
衝撃のカミングアウト! 突然に性癖を暴露され、わたしはすっとんきょうに目を丸くします。
「さて——俺は先程、お前の事を助けたわけだが」
既成事実を盾に、脅され、すかされ、あんなことやこんなことをさせられる……⁉︎
わたしが美少女なばかりに!(錯乱中)
「だから——」
「はえ?」
いきなり、手を、握られやがりましたですよ⁉︎
「あ、あの、ちょっ……!」
ライザの、真剣で、真っ直ぐな眼差し。
初めて、視線が合います。
まるで青空のように綺麗な、碧色の瞳。
端正な顔立ち。
間近で注がれる、男性の熱意に満ちる視線に、少しだけどきりとしてしまいました。
そして、彼の薄い唇が、開かれるのです。
「一目惚れだ。俺と、結婚してくれ」
生まれて初めてのプロポーズは、変態さんにされましたとさ。
もうわけが分からんですよ。
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