終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

6 空の蒼さはかくも遠き⑥ちぐはぐ

公開日時: 2020年10月19日(月) 20:59
文字数:3,956

 近くにあったキャビネットが、爆発したかのように破片を撒き散らしました。反射的にフィアリスちゃんの体に覆い被さりながら、物陰に飛び込みます。


 警戒しつつ、敵の姿を視認する為にレーヴァから手鏡を取り出し、相手の姿を反射させて覗き込みます。


 そこに映っていたのは、つい最近苦い思いをしたばかりの相手でした。


「おや、外しましたか」


 そう飄々(ひょうひょう)と言ってのけるのは、あのムキムキ神父です。


 最悪の事態でした。室内の出口は一つ。その前に、彼は陣取っています。


「まあ——“教祖様に当たらなかっただけでも良し“としますか」


 わたしは、動揺しました。彼は、フィアリスちゃんがわたしの傍にいたことを知って、それでも発泡したのです。わたしが思っている以上に、教団の内部構造は一枚岩では無いのかもしれません。


「ザルディオ——どうしてここに」


 フィアリスちゃんが、わたしにだけ聞こえるくらいの小声で呟きます。その声音には、ふんだんに警戒心が含まれていました。


 なんとなく予想はしていましたが、あのムキムキ神父が、教団の支配者——大司教ザルディオだったようで。


 初めて相対した時の、まとわりつくような気味の悪さが蘇り、身震いします。


「そこにいるのは分かっていますよ。どうでしょう? 出てきてお話をしませんか? 私も“一応“聖職者ですので、懺悔くらいは聞いて差し上げられますよ」


「生憎、出会い頭に拳銃を発泡してくるような人間と、建設的な話が出来るとはとても思えませんので」


「おや、それは残念です。しかし、教祖様は返していただきますよ。“誘拐犯さん“」


「どの口が言うのですか!」


 思わず、反論せずにはいられません。


 あなた、加害者。わたし、被害者。


 ムキムキ神父、もといザルディオは、芝居がかった仕草で両腕を大きく広げながら、高らかに謳(うた)います。


「教祖様! 私! あなたのザルディオが助けに参りましたよ! もう安心です! 悪逆非道の悪辣(あくらつ)悪漢から、見事あなたを救い出してみせましょう!」


 まさに一人芝居。あの人だけ、別世界でミュージカルでも演じているかのようです。やはり、頭がおかしいのでしょう。


「私をこの地下に閉じ込めておいてよく言う……」


 私の隣でフィアリスちゃんが吐き捨てるように言います。


 しかし、絶賛自分の世界に没頭中の彼には聞こえなかったらしく、わたしに向かって語り掛けてきます。


「エルトゥールルさん、貴方には期待していたんですがねえ。とんだ期待外れですよ。どうやら、“薬も効いていない“ようですし、まさか教祖様をたぶらかし、あまつさえ誘拐まで企(くわだ)てるとは……我が主、リコウィストゥーナも嘆いておられることでしょう


 ……突っ込みどころが! あり過ぎる!


 勝手に期待されて、身勝手に落胆されて、そして薬とは⁉︎ 薬って何! わたしは何をされたの⁉︎


 細かく問い質したいところですが、あの様子ではまともな答えが返ってくるとは到底思えません。何より、わたしの内なる本能がひしひしと語り掛けてくるのです。


 この人と、これ以上会話をするのは危険だと。


「むむむ……」


 どうするか、決断を強いられます。


 相手は一人。戦力は銃。見たところ、かなりの骨董品です。下手をすると、レーヴァ達『遺物』が存在した時代よりも更に以前、前人類の黎明期(れいめいき)に用いられた代物のようでした。火薬を炸裂させ、弾丸を撃ち出すシンプルな機構。単純が故に整備が容易(ようい)で、ザルディオが持つ種類のものは、小型で持ち運びも容易(たやす)く、一般家庭における護身用として普及した時代もあるそうです。


 不意打ちをくらうならまだしも、真正面から一体一で相手をする限り、まず負けることのない戦力だと判断します。


 あまりもたもたしていると、増援を呼ばれかねないですし、敵が一人の内に強行突破をしてしまうのもありな気がしました。何より、ちょっとムカつきません? あの人。少しくらい叩いてもバチは当たらないのでは?


「私が出て行って、あいつの気を惹きつける。その間に、エルルがあいつをぶっ殺して」


 フィアリスちゃんが過激なことを言い出しました。ザルディオに対しては、発言が少々乱暴になる傾向があるようで。


 そんな彼女を、わたしは制します。


「いえ、それは危険です。フィアリスちゃんだからといって、撃たれない保証がない」

 

 わたしは、一番最初の銃撃を思い返します。何をしでかすか分からない恐ろしさが、あの人にはありました。


 そして、今分かりました。わたしが感じていた違和感の正体が。


 遺跡を母体とした教団の施設。至る所に設けられた『機構』。組織のトップであるはずのあの男が、意気揚々と振りかざすのも、現代では機械として分類されるものです。


 さて、クレプス教団の宗教観はどうだったでしょうか。


 魔法を是とし、機械を非と断ずる——そう、ちぐはぐなのです。


 言っていることと、やっていることが。


 そしてその体現者こそが、今わたし達の前に立ちはだかるあの男なのでしょう。


 わたしは、決断しました。


 フィアリスちゃんに目配せして、合図します。


 相手は飛び道具。ならばこちらも、投擲(とうてき)で対抗するのが筋(すじ)でしょう。


 何を投げるって?


 もちろんそれは——。


 わたしは、レーヴァを強く握り締めました。


『ちょっと待て、主様。何を考えてお——』


「やああああああ!」


 不穏な気配を感じ取ったレーヴァの言葉を遮るように、隠れ場所から躍り出ると、ザルディオ目掛けて、彼女を思いっきり投げました。  


「な——」


 一直線に飛んでいくレーヴァ。空中で銀色の光を放ったかと思うと、瞬く間に大剣形態へと変身します。その光景に気を取られたザルディオが、反射的に銃をそちらへ向けるのを見て、わたしは動きました。


 キャビネットや天井を利用し、立体的な軌道で接敵。ザルディオがこちらの狙いに気付き、銃口を向けて来ますが、もう遅いです。


 壁にレーヴァが突き刺さるのと、わたしの蹴りがザルディオの側頭部を撃ち抜くのは、ほぼ同時でした。


 ぐらり、と。


 ザルディオの体が傾きます。しかしどうやら、インパクトの瞬間、僅かに芯をずらされたようで、気絶させるまでには至りませんでした。


 ザルディオはその鋼のような肉体で、体勢を崩しつつ、反撃してきます。驚異的な体幹と、筋力が為せる技。石の床を踏み砕きながら、わたしへと向けて放たれたアッパー気味の右ストレートは、当たればタダでは済まない圧力が備わっていました。


 けれど、想定内です。


 彼が反撃動作に移った時、わたしは既に次の一手に向けて行動していました。


 手を伸ばし、壁に刺さったレーヴァの柄(え)を掴みます。体を捻り、ザルディオのパンチを避けるのと同時に、彼女を勢い良く引き抜くと、抜刀術よろしくザルディオの肉壁へと叩き込みました。


 ザルディオの巨大な体が、吹っ飛びました。キャビネットをなぎ倒し、埃という名の粉塵を撒き散らしながら、壁にぶつかって静止します。


 峰打ちです(両刃です)。


 エーテル刃を出力していた訳ではないので、大丈夫でしょう。たぶん。


 頭の中に、相棒の呪詛が響きました。


『……ワシはもう、金輪際、主様と口は利かん』


「ごめんなさい。怒らないで下さいよ。今度、一緒にお風呂入りましょう?」


 彼女は、高次元の機械にも関わらず、水に浸かるのが好きで、とりわけ湯船は格別だそうです。


『…………風呂上りの手入れもセットで』


「はいはい」


 そうでなくとも、定期的に行っていることなので、是非も無い要求でしたので快諾します。


 さて。


 一難は去りました。


「大丈夫? エルル」


 とてとてと駆け寄ってきたフィアリスちゃんが、無表情で心配の言葉を口にしてきます。


 わたしは笑顔で健在をアピールするのでした。


「ええ、問題無いですよ。さあ、行きましょう。今の音で、他の信者が集まってくるでしょうし——」


「そうですね、その通りです。急いだ方がいいですよ?」


 わたしの言葉尻を捉えるようにして聞こえてきたのは——悪夢のような音色でした。


 視線を向けると、ザルディオが何事もなかったかのように立っています。その手には、小型の通信機器が握られていました。


「まさか——立ち上がるとは」


 わたしの歯軋りにも似た負け惜しみに、ザルディオは優しくも嘘臭い笑みで答えます。


「いえいえ、こう見えてもう、体が思うように動きませんよ。教祖様、申し訳ありません。敬愛する貴女様を、是非私のこの手で救い出したかったのですが、どうやら叶わぬ願いのようです……」


 わたしは、フィアリスちゃんを庇うように後ろにやります。


「とても、そうは見えませんがね」


 二つの意味で。体のことも、フィアリスちゃんのことも。胡散臭いんですよ、全てが。


「貴女にどう思われようと、事実に変わりは無いのです。なので口惜しいですが——ここは、他の者に任せるとしましょう」


 ザルディオが、手に持っていた端末を、これみよがしにかざしてきます。


「便利な世の中ですねえ。ボタン一つで、この施設全体にエマージェンシーを発令できます。私も一応は組織の長ですので、“私の為に“動いてくれる人間は、たくさんいるのですよ」


 フィアリスちゃんの為、ではないんですね。そうですか。


 そして、破滅の鐘を鳴らすスイッチが、無慈悲に押されます。


 途端に鳴り響く、サイレン。


 それは人間の脳をより直接揺さぶるように出来ていて、思わず耳を覆いたくなります。


 もはや、なりふり構ってはいられませんでした。


 わたしは、フィアリスちゃんを抱き抱え、脱兎の如く駆け出します。この状況に陥った時点で、ザルディオの言葉の真偽は無意味でした。彼が動けまいが、背中から撃たれようが、とにかく動くしかないのです。


 一箇所に留まれば、瞬く間に囲まれ、袋の鼠になることは容易に想像出来ます。


 幸い、背後から銃弾は飛んできませんでした。

 

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