終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

インディゴ色の哀愁②後編

公開日時: 2021年5月18日(火) 20:43
文字数:2,646

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「あの男はよくやってくれたよ」


 オルセアのとある遺跡内部。


 事前に打ち合わせた合流場所に赴いたアイゼンドッグを、そんな言葉が出迎えた。

 

 視線を向けると、積み上がる瓦礫の頂上に腰を掛けた、幼い少女が一人。天の川のような長い金髪を隙間風になびかせ、鈴を転がしたような声で語り掛けてくる。


「計画通り、エルルに救世主プログラムを使わせてくれた。いつだったか、ペイルローブの街で利用した奴はあまり役に立たなかったからね。それだけでも、あの教主様に利用価値はあったし、それに——」


 少女が空を仰ぎ見る。その横顔に、幼い外見にそぐわない妖艶な笑みを浮かべながら、彼女は言った。


「|魔法使いになる薬《スクリプチュアー・エデン》——まだまだ未完成ではあるけれども、とても面白い代物だ。研究所も押収したし、これからが楽しみだよ」


 アイゼンドッグにとっては、現在の雇い主でもある少女だ。余計な詮索をする気は毛頭なかったが、ふと思い浮かんだ疑問を、雑談のつもりで口にしてみる。


「——前から、少々気になっていたのですが」


「なんだい?」


 少女がこちらを見下ろす。ぞっとする程に、優しげな眼差し。その奥にある冷たく、暗い感情を感じ取りながらも、アイゼンドッグは続けた。


「何故、かように回りくどいことをなさるのでしょうか? あの少女が救世主プログラムを使うように差し向けるだけなら、私や——他の者の手を使わずとも、あなたが直接手を施せばよいのでは?」


「ぼくに対してそのあけすけない物言い、きみのそういうところが大好きだよ。まるで、死に場所を求めているかのようで。ちゅーしてあげようか?」


「いえ、結構です」


「つれないなあ。愚弟もそうだが、きみたちは女に興味がないのかな? こんな空前絶後の美少女を前にさ。男の子ってのは大抵、女を知って初めて強くなれるってのが定説なんだけど」


「一体どこの時代のいつの世界の通説ですかな、それは」  


「ははは、美少女ってところには突っ込まないんだ。まあ、とにかく——」


 少女がアイゼンドッグから目線を切った。視線を、ここには無いどこかへ向け、過ぎ去った時を求めるかのような哀愁で、紅色の唇を持ち上げる。


「ぼくはまだ、エルルと会えないし、会うわけにもいかないし、何より——会いたくない。これが答えだよ」


「なるほど」


 煙に巻かれたような雇い主の答えにも、アイゼンドッグはさして思うところなく、相槌を打つ。


 真実が欲しかったわけではない。


 ただ、ほんの気まぐれで聞いてみただけだ。


 仕事を請け負った以上、雇い主の事情は考慮に値しない。それがアイゼンドッグの美学であり、矜恃にも似た拘りであった。


「どうやら次は帝都を目指すようだけど——」


 そんなアイゼンドッグの心境を知ってか知らずか、少女は言葉を止めない。


「もし帝国が、エルルの存在を——【終焉たる救世主】に宿りし、かの者の存在が途絶えていないと知ったら——何を置いても消しにかかるはずだ」


「遺物一つに、国が、ですか?」


「あれはただの遺物じゃないんだよ。『聖遺物』と呼ばれる時代の方舟——【終焉たる救世主】。かつて『奇跡の子』と称された彼女は、やがて救世主となり、そして全ての魔法使いの祖となった。またの名を、『始まりの魔法使い』。ぼく達魔法使いは、彼女から産み出された。御伽噺のような本当の話さ」


「……私が、もしも学者と呼ばれる存在であったならば——なんともまあ、冥利に尽きる話ですな」


「学者ね……思えば、彼等ほど哀れな人種は中々いないね。だってそうだろう? 彼等がどれだけ絶え間ない努力を重ねようが、ぼくからすれば刹那の、さりとて人の一生とも呼べる長き時を懸けても、決して『真実』に至ることはないんだ」


「というと?」


「情報ってのは、いとも容易く統制出来るということさ。ねじ曲げた事実。都合よく作り替えられた歴史。ごく一部の上層部は、何よりも恐れている。魔法使いの復活を。この世界の——不都合な真実ってやつを。世界の外側、海の向こうにいる、『監視者達(ウォッチャー)』の露呈をね」


 少女が語る、誰も知らない夢物語。絵空事であった方がまだ救いのある話に、アイゼンドッグにも思うところはあった。しかし同時に、自分にはあまり関係のない事とも考える。世界とは、個人が認識出来る範囲でしか存在しない——それがアイゼンドッグの考えである。


 自分にとっての世界は——ただ一つ。


「ぼくは、必ず救世主を手に入れる。絶対に、誰にも渡すものか。アイゼンドッグ——これからも、きみの力を貸して貰うよ」


「承知しました」


 身を焦がす闘争こそ、唯一我が望むものなり。





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【Side:Elulu】




「お嬢ちゃん、今帝都へ向かうのはやめといた方がいた方がいい」


 キャラバンの露店にて、一人で旅の日用品を補充していたところ。交わされた雑談の中で、いかつい髭の店主さんが、そのようなことをおっしゃいました。


「何故ですか?」


 わたしは首を傾げます。


「あっちからのルートを通ってくる行商仲間に聞いたんだがよ。何でも、今帝都では、大規模な魔女狩りが行われてるらしい。物騒だろ」


「魔女狩り、ですか……?」


「ああ。何でも、絶滅したはずの魔法使いが出たらしい。燃えるような赤髪の、女魔法使い。傍若無人、邪智暴虐の振る舞いで、テロリストを率いて帝国評議会へ宣戦布告したそうだ」


「そんな馬鹿な……」


 帝国評議会というのは、十の元老院から成る、帝国の最高意思決定機関です。十三年前に王政を廃止した帝国にとっては、いわば国の中枢。そこに対し戦争をふっかけるなど、紛(まご)うことなきクーデターではないですか。


「歴史的大事件では?」


 本来なら、帝国全土にその事実が広がり、戒厳令が敷かれてもおかしくはない事態。

それなのに、魔女狩りなどとは、些か悠長過ぎやしませんかね。


 それに——赤髪の魔法使い。


 わたしには、一人だけ心当たりがありました。


 まさか、ね……。


 わたしは、胸の奥に小さく芽生えた、希望と絶望が同居するパンドラの箱に、そっと蓋をします。


 何にせよ、やはり帝都へは向かわなければなりますまい。


 またぞろ厄介事に巻き込まれることになろうとも、わたしが求める答えがそこにある、そんな気がするのです。


 わたしは、店主さんにお礼を言い、店を後にしようとしました。


 しかしその時、とあるものが視界に入ります。


「あ、店主さん。そちらのお酒もいただけますか?」


「何言ってんだい、お嬢ちゃん。子どもに酒を売れるわけないだろう」


 ……久しぶりですね、このやり取りも。

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