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「あの男はよくやってくれたよ」
オルセアのとある遺跡内部。
事前に打ち合わせた合流場所に赴いたアイゼンドッグを、そんな言葉が出迎えた。
視線を向けると、積み上がる瓦礫の頂上に腰を掛けた、幼い少女が一人。天の川のような長い金髪を隙間風になびかせ、鈴を転がしたような声で語り掛けてくる。
「計画通り、エルルに救世主プログラムを使わせてくれた。いつだったか、ペイルローブの街で利用した奴はあまり役に立たなかったからね。それだけでも、あの教主様に利用価値はあったし、それに——」
少女が空を仰ぎ見る。その横顔に、幼い外見にそぐわない妖艶な笑みを浮かべながら、彼女は言った。
「|魔法使いになる薬《スクリプチュアー・エデン》——まだまだ未完成ではあるけれども、とても面白い代物だ。研究所も押収したし、これからが楽しみだよ」
アイゼンドッグにとっては、現在の雇い主でもある少女だ。余計な詮索をする気は毛頭なかったが、ふと思い浮かんだ疑問を、雑談のつもりで口にしてみる。
「——前から、少々気になっていたのですが」
「なんだい?」
少女がこちらを見下ろす。ぞっとする程に、優しげな眼差し。その奥にある冷たく、暗い感情を感じ取りながらも、アイゼンドッグは続けた。
「何故、かように回りくどいことをなさるのでしょうか? あの少女が救世主プログラムを使うように差し向けるだけなら、私や——他の者の手を使わずとも、あなたが直接手を施せばよいのでは?」
「ぼくに対してそのあけすけない物言い、きみのそういうところが大好きだよ。まるで、死に場所を求めているかのようで。ちゅーしてあげようか?」
「いえ、結構です」
「つれないなあ。愚弟もそうだが、きみたちは女に興味がないのかな? こんな空前絶後の美少女を前にさ。男の子ってのは大抵、女を知って初めて強くなれるってのが定説なんだけど」
「一体どこの時代のいつの世界の通説ですかな、それは」
「ははは、美少女ってところには突っ込まないんだ。まあ、とにかく——」
少女がアイゼンドッグから目線を切った。視線を、ここには無いどこかへ向け、過ぎ去った時を求めるかのような哀愁で、紅色の唇を持ち上げる。
「ぼくはまだ、エルルと会えないし、会うわけにもいかないし、何より——会いたくない。これが答えだよ」
「なるほど」
煙に巻かれたような雇い主の答えにも、アイゼンドッグはさして思うところなく、相槌を打つ。
真実が欲しかったわけではない。
ただ、ほんの気まぐれで聞いてみただけだ。
仕事を請け負った以上、雇い主の事情は考慮に値しない。それがアイゼンドッグの美学であり、矜恃にも似た拘りであった。
「どうやら次は帝都を目指すようだけど——」
そんなアイゼンドッグの心境を知ってか知らずか、少女は言葉を止めない。
「もし帝国が、エルルの存在を——【終焉たる救世主】に宿りし、かの者の存在が途絶えていないと知ったら——何を置いても消しにかかるはずだ」
「遺物一つに、国が、ですか?」
「あれはただの遺物じゃないんだよ。『聖遺物』と呼ばれる時代の方舟——【終焉たる救世主】。かつて『奇跡の子』と称された彼女は、やがて救世主となり、そして全ての魔法使いの祖となった。またの名を、『始まりの魔法使い』。ぼく達魔法使いは、彼女から産み出された。御伽噺のような本当の話さ」
「……私が、もしも学者と呼ばれる存在であったならば——なんともまあ、冥利に尽きる話ですな」
「学者ね……思えば、彼等ほど哀れな人種は中々いないね。だってそうだろう? 彼等がどれだけ絶え間ない努力を重ねようが、ぼくからすれば刹那の、さりとて人の一生とも呼べる長き時を懸けても、決して『真実』に至ることはないんだ」
「というと?」
「情報ってのは、いとも容易く統制出来るということさ。ねじ曲げた事実。都合よく作り替えられた歴史。ごく一部の上層部は、何よりも恐れている。魔法使いの復活を。この世界の——不都合な真実ってやつを。世界の外側、海の向こうにいる、『監視者達(ウォッチャー)』の露呈をね」
少女が語る、誰も知らない夢物語。絵空事であった方がまだ救いのある話に、アイゼンドッグにも思うところはあった。しかし同時に、自分にはあまり関係のない事とも考える。世界とは、個人が認識出来る範囲でしか存在しない——それがアイゼンドッグの考えである。
自分にとっての世界は——ただ一つ。
「ぼくは、必ず救世主を手に入れる。絶対に、誰にも渡すものか。アイゼンドッグ——これからも、きみの力を貸して貰うよ」
「承知しました」
身を焦がす闘争こそ、唯一我が望むものなり。
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【Side:Elulu】
「お嬢ちゃん、今帝都へ向かうのはやめといた方がいた方がいい」
キャラバンの露店にて、一人で旅の日用品を補充していたところ。交わされた雑談の中で、いかつい髭の店主さんが、そのようなことをおっしゃいました。
「何故ですか?」
わたしは首を傾げます。
「あっちからのルートを通ってくる行商仲間に聞いたんだがよ。何でも、今帝都では、大規模な魔女狩りが行われてるらしい。物騒だろ」
「魔女狩り、ですか……?」
「ああ。何でも、絶滅したはずの魔法使いが出たらしい。燃えるような赤髪の、女魔法使い。傍若無人、邪智暴虐の振る舞いで、テロリストを率いて帝国評議会へ宣戦布告したそうだ」
「そんな馬鹿な……」
帝国評議会というのは、十の元老院から成る、帝国の最高意思決定機関です。十三年前に王政を廃止した帝国にとっては、いわば国の中枢。そこに対し戦争をふっかけるなど、紛(まご)うことなきクーデターではないですか。
「歴史的大事件では?」
本来なら、帝国全土にその事実が広がり、戒厳令が敷かれてもおかしくはない事態。
それなのに、魔女狩りなどとは、些か悠長過ぎやしませんかね。
それに——赤髪の魔法使い。
わたしには、一人だけ心当たりがありました。
まさか、ね……。
わたしは、胸の奥に小さく芽生えた、希望と絶望が同居するパンドラの箱に、そっと蓋をします。
何にせよ、やはり帝都へは向かわなければなりますまい。
またぞろ厄介事に巻き込まれることになろうとも、わたしが求める答えがそこにある、そんな気がするのです。
わたしは、店主さんにお礼を言い、店を後にしようとしました。
しかしその時、とあるものが視界に入ります。
「あ、店主さん。そちらのお酒もいただけますか?」
「何言ってんだい、お嬢ちゃん。子どもに酒を売れるわけないだろう」
……久しぶりですね、このやり取りも。
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