終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

20 空の蒼さはかくも遠き⑳天司る神の名は

公開日時: 2020年12月22日(火) 18:21
文字数:3,605

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「問題は、どうやってザルディオの居場所を特定するかですよ」


 前を向いたわたしに、敵はありませんでした。しかし、その敵の居場所が分からないことには、どうしようもないのが現状です。


 わたしとライザは、場所を宿のラウンジへと移しています。テーブルを挟み、向かい合うようにして座り、ひとまずの作戦会議。朝食のバイキングが始まったばかりのようで、焼き立てのパンの匂いと、コーヒーの香りに弄ばれながら、わたしは深窓の令嬢ように儚いため息をつきました。


「こんなことなら、こっそり発信器でも着けておくべきでした」

 

「元気が出たのは結構なことだが、人間としての良識とは何たるかが問われる発言だな」


「冗談ですよ」


「冗談か」


「ええ。ただ、お祭りで甘い物に目が眩んで迷子になった挙句、大切な人とやらがスプラッタになった後で駆け付けるようなヒーローには、発信器(それ)も致し方ないのかもと思ってますよ」


「責めるな。ねちねちと。的確に。それは先程のなんかこう、いい感じのやり取りで有耶無耶になったはずの失態だろう」


「残念ながら、なりませんな。今後、人参が食卓に並ぶ度に、議題に上がる案件となります」 


 わたしは強(したた)かに笑い、それを見てライザがやれやれと首を振ります。


 でもまあ、わたしがこうして笑っていられるのは、あなたのおかげなんですよ。


 言葉にはしませんけどね。こそばゆいですし。大切なものこそ、心の奥に——大切に、保管しておきたいものです。


「それはさておき——」


 本題。ザルディオの居所。正確には、フィアリスちゃんの居場所。


 思い当たる節は、無いこともないのです。


 彼が言っていた計画とやら。『都市の天候再現装置を破壊する』。何故、そんなことをわざわざ言い残していったのかは分かりませんが、もしその言葉が真実であるならば、都市遺跡の根幹——天候再現装置をコントロールする場所にいる可能性が、高いということです。


 それはどこになるのか、今から調べている時間は、はたしてあるのでしょうか。


「それについては、俺に——というよりは、知っているやつに心当たりがある」


「心当たり?」


 わたしが首を傾げるのを待ちわびたかのように、背後から声がしました。


「というわけで初めまして、エルルちゃん」


 慌てて振り返ります。いつの間にか、そこに立っていたのは、すらりとした長身の男性でした。


 鈍色の髪に、紅色の瞳。軽妙な雰囲気を纏い、軟派(なんぱ)な笑みを浮かべています。


「えっと……初めまして」


 わたしは、存分に警戒しながら、他所行きの顔で答えました。


 全く——気が付かなかった。


 背後をとられていながら、話しかけられるまで、少しも気配が感じられなかったのです。


 初対面で気配を殺して近付いてくる人の、何を信用出来るというのでしょうか。


「やだなあ、そんなに警戒しないで。可愛い顔が台無しだよ。君みたいな大人の女性には、笑顔がとてもよく似合う」


 可愛い顔。大人の女性。


 ——まあ、悪い人ではないのかもしれませんね。


「おい、騙されるな。ちょろ過ぎるぞ。そいつは、性別が女なら誰でも抱けるただのスケコマシだ」


「抱けっ——少しは言葉を選んで下さい。いたいけな乙女の前で」


「乙女……?」


「首を傾げるなー!」


 と、わたし達のやり取りを見ていた男性が「ふうん?」訝(いぶか)しむように言って、わたしの背後から正面へと移動します。


 ちょっとだけ、距離が近いような……?


 そう思った時には、もう遅く。


 彼の両の手の平が、おもむろに、わたしの方へと伸びてきて——


「えいっ」


 胸を、タッチされました。あげく、もみもみされました。


 ——えっ⁉︎


「へ——? なっ⁉︎ えっ⁉︎」


 ゆっくりだったのに! 普通だったのに! 反応出来なかった! 何故⁉︎ なんで⁉︎ 触られっ、胸を⁉︎ 揉まれやがりましたですよ⁉︎


 胸を守るように抱え、錯乱するわたしに、男性がにこりと微笑みます。

 

 と、同時に、ライザによって猛烈な勢いで殴り飛ばされました。


 いきなりバイオレンス!


 ラウンジで優雅な朝食を楽しんでいた宿泊客の方々が、ざわめきます。わたしはどうすればいいのか分からず、ただおろおろするばかりでした。


 ライザが、拳を握りながら、下手人を無慈悲に見下ろします。


「セクハラ、ダメ、絶対」


 男性は、殴られた頬をさすり、何事もなかったかのように立ち上がりました。

 

「なんでカタコト? いや、別にいいけどさサ。そんな目くじら立てることないんじゃない? ただのスキンシップだよ、スキンシップ」


「そうか。そんなにスキンシップが好きなのか。ならば俺がいくらでも付き合おう。うっかり殺してしまうかもしれんが」


「ヤダー。男に触られるなんて、想像しただけで死んじゃう」


「そのまま死ね」


「何怒ってんのさ。随分とまあ、その子にお熱みたいね、ライザさん?」


「何が言いたい?」


「べっつにー。ただ、人の恋人をあんな目に合わせといて、よく自分は“ごっこ遊び″に興じれられるなあ、なんて思ってないですヨ?」


「…………」


 おやおや、何だか不穏な空気ですよ? 


 わたしの貞操の話はどこにいったんですかね?


 取り敢えず警察にでも通報しようかと思い、端末を取り出そうとしたところ、セクハラ男性がそれを制すように朗(ほが)らかに言います。


「あっ、そうだ。まだ自己紹介してなかったね。初めまして、ライザくんの親友のセラディス・ガトーです。気さくに、ラディって呼んでね。よろしく、エルルちゃん」


「あっ、どうも、エルトゥールル・ハウルです……。じゃなくて、よく普通に自己紹介ができますね……? わたしはもうすでに、あなたのことが普通に嫌いなんですけど……」


「マイナスからのスタートっていいよね。同じ好感度が1上がるのでも、効果が全然違ってくる」


 ダメだ、この人。


 どうやら、こちらの常識が通じないタイプのようでした。


 いきなり胸を触られたことからも、分かりきってるんですけどね!


「よし、じゃあオレの自己紹介も終わったわけだし、そろそろ本題に入ろうか」


 犯罪者、もといセラディスが、当たり前のように仕切り出しました。凄まじい場への適応力。これが、古に伝え聞く陽なるキャラクターというものですか。眩しい。日陰者にとっては直視出来ない、まさしく太陽。お気づきかとは思いますがわたしは混乱しています。


 しかし、次にセラディスが口にした名前は、わたしを現実に引き戻すのに十分過ぎるものでした。


「フィアリスちゃんの居場所について」


「あなた、フィアリスちゃんを知っているんですか!」


「うん、知ってるよ。オレ、教団に雇われてたしね。フィアリスちゃんの手紙を、エルルちゃんに届けたのもオレ。だから当然、彼女の居場所も知ってる」


「教えてください!」


「いいの?」


 先程までのへらへらとした態度が突然なりを潜め、据(す)えた瞳で、わたしの目を覗き込んできます。


「知ればきっと、キミはまた傷つくことになる。大事なものは、とっくに手からこぼれ落ちているかもしれない。わざわざ、もう一度傷つきに行くことに、何の意味があるの? 今度はもう、立ち直れないかもしれないよ? その覚悟が、キミにあるの?」


「覚悟——」


 怖いものは怖い。嫌なものは嫌だ。思い返すだけで、足がすくむ。体が覚えているおぞましき感覚に、吐き気がする。同じ目に、いえ、それ以上の目に遭わない保証なんて、どこにもない。


 それでも、行くと決めた。


 わたしは、決して目を逸らさず、言い返します。


「失う覚悟? 傷つく覚悟? そんなもの、クソくらえですよ。決意に——覚悟なんていらない。わたしはただ、友達に会いに行くだけです」 


 例え向こうの父親がどれだけ怖かろうが、知ったことではないのです。


「怖いの? 手、震えてるよ?」


 わたしは、何も答えませんでした。ただ、不敵に笑ってやります。


 しばらくの間をおいて、


「……なるほどねー」


 セラディスが、何かを納得したかのように頷きます。


「ライザが入れ込むのも分かるわ。いいよ、教えてあげる。街の中枢——『アミュゼポスタ遺跡』。天候の神の名を冠するその遺跡に、彼女達はこれから向かうはずだよ。なんていうか、あのムキムキ神父が、天候装置の破壊がどうとか言い始めて、流石に付き合いきれなくなって契約違反上等でぶっちしてきたんだけど、案内くらいなら出来るよ?」


「それは嬉しい申し出ですが、下心があるとしか思えませんね」 


「むしろ、下心しかないヨ? 文字通りというか、もちろん下ネタ的な意味でね?」


 はあ、と。


 わたしは嘆息します。


 こういう輩との、上手な付き合い方というのが、何となく分かってきたような気がしました。


 切実な話、手段を選んでいられる状況でないのもあります。


「分かりました。よろしくお願いします。セラディスさん」


「やだなあ、他人行儀だよ。ラディでいいってば」


「よろしく、お願いしますね? “セラディスさん″」


 嫌味っぽく言って、握手の為に手を差し出します。


 その時でした。


 宿の外から、爆発音が轟いたのは。

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