終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

17 空の蒼さはかくも遠き⑰冷たい血

公開日時: 2020年11月8日(日) 12:18
文字数:8,322

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 急ぐ必要がありました。


 わたしが、動けなくなる前に。


 フィアリスちゃんを安全な所へ。


「はぁ……はぁ……」


 爆発のショックで気絶したフィアリスちゃんを背負いながら、わたしは路地裏を歩きます。足を引きずり、血の道標を残しながら。


『主様……』 


「大丈夫ですよ、レーヴァ……わたしは、大丈夫……」


 レーヴァの心配そうな声音。


 わたしは、強がります。


 紳士が起こした爆発は、宿屋を丸々吹き飛ばす規模でした。


 フィアリスちゃんを押し倒し、体で覆って爆風と破片を遮断したお陰で、″彼女は“無事。


 しかし、わたし達以外に宿屋に泊まっていた人達が、犠牲になった。わたしが今晩、あの宿に泊まったせいで。わたしの見通しの甘さと、認識不足のせいで。


 今は、そんなことを考えている場合ではないのかもしれません。


 けれど、弱った心には、辛い現実ほどよくのしかかるもので、気力が沈み続けます。


 あの男——紳士は何故、自爆などという指示を受けたのか。   


 フィアリスちゃんを連れ戻すのがザルディオの目的なら、彼女を殺しかねない選択がどうして生まれるのか。


 分からない。理解が出来ない。


 出血と激しい痛みに、思考が定まらなくなってきました。


 フィアリスちゃんが気絶していることは、幸いだったのかもしれません。彼女に、今のわたしの状態を見られるのは避けたいのです。


 脇腹が、酷い火傷のように熱を持っていました。同時に、とてつもない異物感と圧迫感がお腹の中を暴れ回っています。


 わたしの脇腹には、大きな鉄の破片が、突き刺さっていました。


 爆風で飛ばされてきた、建材の一部。それが、まるで巨大な角のように脇腹から生えている状態です。


 傷は深く、明らかな致命傷。歩く度に、脊髄をハンマーで直接叩かれるかのような痛みが、体の芯に響き辺り、気が狂いそうでした。取り除こうにも、抜けば、あっという間にわたしは失血死してしまうでしょう。


 ダメージは、それだけではありませんでした。


 爆風は、レーヴァのエーテル刃を広範囲に出力することによって何とか防げたものの、飛んでくる破片の全てを撃ち落とすことは不可能だったのです。


「がはっ……ごほっがはっ」


 血を吐き出す為に咳き込むと、その度に激痛が走ります。


 血。ああ——わたしの大切なガソリン。


 手が届く範囲で、出来る限りの止血はしたものの、それでも傷は深刻でした。特に、脇腹がまずい。内臓も損傷している。体が小さい分、早く何とかしないとすぐに動けなくなってしまう。


 とにかく、フィアリスちゃんだけでも安全な場所へ。


「…………」


 ——安全な場所?


 安全な場所など——いったいどこにあるというのでしょうか。


 宿泊している所を襲撃されたということは、何らかの方法でこちらの位置を把握出来るということ。


 そして、このままわたし達を放置しておくほど、敵も甘くはないでしょう。


 逃げ場など、どこにもないのです。


「……ライザ」 


 本当に——こんな時に。


 何故、傍(そば)にいないのですか。


 いて——くれないのですか。


 心細い。


 細くなり過ぎて。


 心が——折れそうです。


「うぅ……ひっぐ……」   


 泣いてなんかいません。怖くなんかありません。


 ただ、傷が痛いだけです。


 絶対に、それだけです。


「ライザ……」


 許しませんよ、わたしは。


 人参だって、食べてやるもんですか。


 お肉だって、ライザの分も平らげてやります。


 お酒を、わたしがいいと言うまで貢いでもらいます。


 甘いものも当分禁止です。


 謝っても、そう簡単に許すものですか。


『主様!』


 ゾンビのような足取りで歩を進めていたわたしは、レーヴァの声に墓穴から呼び起こされました。


 顔を上げると、教団の信者が数人、路地を塞ぐようにして立っていました。


 手にはそれぞれの得物を携え、使命に燃える瞳をしています。子ども二人を相手に、武器まで持って。常識や良識のなんたるかを問いたいですね。まあ、彼等はより長く生きている分、現実というものを知っているのでしょう。


 ですが、わたしは現実(そんなもの)になんか、負けてやるわけにはいきません。


 血に塗(まみ)れてなお、泥を被りなお。


 諦めるわけにはいかないのです。


 背中には、護らなければならない存在。


 わたしは震える足を叩き上げ、


 削り過ぎた心を根性と気力でコーティングして、


 前を向きます。


「レーヴァ、わたしに、力を貸してください」 


『もちろんじゃ。死ぬな、主様』


 わたしは、必死に走りました。


 残り少ない体力とエーテル。思うように動かない体。脇腹に刺さる破片。


 体が思うように動かず、殴られ、刺され、斬られ、撃たれながらも。

 

 次から次へと襲い来る信者達を蹴散らし、倒し、無理矢理突破し、わたしはひたすら逃げます。


 遮二無二、なりふり構わず。


 一心不乱に、人気(ひとけ)のない道を駆け抜けるのでした。


 肺が破裂しそうな苦しさ。動く度に、破片が刺さった脇腹からは、吐きそうな程の痛みがせり上がってきます。


 いつの間にか、追手の足は途絶えていました。


 逃げ切ったのでしょうか——そんな甘い考えが頭をよぎりますが、すぐに楽観視出来ない事実に気付きます。


 この状況は、狩りを思わせました。


 獲物に手傷を負わせ、多人数で囲み、体力を疲弊させる。


 その先に待っているのは——


「やあ、私ですよ」


 絶望(ザルディオ)でした。


 聖職者のローブを身に纏った、筋骨隆々の肉体。今のわたしには、その肉体の大きさ以上に、彼が強大な壁として映っていました。


 ザルディオは、顔に胡散臭い笑みを貼り付けながら言います。


「こんばんは、今夜は月が綺麗ですね?」


「死んでもいいわ——なんて、死んでも言いませんからね」


 歯を食いしばりながら、せめてもの皮肉を返しました。


 状況は最悪です。


 逃げられない——逃げたところで、無駄でしょう。


 この男がこうして出てきたということは、わたしはもう詰んでいるのです。


 打開の策も、希望の道も皆無。


 全く、思い描けません。


 圧倒的優位な立場から、ザルディオはわたし達を見下ろし、優しく微笑むのでした。


「さあ、聖女様を返してもらいますよ。大人しく従っていただけるのなら——貴女のことも、悪いようにはしません」


「どうして——」


 わたしは、聞かずにはいられませんでした。 


 むせ返りそうな血の味を我慢しながら、言ってやります。


「どうして、あの紳士に自爆を命じたのですか? わたしは、貴方が、本当に理解出来ない……。口ではフィアリスちゃんを取り戻すと言っておきながら、平気で彼女が死んでしまう恐れがあることをするなんて……」


 会話を続けることで、何とか光明を得ようとします。


 どうにかしなければ、という生存本能が分泌するアドレナリンが、腹の痛みを少しだけ緩和してくれていました。


「それだけではありません。貴方のやることなすこと、全てがちぐはぐなんですよ、乖離している。口では教団の理想を魔法と謳ってときながら、平気で機械を使う。魔法を復活させるなどという研究を、教団内にも秘匿する。貴方は一体、どこを見ているのですか? 何が、目的なのですか?」


 ザルディオは、わたしの問いに対しても全く動じませんでした。


「貴女はどうも、少々潔癖過ぎるようだ。言動の矛盾は、そんなに珍しいことでしょうか? むしろ、矛盾(それ)こそが人の本質だと、私は思いますがね。正義の味方を謳いながら、平気で悪人を弾圧する。より良く生きたいと豪語しながら、その為の努力をしない。性行為をしながら、子どもはいらないと否定する。現実を知っているのにも関わらず、夢を追い求める——どうです? 実に人間らしいじゃあ、ありませんか」


「確かに……わたしは勘違いしていたようです」


「おや?」


 ザルディオが、意外そうに墨色の瞳を丸くしました。


 わたしが素直に頷いたことに、驚いているのでしょう。


 わたしは気付いたのです。


 矛盾がどうとか、そんな細かい理屈はただの建前で。ずっと前——第一印象の頃から、この胸に生まれた、その感情だけが一貫していたことに。


「ザルディオ。わたしは、貴方のことが嫌いです」 


 心の底からの、嫌悪です。


 衷心(ちゅうしん)より、気持ち悪い。


 切に、受け付けません。


「そう、面と向かって言われると、流石の私も傷付きますねえ……」


「嘘ばっかり。本当は、何も思っていない癖に。そういうところですよ」


 わたしの憎まれ口にも、ザルディオの嘘のような笑顔は崩れません。


「私は誠実ですよ。ただ、職業柄、笑顔を絶やせないので、心の機微に敏感な方にはそう見えてしまうのでしょう。その証拠に、貴女の質問に、疑問に、虚飾なく答えましょうか」


 野太い腕をいっぱいに広げて、彼は芝居がかった動きで続けます。


「まずは、『アイゼンドッグ』に自爆を命じたのは、私ではありません。スポンサーのご意向ですよ。私としても、大切なのはあくまで聖女様の遺物ですので、それさえ回収出来ればという条件で承諾しました」


 背中にいるフィアリスちゃんが、気を失っていて、本当によかったと思う最低の発言でした。


 アイゼンドッグというのは、あの紳士の名前でしょう。


 そして、もう一人。


「スポンサー……?」


「ええ、教団のパトロンです。魔法使いを創造する研究も、実はその方が出資してくださっているのですよ。教団の運営資金にもかなりの援助をいただいているので、昔から何かと懇意にさせていただいております。その方ですが、随分と貴女にご熱心みたいで。貴女を攫ったのも、研究中の薬を投与したのも、全部その方からのご依頼ですよ」


 その時、わたしの脳裏に浮かんだのは、一人の少女の姿。


 ライザに瓜二つな容姿を持つ、あの少女が件(くだん)のラゼルであり、わたしが今回の騒動に巻き込まれた元凶であると、推測します。


 未だ直接危害を加えられたわけではありませんが、そもそも、わたしがザルディオに捕まった場所——あの地下聖堂に向かったきっかけは、彼女をストーキングしたことです。


「あの方は、本当に支払いがいいですからね。私としても、出来る限りご要望にお応えした次第です。しかしまあ、貴女が聖女様をかどわかし、教団を脱走しようとした際は、流石に焦りましたね。貴女方がこの街に留まってくれたことは、不幸中の幸いでした」


 わたし達が、危険を侵してこの街に留まったのは、ライザと合流する為。そして、フィアリスちゃんの『お姉さん』を探す為です。


「いやあ、人生、どこで何が役に立つか分からないものです。実に愉快だ。聖女様の心理的ケアの一環で、気まぐれに与えた飴(希望)である『姉』などという嘘が、こんなところで役立つとは!」


「嘘、ですって……?」


「ええ、嘘です。おや? 今は私が正直者であるとことを証明する為に、話し始めたのでしたか? まあ、いいでしょう。そんなことは、どうでも。いませんよ、聖女様に——貴女の背に護られるだけのその少女に、姉などいません。私が言うのだから、間違いない」


 何故、そこまで力強く断言するのか。

 

 そんな小さな疑問はしかし、すぐに最悪の直感へと変わります。


「ちょっと、待って下さい! まさか……!」


 にっこりと、よそ行きの笑顔を浮かべるザルディオ。


 背筋が、凍りました。


「ええ、父親ですよ、私は。その子の、実の親です」


 白銀の髪に、墨色の瞳……!


 二度目に相対した時に感じた直感、誰かに似ている……間違いではなかったのです。


「あなたは、実の子に遺物を埋め込んだというのですか⁉︎」


「そうですよ?」


 まるで、恥ずべきことは何もないと言わんばかりの肯首。


「まあ、その子だけではありませんがね。何人だったか……申し訳ない、あまり記憶力が無い方でして。必要のないことは憶えていられないのです。とにかく、あの方からいただいた遺物【|月下美人《ハナチルミナモヅキ》】は、その機能こそ規格外ですが、一つ難点がありましてね。貴女が使うような『接続型』とは違い、人の体内でしか稼働しない『寄生型』であるということです。接続型と同じく、適応者で無いと『異形化』してしまうのは一緒ですので、その子に辿り着くまでに、随分とかかりました」


 平然と言ってのける、目の前の悪魔に、わたしは思わず後退りました。


「あなた……本当に、人間ですか……?」


 わたしの心の底からの疑問に、ザルディオは嬉々として答えます。


「もちろんですよ、何を言っているのですか! 私は人間です。これ以上にない程、良心的と言っていい。子どもを、親がどう使おうが、親の勝手でしょう? 私は、“実験には自らの子しか用(もち)いていない“!」


 あまりの激白(げきはく)に、思考が全く追いつきません。


「お恥ずかしながら、私は特別、性欲が強くてですね。ですが、神に仕える身としては、避妊などという生物に反した行いをするわけにはいかない——なので、信者がよく私の子どもを産むのですよ。なにせ数が多いもので——実験に使用するには、もってこいでしてね」


「ぐ——う」


 気持ち悪い。気持ち悪い……! 気持ち悪い‼︎


 あまりの生理的嫌悪に、どうにかなってしまいそうでした。


「……そうまでして、貴方は一体、何を求めているのですか?」


「そんなもの、決まっているじゃないですか!」


 ザルディオの目が、爛々(らんらん)と見開かれました。


 玩具を前にしたような純粋な輝きが、その黒曜石の瞳に宿ります。


「お金ですよ! お金の為! 全ては金の為に決まっているじゃないですか!」


 わたしはきっと、この先絶対に聖職者という存在を信じない、そう思うに余りある発言でした。


「お金は、素晴らしいです! この世は、お金さえあれば大抵のことは出来る。不要な我慢をしなくて済む。理不尽に虐げられることもない! 私は、お金が大好きなんですよ! 教団などは、お金を得る為のただの手段に過ぎません! 信仰? そんなものでお腹は膨れませんよ! 思想? 財布が膨れるならば何でもいいです! 魔法? それがあれば、いくらでも儲ける手段はあるのに!」


 ザルディオが叫びます。拳を強く握り、状態を逸らしながら演説する様は、まるでどこぞの国の代表者のようなバタ臭さでした。


「どうです! 貴女も! 貴女ほどの器量があれば、たくさん稼げますよ! 小さい方がいいという変態は一杯いますからねえ! なあに、大丈夫。嫌悪感など最初だけです。すぐに馴れますよ。心を殺すのがコツです。そこの——聖女様のように!」


 その言葉を聞いた瞬間、わたしの中で激情が一気に沸き立ちました。


 フィアリスちゃんと、初めて会った時。


 彼女がいきなり唇を重ねてきた理由。


 この男は、実の娘を……!


「あなただけは、絶対に、許せません」


 冷静にならなければ。


 そう自分に言い聞かせながら、わたしはフィアリスちゃんをそっと、地面に横たえます。


 あのクソ野郎を突破出来ないことには、わたし達に未来はありません。会話をしている間に、体に残された僅かなエーテルの残滓(ざんし)を、何とかかき集められました。


 チャンスは一撃。


 レーヴァを構えます。


 大きく息を吸い呼吸を整えようとしましたが、脇腹に刺さった破片が放った激痛が、それを許しませんでした。

 

「おや? おやおやおや、随分と苦しそうですね。その状態で、動けるのですか? 大した人だ」


 わたしは、動きました。


 最後の力を振り絞り、それはほとんど神風に他ならず。


 ファイントを仕掛ける余裕もありませんでした。


「ははっ」


 ザルディオの軽笑。


 足を引っ掛けられ、前のめりに倒れます。


 その拍子に、脇腹の破片が、更に体の奥へとめり込みました。


「あぐっ⁉︎」


 異物が、肉を掻き分け、侵入してくる激痛。


「それでは、クライアントからの最後の依頼を始めましょうか」


 起き上がろうと体を反転させたところで、ザルディオの隆々(りゅうりゅう)とした脚が、腕に容赦なく振り下ろされます。


 脳内に響く、骨が砕けた音。


「クライアントからは、出来るだけ貴女を痛め付けるように仰せつかっています。あの方は、貴女に恨みでもあるんですかねえ。それとも逆——まあ、私はお金さえいただければいいので、何でもいいですがね。小さな少女を痛め付けるのは気が進みませんが——そこはほら、貴女の体の痛みと、私の心の痛みで、おあいこということで」

 

「ひっ——」


 張り詰めていた緊張の糸が、無残にも引き裂かれます。


 骨と一緒に、わたしの心は折れてしまったのか。


 立ち上がる気概は既になく、凄まじい恐怖が心臓を鷲掴みにしていました。


 今にも、握り潰されてしまいそうな。


 ああ——もう、無理だ。


 もう一人のわたしが、全てを手離そうとしていました。


 使命を。


 心を。

 

 そうすれば、何かもが楽になるように思えたのです。


 しかし、そんなわたしの気持ちを繋ぎとめたのは、気を失っていたはずの彼女の声でした。


「エルル!」


 途端に、少しだけ正気に戻ったわたしは、最後の気力を振り絞って叫びました。


「フィアリスちゃん! 逃げて! とにかく、走って‼︎」


 望みは薄いかもしれません。


 ですが、あなただけでも!


 それなのに、


「ところが、そうはいかないのだよ、これが」


 現実は、どこまでも非常なのでした。


「は、離して!」


 首だけを動かし、視線を向けた先では既に、フィアリスちゃんがあの紳士に拘束されてしまっていました。


 あまりに無慈悲。


 現実は、かくもままならないのですか。


「無事だったんですね、アイゼンドッグ」

 

「うむ、危なかったがね。いやはや、実にどうして有意義な一時だったよ」


「それはよかった。貴方には、まだ手伝って貰うことがありますからね。——さて。聖女様はこちらの手に戻りました。これで『計画』も予定通りに決行できます」


「けい……かく?」


「なに、大したことではありませんよ。この街の——遺跡機構都市の天候再現装置を破壊します。突然生活の土台を失った人々は、どうなると思いますか? 不安に駆られるでしょう。闇に迷うでしょう。そんな哀れな子羊達を、我々クレプス教団が導きます。聖女様の力を使って、より効率よく、より支配的に、ね」


「そんなこと……」


「させない、ですか? あなたは、どこまでも綺麗な人だ。その小さな体に見合わない、強い心。そんなあなたが、どんな声で鳴くのか、少し興味が出てきました」


 ザルディオがおもむろにしゃがみ込み、今なおわたしを苦しめる破片に手を掛けました。


 何、を——。


 そう思ったのも束の間、ザルディオは、わたしの脇腹からそれを抜き始めたのです。


「ぐっぎゃぁああぁぁぁああああああ‼︎」


 自分の喉から出たとは思えない、聞苦しい悲鳴。


 より痛みを。より苦痛を。ゆっくりと、時には前後に揺れ動かされながら、引き抜かれていく異物。


 逃れようと、暴れるも、ザルディオに腕を踏み付けられたままではどうしようも出来ません。むしろ、余計に苦痛が増すだけでした。


 破片が一ミリ進む度に、耐えようのない地獄の痛みが襲い掛かります。


「エルル! エルルっ‼︎」


 フィアリスちゃんの声も、自分の悲鳴のせいで、よく聞こえませんでした。


 視界が滲み、黒ずんでいきます。


 耳鳴りが、激しく。


 喉が潰れるほどの叫び。


 永遠に続いたかのような苦しみは、しかし、唐突に終わりを告げました。


 がん、と。


 乾いた音を立て、鉄の破片が地面に転がります。


 わたしの体から、一気に、血が吹き出しました。


 血と一緒に、


 命が漏れ出ていく。


 魂がこぼれていく。


「これは酷い傷だ。小腸を突き破り、大腸にまで達している」


 抵抗する力など、残ってはいませんでした。


「ふふふ、クイズですよ、小さなお嬢さん。人体において、触られて最も″痛い″と感じる場所は、どこだか、ご存知ですか? 答えは当然——」


 ザルディオのゴツゴツとした指が、破れた衣服の隙間から、わたしのお腹を這い回ります。そして、脇腹の傷周りを丁寧になぞりながら、


「“内臓″、ですよ」


 彼は、本当に、優しそうに笑うのでした。


「今から、あなたのお腹に手を入れて、直接、内臓(なかみ)をまさぐります。小腸を、大腸を、直腸を、私の手が、掻き回します」


「ゃ——だ」


 怖い。怖い。怖い。


 歯が、がちがちと音を立てています。


 震えが止まりません。


 涙が溢れました。


 視界が錯綜(さくそう)します。


 気が、狂いそうでした。


 わたしが——壊される。


 体も、心も。


 わたしの全部を。


 これから、この男によって。  


 生まれてきたことを、後悔するかのような責め苦。


 生きていることが、間違いに思えるくらいの苦痛。


 ザルディオの手が、脇腹の傷口に触れます。


 その光景と感触が脳髄を犯す中。


 わたしは、ひたすらに謝り続けました。


 ごめんなさい。


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


 許して下さい。


 痛いのは、嫌なんです。


 懇願しようにも、声が出ません。


 わたしは、心の中で必死に助けを求めました。


 神様に? そんなものはいません。





 ライザ——

 

 ——助けて。


 

 


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