終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

3 「再会と責任、誰が為の手」

公開日時: 2020年10月1日(木) 09:34
文字数:4,053

 あの後、駆け付けた他の警察の方が、被害者の回収と現場検証に入り、わたし達はその場を後にしました。


 クリフさんに連れられる(連行)ままにやってきたのは、駐屯所ではなく、喫煙所でした。路地裏から表通りに移動し、路上の一角に設けられたガラス張りのスペースです。中は丸見えですが、気密性が高いので話し声は外に漏れない、そんな空間でした。


 例えば、誰かに聞かれたくない会話をする際には、うってつけなのではないでしょうか。


 まるで謀(はか)ったかのように、わたし達以外に人はいませんでした。


「軽い冗談じゃねえか。そんなに怒るなよ、エルル嬢ちゃん。せっかくの美人が台無しだぜ」


「誰ですか? あなた。初対面の時はまず名前を名乗るのが礼儀ですよ。はい、言ってごらんなさい。私の名前は、申し訳ございません太郎だと」


 していい冗談と悪い冗談があると思うのですよ。すぐに手錠は外されたとはいえ、悪態をつかずにはいられませんでした。


 クリフさんは、バツが悪そうに言います。


「悪かったよ……。たく、せっかく見てくれはいいのに、そういうところは『あいつ』にソックリだな」


 あいつというのは、わたしの育ての親のことです。クリフさんとは古くからの知り合いらしく、わたしが子どものころは、よく二人で行動しているところを拝見していました。


「それに、全部が全部、冗談ってわけじゃねえよ。嬢ちゃんと俺は知り合いだが、周りの警官からしたら立派な部外者だ。立場上、こうして邪魔の入らないように話す為には、容疑者の事情聴取を装(よそお)うのが一番手っ取り早かったのよ」


「なるほど、そういう思惑があったんですか

……すいません」


 一応、正当な理由があったようです。


 この喫煙所に人がいないのも、おそらく見えない所で、他の警官の方が見張っているのでしょう。


 ……あれ?


 じゃあ、ライザは?

 

 わたしだけ手錠を掛けられて、ライザが自由だった理由は?


 ……やっぱり、からかわれていただけかもしれませんでした。


「それにしても——話には聞いてたが、本当に小さくなってやがる……。当たり前だが、エルルお嬢ちゃんが、子どもの頃そのものだな。まさか、人の体が縮むとは……遺物ってのは、本当に魔法じみてるなあ」


「全くもって同意しますよ。昔の人はよくもまあ、総じて摩訶不思議な物を創り出したものです。ところで、遺物といえば」


 わたしは、話を切り出します。残念ながら、のんびり再開を楽しむという空気ではないのです。


「先程、暴走した遺物を所持した男——遺物の歪みに遭遇しました。通報があってすぐ駆け付けて来たということは、クリフさんが、その事件を追っているんですね?」


「まあ、そうなる。——と、その前に」


 クリフさんは肯定し、懐からタバコを取り出しました。相方は、ライターではなく、加熱式の電子デバイス。機械によりタバコの内部に熱を加え、煙を出すことなく成分を発生させ、直接燃焼させた場合に比べ臭いや副流煙が少ないのが特徴です。


 禁煙の風潮が世に広がる中、従来の燃焼型のタバコに代わり、急速に台頭してきた代物でした。


「個人的に、普通のタバコの方が好きなんだが……背に腹は変えられねえ。そっちの兄ちゃんも吸うか?」

 

 腕を組みながら、黙ってガラスに寄り掛かっていたライザに向かって、クリフさんがタバコを差し出します。


「いや、いい」


「そうか。まあ、吸わないに越した事はねえわな」


 大人の男性特有の、こう……上手くは言い表せませんが、哀愁漂うやり取りでした。


 一服おいて。


「この街で遺物の歪みが起こってると、駐屯所から帝都の警察署に応援の要請があってな。のこのこやってきたのが、俺ってわけだ。奴の名は、アーサー・ローラン。指名手配中だった、連続大量殺人鬼だ。一度は包囲して追い詰めたんだが、俺のせいで逃げられてな。俺一人が処分される分にはいいんだが、このまま異形化が進めば、必ず無関係な人間に被害が及ぶ。悪いが、話を聞かせてもらうぞ」


 クリフさんの目が、真剣味を帯(お)びます。


 わたしは、神妙に頷きました。


「元より、そのつもりです。と言っても、大した情報があるわけではありませんが、とにかく経緯だけでも。——わたしが街に着いてすぐ、遺物を持った男が、人を殺害している場面に遭遇しました。そのまま戦闘になり応戦したのですが、一度は制圧しそうになったものの、異形化が進んだ相手にわたしが不覚を取り、そこにいるライザに助けられました。異形化した男は、そのまま逃走し、そこにクリフさんが現れた次第です」


「それは災難だったな……無事で何よりだ。どこに逃げたかは、分かりそうか?」


「そこまでは……」


 レーヴァの探索機能を使えば、ある程度の距離なら探れそうですが、この街全部の範囲を網羅するには時間が掛かりそうです。


「もう一つ。異形化は、進んでいたか?」


「かなり」


 両脚、そして両腕。


 残るは、体と頭部。


 ファイナルステージへの移行、残された時間は——。


「そうか。次でケリをつけねえと、いよいよもって限界(リミット)だな」 


 クリフさんが、空へ向かって紫煙を吐き出しました。長い付き合いですが、この方は中々に感情を表に出しません。大人の男なのです。


 しかし、先程の言葉。


 俺のせいで逃げられた。


 考えていることは、何となく察しがつきました。


 何故なら、少なからず、わたしも同じ思いを抱いているからです。


「さて、ここからが本題だ。単刀直入に言う。アーサーを捕まえるのに、協力して欲しい」


「分かりました」


 わたしは、迷わず答えました。


「即答だな」


「自分のせいで逃したことを後悔しています」


「嬢ちゃんが責任を感じることじゃねえだろ」


「そういう性格なんですよ」


「生きづらい性格だな」


「お互い様だと思いますが」


 わたしは少しだけ笑い、


「否定はしねえよ」


 クリフさんは笑いませんでした。けれど、その瞳に僅かながら優しい色が浮かんだのを感じます。


「ライザは——」


 わたしは、彼に向き直ります。


「どうしますか?」


「その前に——いいのか?」

 

 ライザが静かに口を開きます。


「あの男が持っている遺物は、お前の体を縮めた遺物じゃないのは明らかだろう。時間は無限じゃないんだ。あと半年しかないんだろう? 時間の無駄じゃないのか?」


「そう——かもしれません」


 実際、ライザの言う通りです。


 正論という他ありませんでした。


 わたしの体に残された時間を考えれば、余計なことに首を突っ込んでいる暇は無いはず。


 それも、見ず知らずの、あまつさえ不特定多数の人間の為に。


 あの時、アーサーが放った言葉。


 それは呪いの言葉でありながら、真理でもありました。


 他人なんて言うならば存在してないのも同じ。星の裏側で、戦争が起こって何万人死のうが、心は痛まない。知らない国で大飢餓が発生して、何十万人飢え死のうが、ご飯が美味しいのに変わりは無い。 


 それを真っ向から否定出来る程、わたしは素直な性格をしていなければ、善良な人間ではありませんでした。


 けれど。


「それでもわたしは、わたしの体がこうだからこそ、同じように遺物の被害に遭う人を見過ごせません」


 それが、わたしの選んだ道なのです。


 ライザは何も言いませんでした。


 わたしは、彼の目を真っ直ぐに見て続けます。


「虫がいいとは思います。わたしに返せるものは何もないかもしれません。それでも——わたしの我儘に付き合って欲しいです。ライザ、お願いします。アーサーを捕らえるのを、手伝って下さい。同じ失敗を、繰り返さない為にも」

 

 わたしは、自分の力で全てを為せると思える程、自分を信じてはいませんでした。


 それでも、こうしてはっきりと人へ助けを求めたのは、随分と久しぶりな気がしました。


 わたしは、いつだって一人で。


 今までもずっと一人で。


 なんとかしようと、躍起になっていたような気がします。


「分かった。任せろ」


 力強い言葉。


 迷いなく紡がれる意志。


 ありがたくも、ほっとします。


「ありがとうございます、ライザ」 


 先程指摘されたばかりですが、お礼を言わずにはいらませんでした。


「話は纏まったみてえだな」


 会話の成り行きを黙って見守っていてくれていたクリフさんが、口を開きます。


「嬢ちゃん、通信機は持ってるか?」


「はい」

 

「なら、後で事件の詳しいデータを送っておく」


「いいんですか?」


「まあ、バレたら懲戒処分だろうな」


「それは……」


「いいんだよ。元々、アーサーをとり逃した事で処分は免(まぬが)れん。それに協力して貰う以上、当たり前だ」


「……分かりました。では、アドレスを」


 わたしは自らの端末を待機状態にして、クリフさんのそれと重ねました。


 ぴこんという電子音と共に、通信完了。


「ところで、宿は決まってるのか?」


「いえ、まだです」


「そうか。なら、俺の方で用意しよう。馴染みの宿だ。話は着けておく」


「ありがとうございます」


「ただのお節介だよ。じゃあ、そろそろ俺は行くわ」


 タバコを携帯灰皿に押し付けてから、クリフさんは喫煙所の扉に手を掛けます。そして、こちらを振り返り、


「嬢ちゃん達は、独自に動いてくれればそれでいいからよ。俺は俺で、警察として最善を尽くす。ああ、それと——嬢ちゃん、兄ちゃん、ありがとよ。健闘を祈る」


 そうおっしゃって、背中越しに右手を振りながら去って行きました。


 それを見送り、窺(うかが)うようにライザへと視線を向けます。


 相変わらず木訥(ぼくとつ)とした雰囲気で、何を考えているか、その表情から読み取ることは出来ません。


 ちょっとだけ近付いて、じっと顔を覗き込みます。身長差が凄いので、見上げる形で。少しだけ背伸びをして。


「なんだ?」


「いえ、別に。ただ——なんとなく、嬉しくて」


 我ながら不謹慎だとは思いますが、不思議と、今はそういう気持ちです。助けてくれる相手がいるという、安心感。


「そうか」


 目を逸らされました。照れているのかも。何となく、そう感じます。


 わたしは、右の拳をぐっと突き出しました。


「改めて。よろしくお願いしますね、ライザ」


「…………」


 こつん、と。


 無言で合わせられた拳。

 

 わたし達は、喫煙所を後にしました。


 

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