【Side:Liza】
ライザ・テオドールは、人生で初めての恋をする。
思えば、これまで長い旅路だった。『魔女の黄昏』と呼ばれる魔法使いの大虐殺が起こり、ライザが『姉』と死別したのが10年近く前の話。親のいないライザにとって、唯一の肉親であった彼女との別れ際の約束が、今もなお、胸に息づいている。
必ず幸せになるという約束。
誰かを、幸せにするという約束。
果たせぬまま、その方法さえ分からず、世界をあてもなく放浪し——そして。
彼女と出会った。
一目惚れだった。
本当に、そうとしか言い様が無かった。
運命など信じてはいないが、それに似た何かの強制力が働いたとしか説明出来ない程に、エルトゥールル・ハウルという少女を一目見て、ライザは確信したのだ。
この少女と出会う為に、自分は生まれてきたのだと。
理由は分からない。そんなものは、もしかしたら無いのかもしれない。不思議な感覚だった。まるで、ずっと無くしていたパズルのピースを見つけたかのような気持ち。
ライザが失ったもの。
完成するはずの無かった心の絵。
故に、彼女に言った言葉は、嘘偽りの無いライザの本心である。
しかし——。
だからといって、それが相手に受け入れられるかどうかはまた別の話だった。
当然だ。
いくらそれが、混じり気の無い、邪な考えの無い真っ直ぐな気持ちであったとしても、二人は″現在(いま)は″赤の他人なのである。
我ながら、いきなりプロポーズは無かったな……。
と、ライザは頭を抱えていた。
酒場を後にし、適当な路地裏に入る。賑やかな大通りから隔絶させれたかのような静けさ。換気ダクトから漂う油っぽい臭いをかき分けながら、奥へ。
光の世界から、闇に紛れるように。
考え事をするには、表は喧騒が過ぎた。
さて、どうするべきか。
ライザは迷い、悩む。
エルルを″追い掛けるのは簡単だ″。しかし、何もプランが思い浮かばない。
唯一思い出すのは、姉の恋人でもあった、かつての戦友のアドバイス。女好きで、常に女の尻を追い掛けるような生き方をしていた男はこう言った。
女性には、愛が不足していると。
彼女達は、やがて子に無償の愛を注がなければならない。それは神秘的で、尊く、強く、素晴らしいことだ。子に愛を与えるのが女性の役割ならば、彼女達に愛をプレゼントするのがオレ達の仕事なんだぜ——戦友はそう締めくくり、ドヤ顔で笑った。
今にして思えば、ロクなアドバイスじゃないなとライザは嘆息する。
具体的ではないし、肝心の方法が皆無だ。
愛——壮大なテーマ。
いっそ、好きだと言い続けてみてはどうかとも思うが、正直、現時点で彼女が自分のことを嫌っていたとしたら、逆効果のような気がした。
「まいったな……」
術(すべ)を持たない自分に対して、本当に気が滅入る。
かつてない難題に、脳が焼き切れそうだった。
人との距離の縮め方が、全く分からない。
そういう生き方をしてきたし、今まではそれで問題無かったのだ。独りで生きることに不便はなく、心の拠り所を他人に求める性格でも無かった。
想いは、確かだ。
ならば、それを相手にきちんと伝える方法。
相手を不快にさせないための手法。
考え——実行する。
「……取り敢えず、贈り物でも探すか」
我ながら安直な決断だとは思ったが、それ以外に思い付かなかったのだ。戦友に連絡を取ることも考えたが、ロクな答えは返ってこない気がした。
ひとまず大通りに出て、商業区にでも向かうかと、ライザは踵(きびす)を返した——その時だった。
ふと、邪悪な気配を感じた。
遠くの方で、エーテルが乱れる気配。
暴走とも呼ぶべきその波動は、殺意と悪意が入り混じった、明確な敵意を周囲に撒き散らしていた。
平穏な街中、暴風雨のようなその存在が、呑気に散歩をしているわけでもないだろう。
決して穏やかな空気ではない。
何が起きているのか。
どんな被害が。どんな危害が。
思考を巡らせる前に、ライザは現場へと″跳ぶ″決意を、迅速に固めていた。
正直に言ってしまえば、ライザには進んで面倒事に関わって行く気概が全くない。
見ず知らずの人間の為に役に立とうなどとは微塵も思わないし、困っている人を助けようなどという正義感は皆無だ。
しかし——。
そこには、『彼女』がいた。
はっきりと感じる。
ライザが扱う魔法は、機械という媒体を介せず、エーテルを体外で自在に操る技法である。
必然、人が宿すエーテルを知覚する術に長けていた。
その性質は十人十色、千差万別。
ライザは、エルルが宿すエーテルの気配を完璧に把握していた。
だからこその、追跡は容易いという判断だったのだが、ここにきてより一層その事実が吉と出た。
彼女に危険が迫っている。
ただそれだけが、ライザを突き動かす。
猶予が無い。
今から走っていたのでは、間に合わない。
となれば手段は一つ。
ライザは、虚空へと向かい、手をかざした。
途端、光の残滓を残しながら出現する金色の剣。それが6本。前方に浮遊すると、円を描くようにゆっくりと回転を始める。
やがて現れたのは、円形の穴。吸い込まれそうな程に深く、その先には、夜の闇とはまた別の空間が広がっていた。
ライザが形成したのは、ゲート。
数日に一度しか使えない、大技(まほう)。
空間を跳び越え、離れた場所へ一瞬の移動を可能とする。
座標の設定は、エルルのエーテルを頼りに行った。
彼女を守る——。
確固たる意志と共に、ライザの現実は跳躍する。
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