終焉の幼女エルルと死なずのライザ

かこみ
かこみ

2-3 「黄昏と恋、跳躍せし現実」

公開日時: 2020年10月1日(木) 05:32
文字数:2,178

【Side:Liza】




 ライザ・テオドールは、人生で初めての恋をする。


 思えば、これまで長い旅路だった。『魔女の黄昏』と呼ばれる魔法使いの大虐殺が起こり、ライザが『姉』と死別したのが10年近く前の話。親のいないライザにとって、唯一の肉親であった彼女との別れ際の約束が、今もなお、胸に息づいている。


 必ず幸せになるという約束。


 誰かを、幸せにするという約束。


 果たせぬまま、その方法さえ分からず、世界をあてもなく放浪し——そして。



 彼女と出会った。


 一目惚れだった。



 本当に、そうとしか言い様が無かった。


 運命など信じてはいないが、それに似た何かの強制力が働いたとしか説明出来ない程に、エルトゥールル・ハウルという少女を一目見て、ライザは確信したのだ。


 この少女と出会う為に、自分は生まれてきたのだと。


 理由は分からない。そんなものは、もしかしたら無いのかもしれない。不思議な感覚だった。まるで、ずっと無くしていたパズルのピースを見つけたかのような気持ち。


 ライザが失ったもの。


 完成するはずの無かった心の絵。


 故に、彼女に言った言葉は、嘘偽りの無いライザの本心である。


 しかし——。


 だからといって、それが相手に受け入れられるかどうかはまた別の話だった。


 当然だ。


 いくらそれが、混じり気の無い、邪な考えの無い真っ直ぐな気持ちであったとしても、二人は″現在(いま)は″赤の他人なのである。


 我ながら、いきなりプロポーズは無かったな……。


 と、ライザは頭を抱えていた。


 酒場を後にし、適当な路地裏に入る。賑やかな大通りから隔絶させれたかのような静けさ。換気ダクトから漂う油っぽい臭いをかき分けながら、奥へ。


 光の世界から、闇に紛れるように。


 考え事をするには、表は喧騒が過ぎた。

 

 さて、どうするべきか。


 ライザは迷い、悩む。


 エルルを″追い掛けるのは簡単だ″。しかし、何もプランが思い浮かばない。


 唯一思い出すのは、姉の恋人でもあった、かつての戦友のアドバイス。女好きで、常に女の尻を追い掛けるような生き方をしていた男はこう言った。


 女性には、愛が不足していると。


 彼女達は、やがて子に無償の愛を注がなければならない。それは神秘的で、尊く、強く、素晴らしいことだ。子に愛を与えるのが女性の役割ならば、彼女達に愛をプレゼントするのがオレ達の仕事なんだぜ——戦友はそう締めくくり、ドヤ顔で笑った。


 今にして思えば、ロクなアドバイスじゃないなとライザは嘆息する。


 具体的ではないし、肝心の方法が皆無だ。


 愛——壮大なテーマ。


 いっそ、好きだと言い続けてみてはどうかとも思うが、正直、現時点で彼女が自分のことを嫌っていたとしたら、逆効果のような気がした。


「まいったな……」


 術(すべ)を持たない自分に対して、本当に気が滅入る。


 かつてない難題に、脳が焼き切れそうだった。


 人との距離の縮め方が、全く分からない。


 そういう生き方をしてきたし、今まではそれで問題無かったのだ。独りで生きることに不便はなく、心の拠り所を他人に求める性格でも無かった。


 想いは、確かだ。


 ならば、それを相手にきちんと伝える方法。


 相手を不快にさせないための手法。


 考え——実行する。


「……取り敢えず、贈り物でも探すか」


 我ながら安直な決断だとは思ったが、それ以外に思い付かなかったのだ。戦友に連絡を取ることも考えたが、ロクな答えは返ってこない気がした。


 ひとまず大通りに出て、商業区にでも向かうかと、ライザは踵(きびす)を返した——その時だった。

 

 ふと、邪悪な気配を感じた。


 遠くの方で、エーテルが乱れる気配。


 暴走とも呼ぶべきその波動は、殺意と悪意が入り混じった、明確な敵意を周囲に撒き散らしていた。 


 平穏な街中、暴風雨のようなその存在が、呑気に散歩をしているわけでもないだろう。


 決して穏やかな空気ではない。


 何が起きているのか。


 どんな被害が。どんな危害が。


 思考を巡らせる前に、ライザは現場へと″跳ぶ″決意を、迅速に固めていた。


 正直に言ってしまえば、ライザには進んで面倒事に関わって行く気概が全くない。


 見ず知らずの人間の為に役に立とうなどとは微塵も思わないし、困っている人を助けようなどという正義感は皆無だ。


 しかし——。


 そこには、『彼女』がいた。


 はっきりと感じる。


 ライザが扱う魔法は、機械という媒体を介せず、エーテルを体外で自在に操る技法である。


 必然、人が宿すエーテルを知覚する術に長けていた。


 その性質は十人十色、千差万別。


 ライザは、エルルが宿すエーテルの気配を完璧に把握していた。

 

 だからこその、追跡は容易いという判断だったのだが、ここにきてより一層その事実が吉と出た。


 彼女に危険が迫っている。


 ただそれだけが、ライザを突き動かす。

  

 猶予が無い。


 今から走っていたのでは、間に合わない。


 となれば手段は一つ。


 ライザは、虚空へと向かい、手をかざした。


 途端、光の残滓を残しながら出現する金色の剣。それが6本。前方に浮遊すると、円を描くようにゆっくりと回転を始める。


 やがて現れたのは、円形の穴。吸い込まれそうな程に深く、その先には、夜の闇とはまた別の空間が広がっていた。


 ライザが形成したのは、ゲート。


 数日に一度しか使えない、大技(まほう)。


 空間を跳び越え、離れた場所へ一瞬の移動を可能とする。


 座標の設定は、エルルのエーテルを頼りに行った。


 彼女を守る——。


 確固たる意志と共に、ライザの現実は跳躍する。

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