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フィアリスちゃんに案内されるまま辿り着いたのは、電気式の扉の前でした。不思議なデザインです。というよりは何もないデザイン。ドアノブが無く、スイッチもありません。どうやって開けるのかと思っていると、フィアリスちゃんが扉の近くにあったパネルに、手の平を押し付けます。電子的なスキャニングが始まり、すぐに『認証しました』という機械音と共に扉が開いたのでした。
「おぉ」
思わず、感嘆の声が漏れます。フィアリスちゃんがいた部屋の扉もそうだったのですが、まさかこんなにも状態が良い遺跡『機構』が残っているなんて。
「…………?」
しかし、何故でしょう。
具体的に、ここがとは言えないのですが、何だか違和感があるような……? ないような……。
うーん……。
フィアリスちゃんが先に行ってしまったので、思考を中断して続きます。
部屋の中は、広い倉庫でした。
真ん中に作業用の広いスペース。右手には業務用の巨大なキャビネットが整然と並び、左手には山積みになった木箱やスチールラックが整列しています。
「食糧とか、衣服とか。信者からの寄付された物がここにある。貴方の——」
そこで、フィアリスちゃんは珍しく、言い淀みました。こちらを向いて、わたしを伺(うかが)うように、上目遣いで見上げてきます。
「……名前」
「え?」
「だから、貴方のこと、名前で呼んでもいいのかって……」
ああ——この子、可愛いなあ。
同時に、なんだか昔の自分を見ているようで、放っておけないんです。
「もちろんですよ。気軽に、エルルと呼んでください。知り合いは、みんなそう呼びます」
「分かった。エルル……の取られた持ち物って、何?」
「ええと、手の平大の水晶みたいな銀色の石と、名刺ぐらいの大きさの端末と、長期旅行者用の身分証ですかね」
「……旅をしているのに、荷物はそれだけなの?」
「まあ、ちょっとした裏技がありまして」
簡単に触れると、レーヴァに備え付けられたとある機能を利用して、旅の荷物は全て彼女の中に収納しているのです。身分証と端末は、街に入る前後で使っていたので、出しっぱなしでした。
「じゃあ、急いで探そう。たぶん、こっち」
フィアリスちゃんが、部屋の右手のキャビネット地帯へと足を進めます。
言われるがままに、手分けして探し始めました。
元の状態に戻す必要が無いので、棚を閉めなくてもいいよう、泥棒のように手当たり次第、下の段から開け放っていきます。
そうこうしている内に、ふと、疑問に思うのでした。
……あれ? わたし、旅をしていることを、フィアリスちゃんに言いましたっけ?
そしてですよ。何故、フィアリスちゃんは出会った時、わたしの名前を知っていたのでしょうか。身分証の中身が、教祖である彼女にも伝わった考えるのが、妥当なんでしょうけど。フィアリスちゃんと仮面の看守さんとのやり取りから、どうも、彼女の方からわたしを呼んだ節がありますし、ちょっと気になってしまったのです。
そうなると、無視出来ない疑問が発生してきます。
わたしは、レーヴァ達を探す手を止めて、近くで棚を漁っていたフィアリスちゃんに言います。
「フィアリスちゃん、質問が」
「何?」
わたしは一呼吸置いて、慎重に言葉を選びます。結果がどうであれ、フィアリスちゃんとの契約を反故(ほご)にするつもりはありません。なればこそ、悪戯に傷付けることは避けたいのです。
「気を悪くしないで下さいね。どうしても確認しておきたいのです。フィアリスちゃんは、自分をここから連れ出してくれる人を求めていた——わたしを、この場所に攫うように指示したのは、フィアリスちゃんなのですか?」
フィアリスちゃんも探し物の手を止めて、こちらを真っ直ぐに見てきました。こういうところは、本当に物怖じない子なんだなあと感嘆します。
「別に、気を使う必要はない。当然の疑問だと思う。そして、その問いには、はっきりと“違う“と答えられる。私が、エルルのことを知ったのは、ただの偶然だから。信者からの話で、“教団への反逆者が捕まった“って聞いて、その人に会ってみたいって思ったの。それに、“エルルと実際に会うまでは“、今回のお願いをするかどうかなんて、決めてなかった」
「そうだったのですね。失礼しました……」
深々と頭を下げます。当然の行いでした。痛くもない腹を探ってしまったのですから。
「大丈夫、気にしてない」
下げた頭に、小さな手が添えられます。そのまま撫でられました。なんだかむず痒いです。しばくしてから、わたしは頭を上げました。
「——とにかく、ここ1年くらい、教団が旅人を誘拐していることは事実みたいだけど、私は何も聞かされていない。たぶん、『ザルディオ』がやってること」
「ザルディオ?」
「このクレプス教団で、実際に実権を握っているのは、大司教の立場にある人間なの。それが、ザルディオ」
「なるほど」
カルト教団の支配者が、旅人を攫っていると。
うーん、キナ臭いどころの話ではないですね。やっていることは、普通に犯罪なわけですし、恐怖でしかありません。しかし、こと当事者といたしましては、もう一歩思考を進めなければならないでしょう。
「何故——そのザルディオという人は、わざわざ誘拐するのでしょう? まさか、攫ってきた人を洗脳して信者を増やす為じゃあ、あるまいし」
もちろん、手段を選ばなければ、出来ないこともないでしょうが、リスクとリターンが釣り合っていないというか。
わたしは無警戒に教団の領域に足を踏み入れて、ちょろちょろ誘拐されましたが(今にして思うと、警戒心がなさ過ぎてあまりに不覚です)、人一人攫うのって結構な労力と相当なリスクが伴うものです。
「さあ。聞いても教えてくれなかったし、やめてと言っても聞く耳を持たなかったし。そもそも、元は私もあいつに誘拐されて来た身だし」
フィアリスちゃんの言葉には、若干の投げやり感がありました。形だけのトップも、色々と大変なのでしょう。
「たぶん、誘拐自体、教団の上層部——ほんの一握りしか知らないみたい。“色々な信者を覗いてみたけど“、誰も詳しいことは分かっていなかった」
覗く……?
井戸端会議でも、盗み聞きしたという意味でしょうか。
「ただ唯一、偶然ザルディオと外部の人間の話を聞いた人がいて——何でもあいつは、“『魔法』を復活させる“研究に、躍起になっているらしい」
「ま、魔法を……?」
それはまあ、なんとも壮大な話ですねえ。無茶というか無謀というか。どうやって?
その方法は分かりませんが、何となく話が繋がってきたような気がしました。
あのムキムキ神父さんのご高説や、フィアリスちゃんの話から得た情報がようやく線になってきた感覚です。
機械文明へと邁進する世界の中、勢力が下火となった、魔法至上主義の宗教団体。かつての栄華を取り戻す為に、お山の大将が大層な目標を掲げ、魔法を復活させる為の研究に勤しんでいると。研究には、実験がつきもので、実験には被験体が必要で、その為に旅人を誘拐していた?
だとしたら、わたしは——首の後ろに手を当てます。ずきりと痛みました——わたしの体は、本当に何もされていないのでしょうか。
不安が、じわりと滲んできました。
「私が知っているのはそんなところ。さあ——荷物を探そう。あまり、もたもたはしていられない」
「了解です」
今は気にしてもしょうがない。そう自分に言い聞かせ、探索再開です。
しばらくして、あっさりも目的のブツは見つかるのでした。
「あった」
どうやら、回収した旅人の持ち物ごとにきちんと整理されていたようで、ケースに入った身分証と、端末、そしてレーヴァが小さな箱にまとめて入れられていました。
レーヴァを手に取ると、頭の中に彼女の少し拗ねた声が走ります。
『捨てられたかと思っとったわ』
「こちらにも事情があったんですよ。とにかく、無事でよかった」
『なんじゃ。また飽きもせず厄介ごとか』
「別に、好きで巻き込まれているわけではないんですがね……」
いや本当に。
わたしは適度にお酒とコーヒーを嗜(たのし)める平穏な旅がご所望です。
「さっきから、何をぶつぶつ言っているの……?」
いつの間にか、フィアリスちゃんが傍(そば)に立っていました。
わたしは、わざとらしく咳払いを一つ。
「こほん。探し物が見つかりましたので、少々舞い上がってしまいまして」
「そう」
よかった、とフィアリスちゃんは頷きます。
「じゃあ、行こうか。出口はすぐそこ」
「分かりました——うん?」
と、その時あるものが目に入りました。クリップ留めされた書類の束です。正確には、書類ではなくビラの束でした。
「これって……」
街中の至る所で見掛け、屋台の店主さんがおっしゃっていた、何度剥がしてもすぐ貼り直されるビラ。予想はしていましたが、やはり教団が撒いていたのですね。
ただ、このビラ——実際に手に取ってみると、何か変……?
調べる時間もなさそうなので、まるごと拝借することにしました。街中に撒いているくらいですので、問題はないでしょう。
わたしは、ビラの束をがっと掴むと、レーヴァにぐいっと押しつけました。すると、ビラは質量保存の法則を無視し、にゅっと、瞬く間にレーヴァへと吸い込まれていきます。
「……とんでもない光景を目にした」
「便利ですよ?」
わたし達が、旅をしているのに軽装でいられるのはこういわけですよ。レーヴァがあれば、大きなリュックを背負わなくて済むのです。
原理は残念ながら分かりませんが、レーヴァが言うには、次元換装システムとして搭載されている機能らしいです。本来であれば、多数の武器を携行し、集団戦において部隊に、重火器や光学兵器を供給する役割を担う機能とのこと。昔の人の戦争はハイテクですねえ。今はテントやらキャンプ道具やら、水や食糧等が詰め込まれた平和利用です。
「お待たせしました。それでは、行きましょうか」
「うん」
今のところは、順調でした
危なげな場面もなく、このまますんなり脱出できそうな勢いです。
だからきっと、わたしは油断していたのでしょう。敵地の真ん中だというのに、性懲りもなく。
鋭い銃声が鳴り響いたのは、その時だったのです。
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