翌朝、朝食を済ませた後、友之が手配していた美容師が松原邸を訪れ、互いに自己紹介しながら和やかにお茶を飲んだ後、沙織達は早速準備に取りかかった。その間友之と義則は、所在なげにリビングで仕上がりを待つ事になった。
「さあ、出来上がりよ! 二人とも見て頂戴!」
そんな上機嫌な真由美の声に促されて、二人がドアの方に顔を向けると、一分の隙もなく振袖を身に着けている沙織を認めて、揃って相好を崩した。
「ほう? やはり実際に着てみると、より一層華やかだな」
「ああ。沙織、似合ってるぞ?」
「ありがとうございます。でも本当に、真由美さんの腕は凄いですね。合わせ鏡で見せて貰いましたけど、こんな帯の結び方、初めて見ました」
「おめでたい席ですもの。これ位華やかでもおかしくはないわ。久し振りに若い人の着付けができて、楽しかったわ」
沙織がゆっくりその場で一回転した為、ヒダをかなり取って花のような形状になっている帯を認めた友之達は、(どういう構造になっているんだ?)と呆気に取られた。そしてこの間、にこやかにやり取りを眺めていた従弟に声をかける。
「玲二。わざわざ日曜の朝から、家に来て貰ってすまなかったな」
しかしそれに彼が笑って返す。
「いえ、友之さんの彼女さんの話は漏れ聞いてましたから、直に顔を見られて良かったです」
そこで沙織が改めて、お礼と賛辞の言葉を述べた。
「本当に助かりました。適当にヘアセットとメイクをしようと思っていましたけど、やっぱりプロだと違いますね」
「髪が短いなら下手に纏めないで、動きを持たせた方が華やかになりますから。でも際限なく広がらないように、要所はきちんと押さえてありますので、安心して下さい」
「ありがとうございます」
「あなた! せっかくだから、沙織さんと一緒に写真を撮って頂戴!」
その呼びかけに義則が、準備しておいたカメラを手に苦笑交じりに応じる。
「ああ、そう興奮するな。ちゃんと準備してあるからな」
「ほら、友之もいらっしゃい!」
「……分かった」
「せっかくですから叔父さんも一緒に。俺が撮りますから」
「そうね。あなたも入って!」
「そうかい? 悪いね、玲二君」
なんだかんだ言いつつ沙織と一家揃って写真を撮った後も、真由美は沙織だけを色々な角度から友之に撮影させては喜んでいた。そんな三人の様子を眺めながら、玲二が叔父に囁きかける。
「真由美叔母さんは、随分彼女の事を気に入ってるみたいですね。これは来年までには、話が纏まりますか? うちの家族の間でも、随分話題になっているんですが」
「それはどうかな? 友之も彼女も、結構面倒なタイプだからね」
「そうですか? お似合いに見えるんですけどね」
苦笑いしながら述べた義則に、玲二は僅かに首を傾げながら話題になっている二人を観察していた。
自分の車だと乗り降りしにくいだろうと考えた友之は、父の車を借りて沙織を会場のホテルに送り届けた後、一度自宅に戻って時間を潰し、終了時間に間に合うように再びホテルへと戻った。
しかし今度はしっかりと訪問着を着こなした真由美が一緒であり、地下駐車場から一階ロビーまで上がって来た友之は、些かうんざりした表情で母親に確認を入れる。
「母さん、本当に行く気なのか?」
「当たり前よ。さり気なく沙織さん達と遭遇して、お母様にご挨拶してくるわ。あなただってそのつもりで来たくせに、今更何を言っているのよ?」
当然の如く言い返されて、友之は項垂れて説得を諦めた。
「……俺はやっぱり、ここで待つ事にする。親子揃って出くわしたりしたら、どう考えても不自然だろう」
「それなら、そうしてらっしゃい。そろそろ披露宴の終了時刻だから、上に行ってるわね」
「ああ」
(全く母さんときたら、言い出したら聞かないしな。穏便に顔を合わせるだけで、済めば良いが……。後から沙織に『何やってるんですか!』と怒られそうだし)
うきうきと上機嫌にエスカレーターで吹き抜けのロビーから二階に上がっていく真由美を見送りながら、友之はロビーに設置してあるソファーの一つに腰を下ろした。
「やっと終わったわね。清々したわ」
「……うん、取り敢えず、穏便に済んで良かった。それに薫ったら、抜け出すのが早いわね。もう下に下りたのかしら?」
披露宴終了後、会場を出てすぐに行方をくらました薫の姿を佳代子と沙織が探していると、二人の姿を認めた和洋が歩み寄って声をかけてきた。
「あ、あの……、今日はわざわざ名古屋から来てくれて、ありがとう。改めてお礼をしたいので、この後一席設け」
「沙織、行くわよ」
「あ、ええと、和洋さん、またね」
しかし完全に無視された和洋に慌てて声をかけながら、沙織は母の後を追った。
(相変わらず、諦めの悪い。お母さんとよりを戻すなんて無理だって言ってるし、周囲だって同意見なのに。本当に懲りないんだから)
披露宴の間も、沙織と薫を間に挟みつつ険悪な空気を隠そうともしなかった佳代子に、尚も果敢にアプローチする根性は褒めてあげるけど、他の事にエネルギーを使えば良いのにと沙織が半ば呆れていると、ここで予想外の声がかけられた。
「あら、沙織さん、奇遇ね!」
「え? ……はい!? 真由美さん!?」
「まあ、ひょっとして結婚式? 華やかなお着物ね。若々しくて素敵だわ」
「は、はあ、どうも……。あの、真由美さんはどうしてここに」
「ちょっとお友達と顔を合わせていてね。帰ろうと思ったら、沙織さんを偶然顔を合わせてびっくりよ」
「そうですか……」
白々し過ぎる台詞に、(このフロアは、各種宴会場しかない筈なんですけど!? どこでどんな用事でお友達と顔を合わせていたって言うんですか?)と沙織が呆れていると、横から訝し気な声がかけられた。
「……沙織?」
そこで慌てて沙織は、母に彼女を説明した。
「え、ええと、真由美さんは勤務先の松原工業の社長夫人で、直属の上司のお母様で、ちょっとした事がきっかけで、個人的にお知り合いになった方で」
「もしかしたら、沙織さんのお母様ですか? 初めまして。松原真由美と申します。沙織さんとは年齢差はありますが、親しく友人付き合いをさせて頂いております」
綺麗なお辞儀をしてみせた真由美に、佳代子は警戒心を解きながら頭を下げて挨拶した。
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。私は沙織の母の、関本佳代子です。職場では、娘がお世話になっております」
「いえいえ、お世話になっているのは私の方ですので。今日は思いがけず、沙織さんのお母様にお会いする事ができて、嬉しいですわ」
そう聞かされた佳代子は、不思議そうな顔つきになった。
「はぁ……、娘が奥様の個人的なお世話ができるとは思えませんが、どのような事をしているのでしょうか?」
「主人や息子が付き合ってくれないような所に、一緒に出向いてくれますのよ? 例えば……、こんな所とかですわ。ご覧になって下さいませ」
「あ、ちょっ……、真由美さん!?」
ここで真由美がすかさずスマホを取り出し、呼び出したデータを佳代子に見せようとした為、それがどんな画像かを悟った沙織は慌てて止めようとしたが、その前に佳代子の目にしっかり入ってしまった。その二人のゴスロリと甘ロリコスプレ画像を見せられた佳代子は、平坦な口調で感想を述べる。
「…………楽しそうで、何よりですわね」
「はい、とっても!」
「少々、失礼します。……沙織、ちょっとこっちに来なさい」
「はい……」
にっこり笑いながら断りを入れた佳代子は、沙織の手を軽く引いて真由美から数歩離れると、背を向けた彼女には聞こえない程度の押し殺した声で、娘を叱責した。
「あなたがどこで何をしようと、もう大人なんだから一々小言を言うつもりは無いけど、二十八にもなって何をやってるの。少しは世間体を考えなさい」
「……すみません」
本気で怒られてしまった沙織は、下手に弁解したら益々状況が悪化すると分かっていた為、神妙に頭を下げてから、再び笑顔で佇んでいる真由美の所に戻った。
その頃友之はロビーに座ったまま、腕時計で時間を確認しつつ、エスカレーターやエレベーターホールの方向に目を向けて、人の流れを確認していた。
(そろそろ降りて来る頃か?)
真由美と沙織を迎えつつ、運が良ければ沙織の母親にも挨拶しておこうと考えていた友之だったが、ここで予想外の邪魔が入った。
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