俺は呪われた。
ガヤガヤ――。
教室の喧騒を聞き流し、机に掛けてあったカバンを取り教室を出た。
高校生活の放課後と言えば騒がしくも楽しい、友と行く青春の一ページになるだろう。
だが、誰も俺に話しかけようとしない。
まるで俺だけがこのクラスに居ないんじゃないか? そんな疑念に駆られそうになるが、そんなことは無い。
俺は確かにここに存在し、この学校を彩る色の一つなのだ。
俺の存在が周囲に見えているかを確認するのは容易い。
「――っ、ねえ今度さ~」
すれ違う奴は皆一度は俺の顔を見る。
息を飲み、そして何事もなかったかのように去って行く。
それもしょうがない。
俺だって彼らの立場に立てば、こんな仮面を着けた男に関わりたくはない。
事の始まりは小学生の時だ。
当運町――。
人口が数年前に千を割ってしまった田舎町。
高校は潰れ、小中学校は一校だけ。それ故に一学年も一クラス分しか無く、同級生はみな友達と呼べるほどに良くも悪くも纏まった連帯感があった。それは大人になってからも変わらないほどに。
小学三年生の時、俺たちは肝試しをすることになった。
親に内緒で夜に家を抜け出し、クラスの男子だけで山にあるオンボロの神社に向かった。
数人が家から持ち出した懐中電灯を点け、山道を歩いていく。
「ちびんなよ?」
「お前がな」
一見ふざけ合っているだけにも見えるが、おそらく恐怖を隠したかったのだろう。
俺を含めた数人の男子は一時間をかけ、山の中層にある神社にたどり着いた。
ギシギシ――。
一歩ごとに鳴り響く音に鼓動は震え、それでも横に前に後ろに歩く友に見栄を張るかのように俺たちは止まらずに歩いていく。
「――なんかあんぜ」
「なんだこれ? この神社にあるにしては綺麗な箱じゃね」
中を探検し、一つの木箱を見つけた。
それは何もかもが古く寂れた神社に在って、唯一の小奇麗な物体だった。
「開けようぜ?」
「マジかよ、いいのかなぁ」
「大丈夫だって! 誰のもんでもねーよ、どうせ」
そう言って一人の友が開けてしまった。
「――なんだこれ? かめっ、仮面か?」
「お、おっかねぇ面だね」
「び、ビビってんじゃねーよ……」
中には仮面が入っていた。
顔の上半分を覆い隠すような形で、シンプルに真っ白な色で飾りなども付いていない。眼の部分が空いており、左目の周りだけ赤色のひし形の模様で覆われている。
「よし、俺が着けちゃうぜ!」
「マジか○○! お前勇者だな」
最早思い出せない名前を呼ばれ、俺は得意げに仮面を手に取った。
ゴクっ。
夜の、こんな寂れた神社だから怖く感じるだけだ! そう自分に言い聞かせ、俺は左手で前髪をかき上げる。右手で持つ仮面がカタカタ震えていた。これは俺の震えだ。
震える手で、俺は仮面を着けた。
ギュ――。
「――っ!? あ、あれ、は、外れない!?」
一瞬で締まった様に顔に仮面が張り付き、取ろうとしたが取れなかった。
引っ張れば、顔の皮膚まで取れそうなくらい張り付いている。
「お、おれしーらね! お前が着けるって言ったんだぞ」
「ぼ、ぼくも帰るよ!」
「待てって、俺も俺も!」
俺の慌てふためきまくった姿に他の奴らは恐怖し、俺を置いて去って行ってしまった。
そ、そんな――。
友だと思っていた奴らが見捨て去って行く姿に、俺はペタンと座り込み涙を流す。
出せるだけの涙が出尽くしたあと、俺はトボトボと家に帰宅した。
親には殴られた。
医者に見せたら皮膚と結合していると言われた。手術すれば取り外せるだろうが、他の場所から皮膚を移植してきても跡が残ると言われた。費用も膨大だ。設備も都会に行かないと無理だと。
それ以来、俺は家族では無くなった。
元々優秀な妹を可愛がっていた両親。贔屓目に見ても妹は優秀で可愛かったし、なんだかんだ言って両親はそれまでは平等に俺たち兄妹を扱って来ただろう。
一晩にして俺のせいで平等にしようと心掛ける親心を崩れさせてしまっただけだ。
呪いの仮面を着けた子――。
そう呼ばれることになった俺は、家族に迷惑を掛けてしまった。
だからしょうがないんだ。
学校でも無視された。
友はもう友では無かった。
教師は授業だけ俺に語る。
他の親は俺を見ない。
中学に上がってもそれは変わらない。
苦痛じゃないかって?
まったくそうは思わない。
自業自得。
それに夢が出来たんだ。
「俺は仮面のミステリアスギャンブラーになる!」
「「「ビクっっっ」」」
廊下を歩いていた俺が突然叫ぶ声に、周りの生徒は顔を見合わせ逃げていく。
暗い話はお終いだ! 明るく行こうぜ、未来ってのはな。
「七百円になります――お、おめでとうございます! A賞ですね」
コンビニでくじを引く。
一番の景品であるA賞のぬいぐるみを手に入れた。
俺はアパートに帰ると、ぬいぐるみをいろんな角度で撮りサイトに貼り付ける。
送料込みで三千五百円か、まあまあだな……。
手数料と買った七百円を引き、千八百円強の利益だな。
俺は早速買い手が見つかったので、箱にぬいぐるみを入れて送る準備をした。
「便利な仮面だぜ、まったくよぉ」
俺の親だった奴らも、友だった奴らも皆が決めつけた。
この仮面は不幸を呼んだ、と。
とんでもない。こいつは俺に幸運をもたらす、神のアイテムさ。
最初に気が付いたのはじゃんけんをした時さ(正確にはしてるやつを見た時)。最初は、の部分で俺はグーを思い浮かべた。当然だろ? その瞬間、目がバチッと血走ったのを覚えている。
じゃんけんは最初はグーの後、どちらもチョキを出していた。
俺はもしや? と思い家に帰った。
妹に頭を下げ、じゃんけんをしてもらった。もうすでに俺を無視し始めて久しい妹も、今までの溜めた小遣いを全部やると言えば普通に乗ってきた。
一回目、俺はグーを思い浮かべた後にチョキを思い浮かべた。すると先ほどの様にバチッとした。
チョキを出し、もちろん勝った。
何度も検証し、勝てる手を思い浮かべると反応することが解った。
次に宝くじのコマーシャルを視た時だ。数字を六桁当てるくじ。俺は一から順に思い浮かべた、そして七でバチッときた。次にまた一から順番に思い浮かべる。
七八一三九一。
一等だ、三億だ。もちろん子供だったので買ってないが。
夏祭り、俺は遠くで当たりのボールを引くくじを眺めた。
当たりのボールが淡く光った。それが本当に当たりのボールだったかは確認しようが無かったが(町ではすでにハブられていたため)、俺にはあれが当たりだと確信があった。
もし引いていたらゲーム機が貰えたのになー。
もうお気づきだろう。こいつは正解を見抜く、そんな力があるのさ。
テストの選択問題はこいつで一発で正解が解る。
こんな力が有ればどうする? もちろん使うよなぁ!
ふっふっふ、こいつが有れば俺はギャンブルに余裕で勝てる。
この仮面も見ようによってはお洒落だ。この仮面を着けた、正体不明のギャンブラーとして俺は一世を風靡する! こいつはバズるで。
「よし、準備完了! またコンビニにゴー」
無駄にテンションを上げ、俺は家を出た。
箱をコンビニに預け、ルンルン気分で店を出る。
みみっちくないかって?
甘いな、今は耐え忍ぶとき。
テレビの有名人を見てみろ、みんな苦労話を持ちネタにしているだろ? それなんだよ。
幼少時代から町ぐるみで総スカン、学校ではイジメ(無視)、貧困の一人生活。これがいい調味料として俺を美味しくしてくれんのよ。
何事も前向きに行こうぜ! 明るい未来へいざ行か――。
「――ん、ゆかん……ここどこ?」
見渡す限りの草原。風は緩やかに吹き、花と草の香りが鼻を刺激する。
おかしいなぁ……寝不足か?
ゴシゴシ――。
目を拭き、もう一度辺りを見渡す。
草! 花! 何か見たことない動物! 遠くに森! 更に遠くに山!
「なるほどね――なるほど……」
整理しようぜ。コンビニを出ました! 瞬きしました! 次の瞬間んんんん草原!
いやー参ったねえ、本当に参りましたよ私。
「――何してだ、おまいさん」
「ふぁっ! 誰だ!?」
混乱極まった俺の後ろから話しかけられた。振り返るとそこには麦わら帽子に白いシャツに、青いオーバーオールのおっさんが居た。
筋肉質なことを除けば、どっかのお菓子のキャラに見えるな。
「えーと、いや、まあ……」
「ここはあぶねだ、ほらあーこの道に馬車あるだべ? あれオイラんさ、あれでオイラの町までとりあえずいくべ」
訛りまくったおっさんの指さす方には確かに馬車っぽいものが停まっていた。わざわざここまで歩いてきてくれたのか。
おっさんのいかにもな姿に、訛った日本語。普通なら日本のどこかと思うだろう。最初は俺もそう思った。
あの馬車を引いてる生き物がでっかい鳥でなければな。
「すー、えーと……おじさん、あれってどんな生き物だっけ?」
「おまいさんとんでもねえ田舎者だがや? オイラより田舎者さ初めて見たけんど」
まあ、ここは寛大な気持ちで堪えよう、元は俺も千人弱しかいない町の住人だったんだ。
「世間知らずでね、申し訳ないね」
「気にスンナさ、あいつはピャーウっつー種で馬車を引っ張ったり人を乗せたりする人間族の友さ」
ピャーウなのに馬車なのか……。馬はどっから出てきたんだ?
「めんこいだろ? 家族同然に育てた可愛い子だがや」
「名前とかあったりするんですか?」
「ぴゃーこ、そう名付けたんだ」
安直ぅっ!
「おおーと自己紹介がまだだったべ、オイラ農家と搬送をやってるバガラっつう名だ」
馬車? まで歩きながらおっさんが自己紹介をしてくる。
今度は俺の番だな。
名前は良いとして、職業か。学生か? しかしそれでは味が無い。
俺の人生を思い起こせ、滑稽で笑えるだろ? ならこうしよう。
「俺はクロキ、道化師さ」
歯をピカ! 右手でサムズアップ!
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