荷台に揺られること三十分、腰ほどの高さの柵で囲まれた町にたどり着いた。
入口には申し訳程度の木でできた門があり、そこには質素な鎧を着けた青年が居た。
「バガラさんお帰りなさい。奥さんが待ってますよ、ほんとに羨ましいな~」
「がっはっは! おまいさんもさっさと嫁さ見つけんかい」
「こんな田舎町で簡単に言うよなぁ――ところでそちら方は?」
「おう、道中のマヤギの縄張りの草原に突っ立っていたんよ、あぶねえさ連れてきたんよ」
「マヤギの縄張りに!? 良く無事でしたねその人……強そうには見えないけどなあ」
俺のターンか。
自己紹介をするために俺は荷台から降りた。
長く揺られていたせいか、少しふらつきながら青年の前に立つ。
身長は百七十後半くらいで俺と同じくらいか。皮の帽子の下から見えるに髪は金髪で短い方だろう。腕などを見るにそこそこ鍛えてあるのが分かる。腰に携えた剣は鉄か鋼か、まあ金属っぽい普通のイメージの剣だ。顔は堀が深く、濃い感じのイケメンだ。
「俺はクロキと言います――ど、道化師です」
名前だけ言おうとしたのだが、おっさんに「あれは言わんの?」とばかりに見つめられたので付け加える。
道化師と名乗ると、青年は物珍しそうにジロジロと頭から足のつま先まで見てくる。だから言うのを止めようとしたんだ。本当にさっきおっさんにふざけて名乗ったの失敗したわ。
「――本当にドゥン・ケシーなのか?」
「……ええまあ、一応?」
この人も相当訛ってるな。ドゥン・ケシーって……さっきまでは普通に話していたのに、なんでいきなり訛ったし?
「試していいか?」
「はい?」
試すってなんだよ。道化師を試すってあれか、面白い事やれってことか? いきなり無茶振りされたんですけど。
どうする俺? テレビスターになるからには、こういった状況も今後有り得るぞ。アドリブ利かずしてスターなんぞ目指せるかって話だぜ。見とけよ、見とけよー。
「このコイ――」
「俺は彼女が欲しんだ、どうすれば出会いがある?」
ポケットに入れてあった百円玉を取り出し、コイントスの裏表を当てるのを連続で成功するのを見せようとしたら遮られた。
彼女ってお前……俺も居ないんだぞ? 童貞にそんな事聞くなや。てか、道化師関係ある?
どうしようか迷っていると、青年は訝しそうに見つめてくる。
くっ……これが試練か。
考えろ。飯を食いに行く――無反応。町を見回りにいく――無反応。魔獣や魔物を討伐に行く――無反応。王都に行く――無反応。ああ、もうめんどくせーな! まったく思いつかん。もう適当に爆走しとけや――バチッ。……? え、走ればいいの?
「走れ、えーと……こっちに、一直線、いや、多少蛇行しながら」
指を差し反応するまで向きを変え、反応した方を指示する。更に言葉を選びながら、反応したものを断言する。
青年は嘘くさそうに顔を歪めながらも、自分から試すと言った手前引けなくなったのか走り出した。
凄いな、足が速い。もうあんなところまで行ってるよ。
少し盛り上がった丘を越え、もう姿は見えなくなってしまった。距離を指定してないからなあ。
「良いんですか、門番らしき人が行っちゃいましたけど?」
「ドゥン・ケシーの言ったんことぉは逆らわん、常識な」
そんな常識有ったっけ?
「これからどうします?」
「まあうちの町は平和だかんな、あいつさ居なくても大丈夫だろう。オイラたちは町長のとこさいくべ」
中に入って思ったね。町と言うより村だろ、ここ。
町を囲う柵はそこそこ頑丈そうに丁寧に造られているが、町の内部は地面むき出しで草も生え散らかしている。凄い広い間隔ごとに家が建てられ、とても人口が有るようには見えない。家を含めた建物も日本の田舎の農村でももっとマシな造りだぞ、と言いたくなるくらい平屋のぼろっちい建物だ。
ただまあ、ぎゃはは、わーわーと子供たちがたくさん駆け回っているところを見るに未来は明るそうだな。
しばらく歩くとこの町では唯一と言っていいくらい大きい建物が見える。
「あれが町長宅だべ、オイラはピャーコと馬車さ置いてくっからここで待っとき」
おっさんは俺を置いて行ってしまう。少し遠くに見える平屋がおっさんの家かな? 後ろ姿で分からないが女性が服を干している。あれが門番の青年が言っていた嫁だろうか。
待ちぼうけを食らった俺は、町長宅の塀に背を付けぼーと空を見上げる。
すると一瞬、流れ星らしきものが見えた。昼間なのに見えるんだなあ。
青年視点――。
バガラのおっさんが怪しげな仮面を着けた男を拾ってきた。
バガラのおっさんは物事を深く考えない人だ。騙されているかもしれない、ここは俺がしっかりしなくては。と、意気込み話してみればそこそこ話の出来るやつではあった。
俺と同じくらいの身長か? 珍しい真っ黒な髪だな、黒でも青みが含まれる奴や灰色っぽいのは目にするがここまで黒く艶やかな髪は初めてお目にする。少し細いが動けそうな体つきだ、恰好は意外にしっかりした相当な値段のする服かもしれん。王都の学園の制服もこういうブレザーだが、ここまで上質な生地は使っていない。学園生の可能性もあるが、あそこの制服は赤でこいつのは濃紺だ。
ドゥン・ケシーと名乗った時は冗談か、頭のイかれた奴と思ったがバガラのおっさんは頷いていた。つまり本当の可能性があるってことか。試すしかないよな。
「――あっち♡・行って・みなよ。蛇行して・ね」
いちいち語尾が奇妙に上がる奴だな。ちょっとキモい。
しかしこいつが本物のドゥン・ケシーなら、従えば彼女となる女に出会えるかもしれない。そう思ったら止まることなど出来ない! 俺は走る! どこまでも!
ダッ――と駆け出した俺は、人生で一番速く走れていたかもしれない。
はあ、はあ……まだか。
走る事数十分、バテて来た俺に凄い衝撃が襲い掛かった。
「グフっ―ーな、なんだ!? 腹が重い、柔らかい? ん、うお、うえうえうえうええええっっ!?」
叫ぶのを許してほしい。倒れ込んだ俺の腹に女の胸が乗っかっていた。何を言っているか分からないと思うが、事実だ。
青いショートヘアーの巨乳の女の子。少しタレ目であどけない顔つきとは裏腹にとんでもない巨乳。そんな胸を俺の腹に押し付け、上目づかいで俺を見つめてくる。
はわはわ……。き、際どい服着てますねお嬢さん。肩や胸元が曝け出された白いワンピースの恰好に、背中からは白い羽が生えていた。
白い羽?
「き、君はもしかして鳥人族かい?」
ふるふる――。
彼女は首を振った。違うのか。
羽の生えた鳥人族かと思ったが違うらしい。まあ奴らなら俺は今ここで殺されていただろう。三代くらい前の奴らの姫が人間族に誘拐され、ヒドイことをされて以来奴らと人間族は犬猿の仲だ。
しかし、そうなると候補は? お洒落で着けてる、もしくは突然変異で生まれた子とか。
「わたしは天使――集めるために降りてきた――試練なの――手伝って」
いちいち言葉を途切れさせる彼女は自称天使らしい。
この子が本物か、ただの痛い子か。そんなこと関係ある? 無いよな。
俺は彼女の肩をガシッと掴み、上体を起こす。
「何を背負っているのか、君の過去も、責任も、重さも、辛さも何もかも解らない。でも、俺は君の味方だ!」
精一杯の格好付け。
「? 何言ってるの――辛くない――困ってない――自分の意志――重くない!」
重くない! のところで太ももを抓られた。いや、物理的な意味では無くてね。
しかし、ここぞとばかりに格好付けてイキり散らしてみたが、かなり見当はずれなことを言ったみたいだな。お恥ずかしい。
彼女の両脇に手を突っ込み、強引に持ち上げる。そうしないと俺も立てないからね、触りたくてやってるのではないよ。メチャクチャ柔らかいんですけど!? プルンプルンおっぱいが揺れとりますがな!
「――下ろして」
「すみません」
地面に立った彼女は俺の胸ところくらいの身長だ。子供っぽいと思ったがそうでもなさそうだ。この胸だしね。
よく見ると彼女のワンピースは腹の部分がくり抜かれている。つまり白いお腹と小さいおへそが丸見えって訳ですよ。へその下にハートマークが描いてあるのはなんでなん?
「何を集めるの?」
「羞恥心――興奮――屈辱――快感――喜び?」
「いや、首傾げられても……どうやってそんなものを集めるの?」
「そういった――現場に行く――見る――ハートが塗りつぶされる」
彼女はへそ下のハートマークを指さす。
なるほどね。
クロキ視点――。
おっさんが戻って来たので一緒に町長の家に入った。
中は意外にも綺麗で、ここだけ普通の日本の民家みたいだ。
「オイラがまずおまえさんを説明してくっからここでまっとき」
「分かりました」
おそらく町長の部屋なのだろう扉の前に立たされ、待たされる。
「飲みますか?」
「ありがとう」
メイド服によく似た恰好の茶髪のおさげの子が飲み物を差し出してくる。うーむ、化粧のしかたに問題があるのかもしれないが地味な顔である。胸も平たく、あまり好かれる容姿では無いだろう。逆に萌える人もいるかもしれないが。芋臭い雰囲気である。
数分後に中に入り、三人で話した。
町長はまだ若く、話の分かる方であった。綺麗な洋服で着飾り、ダンディーなお髭を生やした男だ。何でも貴族の次男らしく、親の領地に含まれるこの町を仕切っているらしい。
バガラ曰く優秀で、人当たりの良い町長で信頼が厚いようだ。また領主たる親も貴族の鑑の様な方と言う。
俺の突然の異世界転移であったが、本当に良い引きをしまくるな。運が完全に俺に向いている。
「当分はこのバガラ君に世話になるといい、君を悪く扱う訳にはいかないからね」
「ありがとうございます、なにかで恩返しが出来るといいのですが」
「いやいやとんでもない! ドゥン・ケシーという存在がもう我々にとっての報酬みたいなものですよ」
「んだんだ」
何頷いてるんだ。
どいつもこいつも道化師のところだけ訛っていやがるが、そんなに言いにくいかね?
「おっと、そう言えば言っておかねば。バガラ君の妻には手を出してはいけないよ? いくら美人だからといってね」
嘘臭っ。こんなムキムキのカー〇じいさんが美人な嫁を貰えるわけない。
「じゃあ早速いくべさ、ナトリに紹介するだ」
ナトリっていうのか。
俺たちは町長に挨拶を済ませ、おっさんの家に向かった。
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