「こっちだ――そういやおまえさんは苦手な食いもんとかあるか?」
町長宅を出た俺たちはおっさんの家へと向かう。
歩くにして数分程度の場所だがその間ずっと嫁さんに対する惚気を聞かされた。やれ可愛いだ、やれ美人さんだ、そんな話ばかりされる。実に不愉快だ。どうしてこんなおっさんに嫁がいて俺には彼女の一人も居ないんだ。
おっさんの家は木造の平屋だ。なんか時代劇とかで視た江戸時代の建物に似ているな。外には服などを干す竿があり、さっき見た通り女性用と男性用の服がそれぞれ干されていた。
し、下着まである……、こ、これはデカいぞ。いや、まて早まるな。普通に太っているからの可能性も捨てきれない、がよく考えたら遠くから後ろ姿を見た限りその線は無いか。
「じゃあオイラから入るだ、付いてきてくれ」
ガラガラと立て付けの悪そうな扉を横にスライドさせ、おっさんは今帰ったぞーと大声で言いながら入っていく。中からはお帰りなさいと綺麗な声が聞こえてきた。
これは本当に美人の可能性あるぞ。まじ発狂ものだろこれ、え? 俺こんなおっさんに負けてんの。
まあおっさんの惚れ方一つ見ても尋常の無さは否定できんからな。なんせ、苦手な食いもんある? と聞いた次には惚気ていたからな。俺の返事などどうでも良かったのだろう。
「お邪魔します――はっ!?」
入ってすぐに来た衝撃に思わず数秒意識が飛んだ。
な、なんだこの美人は? 長くゆるふわの茶髪に若干タレ目で左目の下に泣き黒子がある。白いシャツに明るい色の長いスカート、そこにエプロンを着けている。なにより、胸がデカい。エプロンに山が出来ている。丁度胸の下のところで紐みたいなもので胴体を結んでいるため、胸が強調されていた。
俺が固まっていると、よめ――奥さんは俺の頬に手をやり、心配そうに顔を近づけてくる。
き、綺麗でシミの無い肌だこと。
「どうかしましたか? お気分でも優れないのかしら?」
「い、いえ……なんで、なんでもないでしゅ」
ヤバい噛み噛みだ。
かつてここまで緊張したことがあったであろうか? いや無い。人生においていろいろとあった俺ではあったが、今この瞬間の衝撃に比べたらゴミみたいなものだ。
「そうですか! 良かったです。さっきピャーコを置きに来た時に主人から聞きました。なんでもドゥン・ケシーだとか、本当にすごいです! 私初めて見ました」
くっそ後悔の波が止まんねえ。なんであの時ドヤ顔で道化師とか言っちまったかな俺。文字通り道化だよホント。
「じゃあこれから夕飯の支度をしますけどリクエストはありますかドゥン・ケシーさま!」
うほー、揺れおったで。振り返るときにポヨンと揺れおったで。ごちそうさまです。
「いえ特には無いです。あとできれば名前であるクロキと呼んでください」
「分かりました! では精一杯美味しくなるように頑張りますね」
ぐはっ。なんつー破壊力の笑顔。と言うかこの女性は何歳だ? てか名前聞いてないぞ。
「めんこいべ? 自慢の嫁だ」
「ええ、羨ましい限りですよ。ところで奥さんのお名前は?」
「ん、自己紹介しなかったんか。参ったなどんだけ舞い上がっとるんだあいつは――ナトリっつーんだ、仲良くしてやってくれ」
ナトリね。そう言えばさっき聞いたわ。舞い上がってんのは俺の方だな。料理をする彼女の後姿を観察する。うむ、実にいいお尻だ。腰が細いのに急にバンと膨れ上がる。安産型だな。
「ナガラも紹介で来たら良かったんけどもな、あいつ今王都の学園に通っとるんよ」
「ナガラ? ご兄弟か誰かで?」
「娘だ」
むすめ? ムスメ、娘!? え、あの人経産婦なの!? ウソ言うなよ、どう見ても二十代前半くらいだぞ。赤ん坊とか幼児なら解るよ? でも学園に通うレベルでしょ、二桁はいってるよな。
俺が怪訝そうに眺めていると、おっさんは頭を掻いた。
「気持ちは分かるだ、オイラいつもロリコンさ勘違いされとる」
俺も何歳の時に孕ませたんだよ、と思ったわ。
「あれ同い年だべ、オイラの」
「!? ば、バガラさんが何歳でしたっけ?」
「オイラ今年で三十八だ」
あの人三十八歳!? み、見えねー。可能性としてこの世界の女性はあまり老けないのかもしれんな。もしくは――。
「エルフだったりしてね」
「な、なぜ解っただ!? 町の誰にも言ってねーのに!」
マジか、また口に出てたよ。お決まりの別の種族かな? と思って真っ先にエルフが出てきたんだ。若く美人、まさにエルフっぽくない? 偏見かな。
しかしエルフって割には耳は普通だな。尖ってる長い耳ってのは地球でのイメージか? いや、あれの可能性もあるか。
「ハーフですか」
「そうだ――さすがはドゥン・ケシー、隠し事はできねえだな。できれば内緒で頼む」
俺は了承の意を込め、深く頷いた。これから世話に成るし、ここまで送ってもらった恩もあるしな。この様子を見るにエルフもしくはハーフは差別対象なのかもしれない。異世界の常識は俺たちの世界とは違うだろうしな。
フリフリ動く安産型のお尻を眺めながら、俺は今後世界の事を勉強しようと決意した。
町長視点――。
とんでもない者を連れてきたものだよバガラは。
綺麗に生え揃えた髭を撫でながらどうしたものか思案する。
「コーヒーです――例の男についてですか?」
我が家のメイドのアンがコーヒーの入ったカップを私の前に置きながら訊ねてくる。素朴な顔には、色々な表情が見え隠れする。彼女は恐れているのだろう、クロキと名乗った男を。
「町長さま、あの者は普通ではありません」
この顔は確信と恐怖の顔だ。
「ドゥン・ケシーであると確信したのかい? まだ疑いの余地は残されているだろう」
「間違いありません、あの男は私の正体に感づいた様子でした」
淹れてもらったコーヒーを啜りながら考える。あの男、クロキはドゥン・ケシーなのかどうか。そうであればどうするべきなのか。考えようにも選択肢が少な過ぎる。取れる手など限られる。
アンの正体に気が付きながらも黙っていた。そう考えると奴らは何にも属さないと言う噂は本当なのかもしれない。ドゥン・ケシーにとって種族も組織も関係ないのだ。自分が楽しく生きられればそれでいい、そういった奴らと書物などには記載されている。
願わくばこの町に貢献してくれるとありがたいのだが、逆に火種になる危険性も併せ持つ。
「私が遠回しに言ったことをバガラは理解したと思うかい?」
「何だかんだ言って聡い方です。私はあの後こっそり家まで尾行しましたが、ナトリさんを印象付けようと必死に見えました。今夜あたりに、もしくは明日にでもヤらせると思いますが」
「……申し訳ないことをしたとは思っているが、町一番の美人であるナトリに懐柔してもらうしかないからな」
アンにヤらせる手もあったが、正体に気付かれたならもう無理だろう。
奴らがすべてを視えるとは思わない。が、大抵の事を視えてしまうのは事実だろう。
禁じ手だが、あれを呼び寄せるか。
「アン、彼女を王都から呼んでもらえないだろうか」
アンは目を開き驚愕する。仕方ないことだろう、彼女は本来動かしてはいけない我が国の切り札だ。
レイーク――王国最強の騎士。魔王に唯一対抗できる個。
アンのいたところを見る。もうすでにそこには誰も居ない。
アン――先代魔王。もしかしたらクロキは知っていたからこの町に来たのかもしれないな。
「バガラが聞いたと言う、あの発言が本当なら……味方と思って良いのかもな」
クロキ視点――。
ふう、きもちいいな。
生まれて初めて入るかまど風呂であったが、いい湯加減だ。外でバガラが湯加減を調節してくれているからだ。
それにしてもバガラは本気なのか?
「ええ、クロキおまいさん童貞ってまじかいな!? 天下のドゥン・ケシーがそんなんじゃダメだ! ナトリで良ければ使いなさいな」
これはチャンスであると同時に、奇妙な感覚だな。普通自分の嫁を差し出すか? あんなに惚れてんのに。何か裏がありそうだな。それはそれとして美味しくいただこうと思うが。
とりあえずここは綺麗に洗っとこう。
「――よろしくお願いしますね、クロキさん!」
夜も更け、バガラはどっかに行ってしまった。普段夫婦で一緒に寝ている布団で待たされること数分、裸にエプロンだけ着けたナトリさんがゆっくり歩いて近づいてくる。顔は赤く染まり、しかし嫌そうな感情は見て取れない。
「恥ずかしいから着けてきちゃいました、ごめんなさい。私が初めてだとは申し訳なさでいっぱいだけど、思い出に残る様に精一杯頑張るから、クロキさんも楽しんでね!」
月明かり、照らされた彼女はとても美しい。
「おはようさん、どうだった? 凄いだろ」
「バガラさん……俺、この日を一生忘れねーよ」
朝、布団はカピカピになっていたがバガラさんは気にしなかった。一緒に寝ていたナトリさんは裸エプロンのまま朝食の準備をしていた。ケツ、えろ。
まさか異世界転移一日目の夜に目標の一つを達成してしまうとは。
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