傷ついた心を癒すのは大きな愛

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公開日時: 2021年5月14日(金) 09:02
文字数:1,934

次の日には俊樹も訪れ、いつもは二人きりの家も一気に賑やかになる。

急ぎの仕事が入った千尋に男三人の夕飯を作るの余裕は無かったので、武史が買ってきた寿司で再開を祝う。

夕飯後、まだ仕事が残っている千尋に気を遣い、智史の発案で男三人は連れ立って呑みに繰り出すことにした。


智史の友人がBARをしている店に行き、各々飲み物を頼む。

「武史、お前どうするんだよ。千尋のこと」

運ばれてきた酒で喉を潤した智史は、本題を切り出す。

「どうするも何も、俺は千尋と一緒になりたいと思っとる」

冷静な武史とは反対に、何も知らない俊樹は驚いた顔だ。

「え?タケ、姉貴とそんな関係なん?」

武史は俊樹に向かって首を振る。

「まだ千尋は心許してくれてないわ。ただ、傷を癒すために俺を使っとるだけや」

「え?どういう意味だよ?」

俊樹の前で言うのは少し躊躇った。だが、彼の目が全部言うように促す。

俊樹には、キツいことかも知らんと前置きした武史は一息に言う。

「体の関係だけや。そして、千尋が俺に抱かれとんは愛情不足による自傷行為や。俺が好きやからってわけやない」

俺は好きやけどな、と言う武史の声は届いているのか。


固まる俊樹の横で口を開いたのは智史だった。

「そこまでわかっているなら、何で関係持ったんだよ。お前が手を離すと千尋、どうなるかわからないぞ」

「手離すつもりないからや。千尋のこと全部受け止めるし、受け入れるわ。俺から千尋の前を去ることはない」

「親戚なんだぞ。だから千尋はお前のことを拒めないんだよ」

智史は鋭く武史に忠告する。

「わかっとる」

武史が何度も自問自答したことだ。そして一つの結論を出していた。

「親戚やから、千尋が跳ね除けようが、縁は切れん。今はあいつはそれがしんどいんやろうが、最終的に何も持っていない千尋を受け入れることも出来るんは親戚という大義名分があるからや。

柳田さんのことでこの町に来た時のように」

智史も千尋がこの町に来た経緯を知っているだけに、それ以上は言えなかった。



「千尋が抱えているのは重いぞ」

「やろうなぁ。やけど、千尋も自分のことよう分かって自制しとった。自分が男に何を求めているか分かっていて敢えて与えてくれん男を選んどったやろ。

今俺を受け入れているんは、どこかで俺を信じたい気持ちがあるからやと思っとる」

智史を見る武史は、全てを覚悟している目をしていた。

「俺は、武史より柳田先生の方がいいと思ってる。あの人は千尋の救いにはならんけど、ブレないからな。

だけどお前がそこまで決めているんなら、後は千尋が決めることだ」

そう言いながら智史は目の前の酒を一気に飲み干し、お代わりを頼む。

敢えてしんどい道に進もうとしている弟に呆れもあり、純粋に凄いなと感動もする。

(俺はそこまで出来ないからな)

付き合いだけなら武史より長いが、千尋のことは救えなかった。

救うためには、彼女が今まで不足している愛情を満たす必要がある。

そこまでの情も持てなかったし、千尋も自分のことは分かっていたのだろう。

大学の時にどれだけ周りから告白されてもぶれなかった。


武史が報われるとも限らない。どれだけ愛を囁いても、結局千尋の父母になれることは出来ないからだ。

『千尋が好きだから』それだけで全てを受け止める覚悟を持った武史に、智史は頑張れの言葉以外は何も言えなかった。



「避妊してるん?」

放心状態から返ってきた俊樹がいきなり爆弾発言をする。

驚いた武史だが、誤魔化すことはせずに俊樹に答えた。

「したりせんかったりや」

「そうか」

それきり、俊樹は再び考え込んだ。

武史から求める時は着けず、千尋からの求めの時は着ける。

何となく二人で決まった流れだ。

本当は常に着けたくはないが、千尋の希望で、乱暴に抱く時だけゴムを装着していた。

(ゴム着けた方が痛いから)

そういう千尋の申し出に、武史は悲しく思うが黙って受け入れた。

「タケは子どもは欲しいんか?」

「どっちでもええ、そんなんは。ただ、避妊しとらんから出来ることも織り込み済みや。出来たら出来たで嬉しいしな」

「そうか」

それきり俊樹は黙り込んでしまう。


そんな俊樹の様子に武史は思わず笑ってしまう。

「なんだよ」

「いや、やっぱ姉弟なんやと思ってな。悩んでいる時の千尋とそっくりや」

俊樹は憮然とした表情で武史を睨みつける。

俊樹の視線を気にも止めずに武史は言わんでええわ、と呟く。

「聞きたくなったら千尋から聞くわ。俊樹は気にせんでええ。そんなことより」

「そんなことより?」

「俺を兄ちゃんと呼ぶ練習でもしより」

ブホッと智史が吹き出した。

「お前、すごい自信家やなぁ」

思わず方言が出た智史の言葉に被せるように死んでも呼ぶかよ!という俊樹が叫ぶ。

そんな俊樹の様子を見て、武史は智史と共に益々笑いが止まらなかった。

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