「俊樹には関係ないでしょ!!」
千尋の大きな声に驚いて武史は千尋の部屋に向かう。
お盆の行事も終わり、敏子と智史は帰路についていた。
「タケに甘えんなや!あいつは本気だぞ!なのにあいつの気持ち弄んで、やってることは柳田と一緒じゃん。
大事なことは何も……。あいつ子ども出来たら嬉しいって言ってるんだぞ!自分の体のことも伝えれん癖にあいつの気持ちにどう応えるんだよ!」
俊樹はしまった、と思ったが一旦放った言葉はもう消えない。
千尋はあからさまに傷ついた顔をした。
と、その時千尋の瞳が揺れる。
「悪い、聞くつもりなかったんやけど。……流石に聞こえたわ」
武史を見た千尋は、涙を堪えるように数回深呼吸をする。
「しばらく一人にさせて。……俊樹、心配してくれているのに関係ないって言ってごめんね」
そういって顔を上げた千尋は表情がなかった。
追い出されるように武史と俊樹は千尋の部屋を出る。
俊樹を自分の部屋に連れてきた武史は台所から持ってきた缶コーヒーを渡す。
武史はそれっきり何も言わなかった。
トラを膝の上に載せ、読書を始めた武史に俊樹は聞く。
「何も聞かないのか?」
「話したいなら聞くわ」
本を置き俊樹と向かい合った。
「八つ当たりした」
「そうか」
「昨日タケが言っていただろう?姉貴がタケに抱かれるのは自傷行為だって。
俺も同じだったんだ」
別に驚きはなかった。黙って先を促す。
「俺の場合は心を埋めるためにヤリまくって。でも結局そういうことしても欲しいものは手に入らないからさ。
昔の自分を見ているようで、イライラして八つ当たりした」
「そうか。八つ当たりと分かっとんなら帰る前に謝っときや。
……昔っちゅうことは、今は大切な人見つけれたんか?」
少し照れくさそうに頷いた俊樹は結婚しようと思う、と伝える。
「先に子ども出来たんだけどな。でも出来たと分かった時は嬉しかったよ。俺にも家族が出来るんだって思って。
だから姉貴に強く言ってしまった」
後悔するように目を伏せる俊樹に武史は慰めるように肩を叩く。
「悪いと思っとんなら早めに謝りや。二人しかおらん姉弟なんやけん、喧嘩しよる時間が勿体なかろう」
「怒ってるだろうなぁ」
「怒っとるいうより図星やから何も言えんのやろう。千尋もわかっとるよ、トシが心配しよるから言うてきたって」
ハッとした顔をした後、俊樹は笑う。千尋には武史がいる限り大丈夫だと。
千尋がどういう結論を出すかわからないが、武史はしっかり向き合ってくれる。
「タケ、ありがとう。……姉貴のこと、頼むな」
そう言って、俊樹は千尋の元へ向かった。
「ホントに似た者姉弟やなぁ。相手のことばかり心配しよって。爆発する前にもっと小出しで言えばええのにな」
トラをグリグリと撫で回す。トラは武史の膝の上で鬱陶しいそうに、それでもなすがままにされていた。
二人で長い間話していたようだ。
そろそろ俊樹の帰る時間になるので、送って行こうと武史が階下に降りた時もまだ千尋の部屋で話し込んでいた。
時折扉越しに漏れる笑い声に微笑むと、そっと千尋の部屋をノックし声を掛ける。
「トシ、そろそろ出よか」
数秒間があった後に出てきた二人の顔は、先程の険しい顔とは一転して笑顔だった。
まだ話は尽きないようで、見送りに着いてきた千尋と駅までの間もずっと話し込んでいた。
「9月には東京行くから、キチンと紹介してね。あちらのご両親にもご挨拶したいし」
「OK、また連絡する。姉貴も無理せずに」
そう言って武史を見る。
「タケも元気で。今度は彼女と二人で来るよ」
「おぅ、待っとるわ。彼女やなくて、奥さんかもしれんがな」
武史に照れくさそうな表情を見せた俊樹は、目だけで千尋を頼む、と視線を送る。
武史が大きく頷くのを確認した俊樹は、二人に手を振りながら改札の向こうへ去っていった。
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