傷ついた心を癒すのは大きな愛

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公開日時: 2021年4月28日(水) 07:19
文字数:1,649

好き、会いたい、選んでほしかった

その言葉を嗚咽混じりの声で吐き出す。

その度に武史は千尋の言葉を否定せず受け止める。

(タケちゃん、おじいちゃんみたい)

年下なのに、何か悟っているような落ち着き。

とても心地よかった。


散々泣き続け、武史の胸を涙でぐっしょり濡らすと、少し落ち着いた。

子どものように泣いたのが恥ずかしくて顔をあげれないまま、ゆっくり武史の腕から離れる。

「…ありがとう」

無言で頭を撫でた武史は、自分の着ていたジャンパーを千尋の頭にかけ、立ち上がる。

「飲みもん買ってくるわ」

そう言って武史が離れると、また涙が溢れる。

(見えないようにしてくれているんだ)

武史の気遣いが嬉しかった。


「どんな男やったんや?」

飲み物と、車から取ってきたタオルを渡しながら千尋に尋ねる。

ジャンパーを武史に返しながら、きょとんとしている千尋に重ねて聞く。

「千尋が好きになった柳田さんは、どんな男やったんや?」

水を一口飲むと、千尋は柳田のことを表す言葉を探す。


「男性としてはダメな人だよ。自分勝手で一緒にいる時でもいつも皮肉そうな顔しているの。人生に飽きたように」

話していると、一度引っ込んだ涙がまた溢れる。

武史は何も言わずに優しく頭を撫でる。

「ダメな人なのに、あの人が手掛ける作品は美しくて、でも、どこか危うくて壊れそうで。この人の心の中ってどうなっているんだろう、と思った時には惹かれていた」

千尋は噛みしめるように一言一言発する。

「どこが好きやったんや?」


今度の沈黙は長かった。じっと考えていたが諦めたようにため息をついた。

「…だめだ、思い浮かばない。イヤなところはいっぱいあったのに」

「そうか」

「呆れてる?」

「いや。それでも好きと言えるくらい惚れとったんやな、と思っただけや」


胸が詰まって、言葉はすぐに出てこなかった。

武史は黙ってタバコを手に取ると、少しだけ千尋を気遣う素振りを見せる。

大丈夫、と唇だけで伝える千尋に微笑むと

武史はタバコを吸い始める。

仄かに香るタバコの匂いを嗅いでいると、どうしても柳田のことを思い出す。


「…すごく好きだったの、柳田さんのこと」

「そうやろうなぁ、今でも惚れて大泣きするくらいやもんな」

半分茶化してくれる武史の言葉に思わず苦笑が漏れる。

「そうなの。今でも好きで忘れられない」

「会いたいんか?」

「…うん、会いたい。でも会わない。あの人は結婚しているから。本当に大切だったら、私を選んでくれるなら不倫しないでしょ」

それだけは譲らないというように固い決意を口にする。

「私、一番がいいの。その人の一番大切な存在になりたい。...だから柳田さんじゃないの。それに不倫なんかしたくないしね」

武志は安心したように笑う。

「それならええわ。奥さんおること知ってもまだ付き合いたいと言うんなら、全力で止めたわ」

「しないよ、そんなこと。でも、タケちゃんを利用しているの。今目の前に柳田さん現れたら拒めない。それがわかっていたから、遠くに来たし、一人暮らしをしなかった」

「ええって、そんなこと。利用できるもんは利用しいや」

貸しにしといたるわ、そう言う武志の言葉に甘える。

「でも、まだ好きで、忘れられない。タケちゃんが吸うタバコの匂いで思い出して切なくなるくらいに」

武志は黙ってタバコを消す。

「気にしなくていいのに」

「もう吸い終わってたんや」

ぶっきらぼうにいう武志に千尋は声をたてて笑った。

笑いながらも、零れる涙。武志は何も言わず、千尋が落ち着くまでずっと側にいた。



泣きつかれたのか家に帰った武志が少し目を離した隙に、千尋は居間で眠っていた。

「風邪ひくぞ」

「ん...」

軽く揺すって起こそうとするが、すべて吐き出して安心したのか、千尋が目覚めることはなかった。

諦めたように頭をかくと、来客用の布団を敷く。

抱き上げ、そっと布団に寝かせても起きないくらい深い眠りだった。

どこからともなくトラが現れて、千尋の横に入り込む。

トラを抱き枕のように抱きしめる千尋を、武志は優しく見つめる。


「ええ顔で寝よるわ。...ゆっくり休みや」



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