千尋はじっと武史を見つめていた。
武史も千尋を見つめていた。
「怖い……っ」
切り出したのは千尋だった。
「もう一つの望みはタケちゃんと一緒にいたい、ってことだったの。
でも、タケちゃんのこと好きなのに、恋人になるのが怖いの。いつか一人になるんじゃないかって。それなら一人でいた方がいいんじゃないかって。
もう、両親のように心許した人が私を置いていなくなるのは嫌なの。それなら……最初から……」
ボロボロと涙を零す千尋を武史は抱き寄せた。千尋は涙を見せないように、武史の胸に顔を埋める。
「千尋は先のこと見すぎや。それなら動けんやろ。今俺はここにおって千尋を抱きしめとる。それじゃダメか?」
「……わかんない」
「なら、分かるまで一緒におろうや。一日の積み重ねが一週間やし、一ヶ月やし、一年や。俺はそれが長くなればなるほど嬉しいわ」
千尋はやっと武史の顔を見る。
「そんなので……いいの?」
「ええよ」
「離れてしまうかも」
「千尋の気持ちが変わったらしゃーないけど、俺は千尋から離れん自信あるわ。少なくとも20年は」
ふふっ、と千尋は笑った。武史はホッとして千尋に何故笑ってるか尋ねる。
「タケちゃんの『しゃーない』って言葉聞くと、悩んでいることが大したことないように聞こえるから不思議だなぁって思って」
そんなことなら、と武史は笑う。
「なら毎日でも言うたるわ。そしたらそんなに悩まんで済むやろ」
千尋は泣き笑いの表情で頷いたあと、ふと疑問に思ったことを聞く。
「何で20年なの?」
「それは、俺が千尋に初めて恋に落ちてから今日までの時間や。
今日誕生日やけん、正確には21年やな」
自信満々に答える武史に千尋は真っ赤になる。
「自分から好きになったんは、昔も今も千尋だけや。そう思うと意外と一途やな、俺」
「……今まで散々女の子泣かしてきたタケちゃんが言うと嘘っぽく聞こえる」
半分照れ隠しで半分本音だ。そこにヤキモチも多少ブレンドされているため、千尋が思っているより発した声はトゲトゲしていた。
武史の昔の彼女の話はさくらから何度か聞いている。
来るもの拒まない武史は、それなりに女性との関係も持っていた。
「安心しいや。もうやらんから。本当に惚れている人しかいらんわ」
「当たり前でしょ」
ぷいっと横を向いた千尋の顔は完璧に拗ねている時の表情だ。
武史だけに見せる、特別な表情。
愛おしくて堪らず抱きしめる。
そして、耳元で囁く。
「もう一回言うてや。俺のこと好きやって」
恥ずかしそうにしていた千尋だが、武史の熱っぽい声につられるように口を開く。
「タケちゃんのこと、……好きです」
武史の体が喜びに震えた。と、思った瞬間キスをされていた。
口付けをしながらも痛いほど抱きしめる武史に答えるように、千尋もそっと背中に手を回した。
名残惜しそうにゆっくりと離れた武史と目があった。
お互いが求めていることは声に出さなくても分かった。
連れ立って武史の部屋に行った二人は、お互いの体温を確かめるように何度も愛を確かめあった……。
※
ー20年後
千尋が訳した本が国内で大ヒットした。いや、国内のみならず、世界中で空前のブームになった。
子ども向けファンタジー小説だったが、大人にも読まれ、ハリウッドで映画化もされることが決定していた。
今日は日本語版を訳した千尋と、その本を装丁した柳田と雑誌の対談があり、久しぶりに上京をし、指定されたホテルに向かった。
「何年ぶりかな。元気だったか?」
「お久しぶりです。お陰様で。……柳田さんもお変わりありませんか?」
頷いて返事をした柳田は、千尋に謝辞を伝える。
「村上、最近結婚したのだろう?おめでとう……で、合ってるか?」
千尋は戸惑う柳田の様子に笑った。
「ええ、あっていますよ。20年も一緒に暮らしているので苗字以外何も変わらないですが」
その時、インタビュアーが呼びに来て二人は案内されるまま、部屋に向かった。
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