次の日、武史の母親の敏子と一緒に来た千尋と俊樹は、懐かしそうにキョロキョロと家中を見回していたが、武史を見つけると一瞬で笑顔になる。
「タケ!でかくなったな」
「タケちゃん!久しぶり!」
「ちー姉もトシも元気そうやな!」
幼い頃の呼び名で呼ばれ、思わず顔を見合わせ笑い声をあげる。
小さい頃の面影は3人ともあまりないが、喋るとかつての思い出が蘇る。
話しだしたら止まらない3人に、敏子は呆れ顔で3人に話しかける。
「話はあとにしてや。はよせんと、今日中に終わらんけん」
バタバタと引っ越しを終え、片付けが一段落すると、敏子は武史に駅まで送らせた。
俊樹は今日は泊まって行くとのことで、家で千尋と共に留守番をしている。
駅までの間、やっと聞きたかったことを尋ねた。
「ちー姉と連絡取りよったん?」
確か千尋と俊樹は関東に住んでいたはずだ。元々、祖母と千尋達の祖母が姉妹だったため、二人が存命だった頃はマメに連絡を取っていたのは知っていたが、敏子とそこまで繋がりがあるとは思っていなかった。
「智史がね。おんなじ大学やったんよ」
関東の国立に進学した智史と同じ大学ということは、千尋も相当賢いはずだ。
「智史も就職は東京やったし、よく会いよったらしいわ。…智史からちーちゃんが怪我して入院してって聞いたけんお見舞いにいったんよ。仕事は在宅でも出来るから一回東京以外で暮らしたいって言いよったけんお試しであの家に住んだら、って提案したんよ」
「ふーん。…もう退院して大丈夫なんか」
「…体は治ったらしいわ」
敏子には珍しく、歯切れが悪い。昨日の夜、兄の智史から少しだけ事情を聞いていた武史は敏子に兄と同じことを伝える。
「変わったことあったら言うわ」
「頼むね」
駅で車から降りた敏子はそういえば大事なことを忘れてた、と引き返してくる。
「なんや?」
「あんた、彼女おるん?」
「…おらん」
「好きな子は?」
「うるさいな、はよ帰れや」
その反応に今は誰とも付き合っていないと察した敏子はため息をつきつつ答えた。
「私も老い先短いんやから、はよ結婚して安心させてや」
「先に兄貴に言えよ。それにまだそんな老いぼれる歳やないやろ」
会う度に敏子との間に繰り返される恒例の会話。武史は呆れつつ、敏子に帰るように促す。
まだ何か言いたそうな敏子との会話を無理矢理終了させ、武史は車を発進させた。
この後の敏子のセリフも容易に想像できる。
『○○さんところの娘さん、どう?』
『お見合い話あるけど、会わん?』
どうして田舎の人間は直ぐに結婚だのなんだの言うのか。
まだ、身を固めようと思っていない武史にとって母親とのこの会話は、少々億劫だった。
家に帰ると人が居て、夕飯が出てくるのは何年ぶりだろうか。いつもは愛想がないトラも、久しぶりの賑やかな団欒が心地良いのか武史達の周りを離れなかった。
古い家のため、リビングなど洒落たものはなく、昔ながらの畳敷きの座敷に机を置いて食事を取る。
武史一人だったら刺身か精々焼くだけの魚達も、千尋の手にかかると和洋折衷の立派な料理に変わっていた。
「旨いな」
和風な味付けは、祖母がよく作っていた料理を思い出させる。武史も真似をして作ったが味付けがうまくいかなった。敏子もここまで再現はできないだろう。もう思い出の中にしかなかった料理が目の前にある。洋風な料理も名前は覚えられなかったが、思い出の料理と負けず劣らずの絶品だ。
美味しい料理の前に自然と箸が伸びる。冷蔵庫にある物は使っていいと伝えたが、ここまでのクオリティの物が出てくるとは正直思っていなかった。
こういう時に褒める言葉が直ぐに出てこない武史だったが、千尋は気に留める様子もなく、自分の食べる合間に自然に空いているお皿を下げたり、武史にご飯のお代わりをよそったりする。
その姿はどこか亡くなった祖母に似ていて、不思議な気持ちになる。
飾らない言葉と、何より次々と食べ進める武史の様子に安心したように笑顔になる千尋の横で俊樹は茶々を入れる。
「最初だから張り切っているだけだよ。どんどん雑になるか…いてっ!」
机の下の見えないところで千尋が何かしたようだ。
「いらんこと言うからや」
姉弟ならではのやり取りに苦笑しながら、武史は久しぶりの賑やかな夕食を楽しんだ。
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