抱き合っても千尋の心は離れていく。分かっていたが、武史は何度か千尋を求めてしまった。
千尋も拒むことはしなかった。
千尋も、心の傷を埋めるように武史を誘う。そんなことをしても埋まらないのに、濡れていない状態で強引に挿入してもらうと、つかの間だけ心の痛みを忘れられる。
最初はそんな抱き方はイヤだと抵抗した武史も、最終的には反対に武史から求める時は大事に抱くことを条件に、しぶしぶながら千尋が望むならと受け入れた。
正面から抱くと辛そうな武史の顔が見えるため、後ろからねじ込んで貰う。
そういう時は大概行為が終わったあと、千尋は武史に背を背けながら謝る。
「ごめんなさい。……また、タケちゃんのことを……」
「ええんや。利用して欲しいって言うたんは俺や。俺も千尋が欲しいからお互いの利害一致しとるけん、謝ることはないわ」
後ろから抱きしめながら、武史は囁く。
「盆過ぎたら遊びに行こうや。その頃には仕事落ち着いとるやろ?」
「うん」
「どこがええ?橋渡って本州行ってもええし、橋の途中の島にも見せたい場所ようけあるけん」
どこがいい、と言われても思い浮かばないが、何か言わないといけない気がして、必死に考える。
少し前に駅の観光案内で見た一枚のポスターを思い出し、武史に伝える。
「……お相撲さんが」
「ん?」
「お相撲さんが一人で相撲取るのがみたい」
「一人相撲の神事やな。秋にもあるから見に行こか」
他にも連れていきたいところあるから、予定合わせていこうな、と言う武史に流されるように、千尋は微かに頷いた。
※
一足先にに来た敏子と共にお盆の準備をする。
「ちーちゃんもここでの暮らし馴染んでいるようでよかったわ!」
「タケちゃんのおかげです」
敏子と一緒に話しながら準備をして、当日の流れを確認する。
「おっさんには電話しといたわ」
「おっさん?」
「あー、この辺はお坊さんのことおっさん言うんよ」
「へぇー」
2日後の11時にお坊さんがお経を上げに来て、その後車で墓参りに行き、敏子達夫婦は解散する。父方の墓参りに行くらしい。
武史や智史は行かなくていいのか聞くと、ええんよ、と言う。
「秋に法事あるけん、そん時でええんよ。辺鄙な場所にあるけん、行くだけで大変やけんね」
敏子に盆準備を教えて貰いながら、千尋も久しぶりに武史以外の人とこの家で過ごす時間にホッとしていた。
敏子と三人で早めの晩御飯を食べ終わった頃、智史が訪問する。
「久しぶりだな、二人とも。武史は?」
「あんた、もっとはよ来いや。ウチもう帰るで」
「悪い、電車乗り遅れたんだ」
今日一度帰宅し、明後日再び来る予定の敏子の小言を聞き流した智史は、夕飯の残りを指でひょいと摘むと口に入れた。
お行儀悪い、という敏子を躱すように台所から立ち去ろうとするが、智史の気配を察知した武史が台所に現れた。
「兄貴、来たんか。遅かったな」
「武史、久しぶり。元気か?」
「まぁ」
「相変わらずだな」
智史は気にも止めず笑う。
敏子を見送った後、夕飯を食べている智史に付き合い千尋は台所にいた。
「千尋、いいよ。仕事あるだろ?」
「せっかくだから喋ろうよ。タケちゃんはもう寝ちゃったし」
明日仕事という武史は早々に部屋に引き上げた。
コーヒーを飲みながら付き合っている千尋と、取り留めのない話をする。
仕事の話や大学の同期の話で盛り上がった後、智史は尋ねる。
「武史と何があったん?お前、精神的に不安定だろ?」
「そんなことないよ」
「まさか、誤魔化せると思っていないよな?」
智史とは大学が同じということもあり、親戚の中では仲がいい方だ。
また智史は出版社に勤めていたため、大学卒業した後も比較的付き合いがあった。
まだ大学の時は今より自分を隠せなかった。不安定になった千尋がどうなるかも智史は知っている。
「柳田先生の時はそこまで不安定にはなっていないだろ?」
千尋はため息をついて観念したように話し出した。
「タケちゃんに告白されてキスされたの。一度は拒んだ。忘れてくれって。
でも忘れられると腹が立って二度目は受け入れたの。
それから何度もタケちゃんと関係を持って、その度に宝物のようにしてくれる。
なのに、タケちゃんに大事にされればされるほど、自分と向き合わないといけなくて。
タケちゃんはそれでも、と受け止めてくれるけど、私は……」
「私は?」
智史の問いに何度か息を吐き、目を伏せながら答えた。
「タケちゃんと一緒にいると苦しい……。愛されるのが怖い……」
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