傷ついた心を癒すのは大きな愛

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公開日時: 2021年5月18日(火) 09:09
文字数:2,265

「そんな簡単に心埋めれたら傷にはなっとらんよ。

千尋が今まで生きてきた時間くらいはかけんとな。

心配せんでも、2,30年で俺の気持ちは消えんわ」

何も千尋が言わないのに、武史は心の内を読んだように話しかける。

思わずギョッとした千尋に武史は声をあげて笑う。

「なんでわかるの?」

「ん?何となくな。大分最初の頃に比べて分かりやすなったしな」


元々敏い武史だったが、千尋も感情を出すようになった。

武史に甘えるように敢えて出している時と、上手くコントロール出来なくて無意識に漏れ出る時。

今回は後者だった。

無意識に出ている時はマイナスの感情の時だ。そのため、千尋はなるべく隠そうとする。

そのことが痛々しくもあり、信用されていない証でもあり、それでも必死に武史をガッカリさせたくないともがいている姿でもあり。

自分の心と向き合うのはツラいのに、武史のことを受け入れようと努力している姿が愛しくて堪らない。


「タケちゃんは簡単に言うよね、2、30年って長いよ」

「あっという間やわ、それくらい。最初に千尋のこと好きになったんは7歳やけんな。そっから数えたらもう20年くらいや」

「……ずっと好きだった訳じゃないでしょ」

中々鋭いな、と武史は笑う。

「まぁ、途中で会わんかったけん薄れてた時はあるがな。やけど、自分から好きになったんは千尋だけや。ちなみに告白したんも千尋が初めてや」

サラッと言外にモテてきたことを言う武史に千尋はどんな顔をすればいいか迷う。

考えた末に出てきた言葉を聞いた武史は今日一番の大きな声で笑った。

「モテモテの人生で羨ましいよ」

「安心しいや。今は千尋しか見えとらん」

千尋のイヤミは笑っている武史に簡単に打ち返された。




東京に行く前日、珍しく千尋が武史の部屋をノックした。

「もう寝るところだった?」

「いや。どしたん?」

ベッドの上で本を読んでいた武史は栞を挟み、テーブルの上に置くと千尋を手招きする。

近寄ってきた千尋は、ベッドの縁に腰掛けた。

引き寄せるとキスが出来るくらいの近すぎず遠すぎない距離。

微妙な距離のため、武史は千尋が何を求めているのか掴めない。


「明日お願いします」

仕事が休みの武史は千尋を空港まで送って行くことにしていた。片道2時間弱の道のりは武史にとっては大したことない距離だが、千尋にとっては気になるようだ。

「ええよ。帰りに向こうにおる友達と会う約束しとるしな。こういう機会ないと中々連絡取らんけん」

「ありがとう」


そういったきり、黙りこくる千尋。何か言いたいことがあるのだろうが、中々言い出せないようだ。

「どしたんや?」

武史の優しい問いかけに、千尋は重い口を開いた。

「出版社のパーティーがあるの。そこで多分、柳田さんと会うと思う」

「そうか」

「うん」

また千尋は黙りこくった。


黙っていることも出来たはずなのに、千尋なりの筋の通し方なのだろう。

まだ、武史に完全に心は動いていない。ただ弱っている時に慰めているだけだ。

弱っているところを他人に見せるのが苦手な千尋が武史にだけは見せる心の脆さ。

お互いに傷跡を埋めているだけだと分かっていた。

だからこそ繋がりはするが、恋人関係には進んでいなかった。

『千尋の心が完全に俺に向いた時に、そういう関係になりたい。だから、俺に縛られることなく生きたらええけん』

お盆にホテルから出る前に武史が千尋に伝えた。今千尋を特別な関係で縛るのは彼女の重荷になる。

納得できない千尋だったが、武史は譲らなかった。

『それよりも千尋が自分の心に正直に生きて欲しいんや。昨日みたいに素直にな。俺も千尋に正直に言うけん』

武史は宣言通り、千尋を抱きしめたり、キスをしたり、その先をしたい時は正直に言う。

それに引っ張られるように、少しずつだが千尋も武史に本音を言うようになっていた。


リハビリのように少しずつ慣らしている効果か、千尋もあまり隠し事せずに色々と話すようになってきた。このこともその一つだろう。

抱きしめたくなる気持ちを押さえ込んで武史は千尋に礼を言う。

「言うてくれてありがとう。俺に言わんでも黙って会うことも出来たやろう。

柳田さんに会ってみて、千尋が心動いたんならそれはしゃーないわ」

「……いいの?」

武史は苦笑して、嬉しくはないと伝える。

「本音は俺を選んで欲しい。やけど、理屈で人を好きになる訳でもないからな。ダメやと分かっていても惹かれるんなら、しゃーないやろ」

武史の言葉に千尋の目は潤んでくる。武史は千尋の頭を撫でる。

「逃げんと向かい合って来たらええわ。……ただ、二股かけられるんはイヤやけん、心動いたら教えてな」

流石に他の男と共有はしたくないわ、と茶化してくる武史の優しさに千尋の目から涙が零れる。

「泣くなや。キスしたなるやろ?」

そう言って涙を吸い取るように頬に唇を寄せた。


「タケちゃん、今日こっちで寝てもいい?……添い寝して欲しい」

泣き止んだ千尋が武史に願い出る。

「ええよ。けど、添い寝だけやろ?……理性持つかわからんわ」

ちょっとだけ苦しそうにいう武史に千尋は申し訳無さそうに詫びる。

「……ごめんなさい。やっぱり止めとくね」

「それはダメや」

武史は千尋の腕を掴み、自分のベッドに引き込む。

布団の中で抱きしめると耳元で囁く。

「千尋と一緒に寝たいんは俺も一緒やけん。もう寝ようや。起きとるとどんどん邪なこと考えてしまうわ」

武史は一度思いっきり千尋を抱きしめると、雑念を振り払うように布団の中から手を伸ばし電気を消す。


千尋とは手だけ繋いだ。

「おやすみ。明日から気をつけて行きや」

「ありがとう。……タケちゃん、おやすみなさい」

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