華やかな電灯が街中を彩り、リンリンと鈴の音が響き渡る聖なる夜。
今日はクリスマスイブ。
愛しき人や家族と静かな時を過ごし、愛を深めあう聖夜です。
「シングルベール、シングルベール、アゲイン♪」
そんななか、寒空の薄暗い蛍光灯が輝くアーケードの商店街にて、眼鏡を外しながら号泣し、替え歌のクリスマスソングを口ずさみながら、サンタの衣装を纏った男性がホールケーキを売っているのが目に入った。
「今日は腐った~クリスマス~♪」
「あれ、ひょっとして蛭矢君ですか?」
「おお、英子ちゃんか。こんな所で会うなんて奇遇だな」
「ちょっと散歩がてら、こちらに寄り道をしまして……ところで何で泣いているのですか?」
「……いや、バイト中にクリスマスの煩悩が浮かんで頭が狂いそうでさ」
確かにクリスマスと言えば本来は好きな相手と一緒に青春を謳歌するイベントであり、相手もいない寂しい独り身のオタクには堪らなく切ない日でもあるよね。
「おい、女の子ナンパして狂っている暇があったらさっさと売りさばくぞ……って英子か」
すると、蛭矢君の後ろから同じサンタ服の大瀬君が出てきて、せっせと仕分けしたケーキを運んでいる。
「美伊南もいるよ~ん♪」
さらに私の影からにょろんと現れたるダッフルコートを着こんだ一人のトラブルメーカー。
私の背後にいたみたいだけど全然気づかなかった。
いつから背後霊のように私をつけていたの?
「出たな、天然お気楽ワガママ娘……」
蛭矢君、一体そのゆるキャラの紹介みたいな言葉は、何のキャッチコピーだろうね。
「何言ってるの? 今日は美伊南はケーキを買いに来た客だよ」
「これはご無礼を。しっ、失礼しやした」
ケーキが売れると察して、急に蛭矢君の態度が変わり、頭が低くなる。
「さあ、姉貴。どれにしやす?」
「うーん、とりあえずさ。
このイチゴのケーキ高いから半額にしてくれないかな?」
美伊南ちゃんが一番豪華で約5000円と値段が高いホールを指さす。
「嬢ちゃん、その交渉はあんまりでっせ。僕が組長から命狙われるっす……」
……えっ、このケーキ販売にはあのヤーサン関係が絡んでいるの?
どこの裏ルートの闇市でこのケーキを売っているのかが謎である……。
「……じゃあ、これでいいや」
美伊南ちゃんがケーキの横にちょこんと添えられた小さな包装紙を指す。
「おっ? 俺の手作りに目を向けるなんて美伊南にしては中々見所あるじゃないか」
「これ、大瀬が作ったん?」
「まあな。みんなが何千円もするホールケーキを買えるとは限らないからな」
銀と茶色が螺旋したパッケージに黒マジックで書かれたチョコのパンの耳。
その名の通り、油で揚げた食パンの耳にチョコレートとピーナッツでコーティングしたお菓子のようだ。
値段も1品150円とお手頃で学生のお財布にも優しい。
ちなみにケーキとセットに買うと、このお菓子は1つ100円で買えるらしい。
そんな美伊南ちゃんの手に大瀬君が手作りのチケットを渡す。
「ありがとう。これはお菓子だけを買った人限定で明日までに、ここのケーキを10パーセント割引で買えるチケットさ」
そう、人間って限定版とかの表記に弱いよね。
多少高くても何かおまけがあるとなればそちらを選んでしまう。
でも彼が考えたのは安い商品におまけをつけて別の商品を買わせる手口。
大瀬君って、以外と策略家だね。
「毎度ありがとやんした~♪」
「──大瀬、お前のアイデアのお陰で今年は早めにバイトが終われそうだ」
蛭矢君が眼鏡を外し、おいおいと大瀬君に感謝の涙を流す。
「何、これから徹夜明けを迎える予定な土木作業員のようなこと言ってるんだよ」
「……わりい、そうだったな。毎年朝方まで売っていたからな」
「それ、完璧に労働基準法違反じゃないか?」
「まあ、親戚のオジサンの手伝いで、僕は夜の10時からボランティアだからな」
その蛭矢君のオジサンの言葉に美伊南ちゃんの耳がピクリと動く。
「大瀬。なあ、この一番小さいケーキをくれ」
それから美伊南ちゃんは難なく例の割り引きチケットを使用して、4号のケーキの入った袋を手にぶら下げながら、私に話しかけてくる。
「美伊南のオジさんが言ってたんだ。クリスマスくらい女からケーキくらい貰えないと首をくくるとか──クビヲククルって何のキャラクターだろうね」
「クビヲ?」
「そうそう、ドラ○もんに出てきそうな癖のありそうなキャラじゃね?」
いや、美伊南ちゃん、捉え方が違うよ。
それ、恐らく女の人と祝いたいがための男性の口実だから。
あと、実際にくくったらヤバいからね……。
「美伊南ちゃん、念のためにこれを渡しておきます」
美伊南ちゃんに黒光りするようかんのような機械を手渡しする。
「……何これ?」
「スタンガンです。これを貸しますから、酔ったおじさんから何かがあったら、これで自分の身を守ってください」
「えっ、美伊南はお刺身じゃないんだけど?
それにオジさん、めっちゃ酒強いよ?」
「そうなのですか?」
「そうそう、悟りを開いて何やら周りそっちのけで念仏唱え出すし」
「……いや、それ酔ってますよね?」
「いんや、目は穏やかで私が声かけしたら凄い形相で睨んで口は笑いながら、『美伊南ちゃん、悟りの道へいらっしゃい♪』とか言ってくるし」
「いやいや、そのおじさん酔っていますよね?」
「んっ? 別にオジさんは顔赤くなってないけどね?」
『美伊南、今夜は仏教の教えを説くために一晩中寝かさないぞ……』とか言うオジサンタになりそうだよ。
「……むしろ、青白い顔してるよ」
「それ、気分が優れないんですよ。飲むのを止めさせて下さい!」
「へいへい、これありがとね」
美伊南ちゃんがスタンガンをポケットに入れて私にペコリとお辞儀をする。
彼女はこういう時は律儀なんだよね。
まさに親しき仲にも礼儀あり。
「じゃあ。美伊南はオジさんが待ってるから帰るね」
美伊南ちゃんはルンルンとスキップをしながら街中に溶け込んでいった……。
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「──所でさ?」
「……何ですか、蛭矢君?」
「もう夜も遅くなるぜ、バイトの助太刀はありがたいんだが、そろそろ帰らなくていいのか?」
「平気です。今日は両親は仕事が遅くなりますから、向こうに泊まっていませんから」
「……許せんな、こんな可愛い生き物を一人ぼっちにさせるとは……」
蛭矢君が体を細かく震わし、拳を強く握りながら何かを堪える仕草をしている……。
「──って何で歯を食いしばりながら、血の涙を流しているのですか?」
「……いや、何でもないさ。じゃあ、補導されるといけないから英子ちゃんは9時になったら解散しようか」
「はい、分かりました──あっ、お客さんですよ」
「へい、いらっしゃい!」
そこにはサンタ服からカジュアルな灰色のロング丈のコートに着替えたお客さん──いや、バイトを終えた大瀬君が鋭い目付きで私たちの前に突っ立っていた。
「もう、じれったいな。お前らさっさと付き合ってしまえよ」
「なっ、大瀬。そんな軽い気分で彼女とは付き合いたくないんだ。もっと真剣に彼女の気持ちも大切にしてだな……」
「……それ、もう付き合うとかのレベルじゃないな。結婚の話だな」
「ななっ、けっこん!?」
「式には俺たちも呼んでくれよ。じゃあな。仲良くいちゃつきながらケーキ売りさばけよ」
そうやってアヒルなナイスガイは颯爽とこの場を去っていった……。
「あと、俺はドナ○ドダックのアヒルじゃなくてニヒルな設定だからな!」
はい、すみませんでした。
大瀬君、カタカナに無知でごめんね……。
第23話、おしまい。
クリスマスイブに起きた聖なる悲鳴? のエピソードでした。
蛭矢がシンングルベルやら、腐ったクリスマスなど言いたい放題ですが、キリ○ト様がムクリと起き上がって彼に何かを言いかねないですね。
ちなみに余談ですが、クリスマスはキリ○ト様の誕生日ではなく、何かしらのインパクトが欲しかったという空想の誕生日です。
それが今となってはクリスマスという行事として行われるようになりました。
最後のシーンで大瀬が、もう蛭矢と引っついてしまえよと言っていますが、自分も美伊南と仲が良いじゃんとツッコミたくもなりますね。
何はともあれ、メリークリスマス~♪
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