「英子ちゃん。違うよ、こっちだよ」
「えっ、今どこにいるのですか?」
私は蛭矢君から休日デートに誘われて、暗闇の夜道を歩いている。
そう、私たちは二人っきりで朝から最寄りの遊園地に遊びに来ていた。
今は、ちょうど近日公開された暗闇の迷路のアトラクションを楽しんでいる最中だ。
「ははっ、早くも迷子かい?」
近くの壁越しから彼の声が聞こえる。
私は彼の声を頼りに壁に沿いながら歩いていく。
暗い道を歩くのは少し心細いけど、とても楽しい。
この充実した日々がいつまでも続けばいいのに……。
そう思った瞬間、私の身に付けた義足が細かく震えだし、次々とコンクリートが裂けて、足場がガラガラと崩れていく。
「きゃ、いきなり何なのよ!?」
私はバネを使うかのように足を踏み出し、その場から離れる。
これも、またこの迷路の仕掛けかな?
しかし、離れても崩れ落ちていく足場は私の傍らまで近づき、私自身もその真下へと落ちていった。
「きゃあああ!?」
『蛭矢君、助けて』と叫ぼうとしてもなぜか声が出ない。
私が恐怖で震えているせいかな。
すると、すぐ隣に同じく落下していく蛭矢君がいた。
「英子ちゃん、僕たちはいつまでも君と一緒だよ」
こんな状況でも、彼は腕組みをしながら、何も動じることなく落ち着いてる。
……医者だけのことはあるよ。
「──まさにライトノベルだな。一難去って、また災難かよ」
「別にいいじゃん。こんなハプニングいつものことだし」
「確かに違いねえな」
蛭矢君だけじゃない、美伊南ちゃんに大瀬君もいる。
「やーね、あたしのことを忘れてないかなあ?」
しかも、あの夜美ちゃんもいた。
だけど、この子だけ私たちとは違った。
まるで絵本で見た妖精のように背中に二対の羽が付いていたからだ。
私たち四人がバラバラになって落ちていく流れに身を任す中で、夜美ちゃんだけはその羽を羽ばたかせながら、私たちに合わせて飛んでいる。
「夜美ちゃん、あなたは一体?」
「さあね、世の中ねえ、分からない方が幸せだったという言葉もあるんだよ」
「ああ、そうだな。いずれこの世界も終わるからな」
夜美ちゃんも蛭矢君も何を言ってるの?
「そう、目覚めたら全部忘れてるから」
「夜美ちゃんも何を言ってるの?」
「……あのね、あたしは実は蛭矢お兄ちゃんの妹じゃないの」
「知ってますよ。夜美ちゃん本人から実の妹じゃないと聞いたから」
「いや、そうじゃなくて、あたし自身が存在しないの」
「えっ、どういうこと?」
「……あたしは実は夢を司る妖精、通称、闇の妖精。結局は英子お姉ちゃんをだます形になってごめんね」
「言っている意味が分かりませんが?」
「大丈夫。目覚めたらあたしのことは忘れているから。短い間だったけどありがとう。あたし、お姉ちゃんのこと忘れないから」
「私もよ、ありがとね」
私は仲間から遠ざかり、手を伸ばしてきた夜美ちゃんと手と手を繋ぎ合わせて、空中を軽やかに舞った。
「今宵、二人だけの最後の空中ダイブも悪くないね」
夜美ちゃんがこちらに向かって意味深に笑いかける中、私は深い眠りへと落ちそうになるが何とか堪える……。
「蛭矢お兄ちゃんをどう思っているか、その感情を確かめさせてもらったわ。でも、この調子なら大丈夫かな。
──この夢から覚めても蛭矢お兄ちゃんをこれからも支えてあげてね……」
「うん、中々、素直になれなくてごめんね」
「いいよ。結果オーライだったし。じゃあ、あたしは行くね……」
夜美ちゃんが私から手を離し、鬼火のように天へと昇って消えていた暗黒の世界に、段々と光の亀裂が次々と入り込む。
まるで、この世界の終わりを告げるかのように私はその場で視界を閉じた……。
****
「──英子、英子ちゃん!」
私の眠りを妨げる何かしらの男性らしき声。
「なっ、何よ……?」
私がゆっくりと目を覚ますと、寝ていたらしきベッドの周りにいつもの顔ぶれがあった。
私を起こしてくれた蛭矢君、周りをキョロキョロしている落ち着きのない美伊南ちゃんに、私の顔をただじっと見ている大瀬君。
何てことない。
私を含めたいつもの四人のメンバーだ。
場所からして、あの病院の室内のようだね。
「どうやら知らない間に寝てしまったようですね。心配かけてごめんなさい」
「いいさ、学校は休みだし、ちょうど春休みだもんな」
「……えっ、学校って?」
「やっぱり記憶が混乱しているか……」
「英子、アンタ見知らぬ恋敵の女子から恨まれて学校の三階の屋上から突き落とされたんだよ」
美伊南ちゃんがベッドに前のめりになって私をあやかすように両手を掴む。
「えっ、そうなのですか?」
「ああ、それでもって、幸い体は無傷だったけど頭を強く打って今まで意識がなくてな。でも何かしらの夢を見てうなされていたから、親身になって、こうやって面会の時にいつも声をかけていたのさ」
「そしたら、こうやって目覚めたと?」
「そう言うことさ。少し外の空気でも吸いにいくかい」
蛭矢君が私の手を取って、立ち上がらせようとする。
「待って下さい、車イスがないと……」
「えっ、何を言ってるんだい?」
ふと、足元を見ると私は二本の支えでしっかりと立ち上がっていた。
何でなの、両足がちゃんとある?
私は動揺して声も出せない。
それに、三人とも高校の制服を着ていて、顔も若々しい。
蛭矢君に至っては医者の服装もしていない。
あと、美伊南ちゃんは結婚指輪をはめていない……。
「……あの、私はタイムスリップでもしたのでしょうか?」
「はあっ、何寝ぼけたこと言ってんの? 蛭矢、やっぱり英子を外の空気に触れさせた方がいいよ」
「そうだな、行こうか。英子ちゃん」
私は蛭矢君から手を引かれ、病院の中庭へと移動した。
私は何か肝心なことを忘れている。
だけどいくら考えても思い出せない。
むしろ、思い出そうとするほど、頭が痛くなり、その幻の記憶は書き消され、私は今の記憶が膨らんでいくことを感じた。
私は英子。
18歳で高校三年生。
困惑する記憶を抱えながらも今を精一杯生きている……。
第45話、おしまい。
英子が経験してきた世界は夢であり、これまでの経験は空想だったという流れです。
実はここだけの話になりますが、当初はもっと暗い展開にしようと思っていました。
英子が足の病気で高熱にうなされて幻覚を見て、その異世界で生きていたという設定で、目覚めた最後の現実世界でみんなに看取られて命をなくすという内容でした。
ですが、このコメディー小説で、さすがにそれはやり過ぎで重いだろうと思い、学校で目を覚ますというエピソードにしました。
後、余談ですが、この流れ、よく考えてみると物書きになりたての初期で、アナログで執筆していたあの作品の終わり方によく似ているんですよね。
原稿用紙百枚足らず、量的には四万字程度でしょうか。
あの頃は色々とダメダメでしたが、こうやってネットで堂々と公開できる日が来るほどの力になるとはお思いもしませんでした。
今もその原稿は、とある講師さんに添削されたまま、押し入れの中で静かに眠っています……。
それでは次回、少しホロリと泣かせる感動の最終話です。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!