「あががっ!」
駄目だ。
「ぐばあっ!」
また駄目だ。
「ぶべらっ!」
まただ。
悔しいな。
あと一歩の所なのに……。
「英子ちゃん、もう今日の所は止めようよ?」
白衣を着た蛭矢君が心配そうに倒れた私に手を貸してくれる。
「……いや、まだです。私、頑張ります」
「……とは言っても相撲の力士の稽古のような野太い声ばかり出しても気が滅入るからさ」
「いえ、蛭矢君、まだリハビリをやらせてください」
「……分かったよ。でもあまり無理しないでよ」
「はい」
私は何とかスロープに掴まり、体を起こすと、視界が反転してまた倒れこむ。
「はべらっ!」
「どこの力士の特訓だよ。もう見ていられないよ……」
蛭矢君が横にいた女性看護師に声をかけ、彼女が体を支えてくれる。
「英子さん。今日の所はこれで終わりにしましょう」
その看護師が私に優しい声をかけた。
「……でも私、もう少しで掴めそうなんです!」
「だからと言って体を壊されたら困ります。簡単そうなリハビリでも意外と体に負担をかけるのですよ」
「はい、分かりました……」
力なくその場に体を倒すと、看護師が私を慣れた手つきで車イスに乗せる。
「心配しなくてもリハビリを重ねれば、時間が解決してくれます。時期に足も立てて歩けるようになりますから」
看護師が私の両足の義足を外しながら、優しく諭してくれる。
そうだね、先は長いんだから無理をする必要はないよね。
その夜、私はリハビリの疲れのせいか、ぐっすりと泥のように眠りについた……。
****
次の日……。
私は昼食を終えて、昼過ぎからいつものようにリハビリ室でリハビリを頑張っていた。
そこへ……。
「おいっす、どすこーい!」
どこからか響いてくる気合いの入った男性の声。
「どすこーい、ちいーす!」
一人の廻しを着けた、ほのかに汗ばんだお相撲さんが私に挨拶をする。
「君が英子ちゃんどすか?」
「はい、そうですが?」
いきなり私の前に踊り出て、
この男性は一体何のつもりだろうね?
「話は聞いたっす。いつも気合い入れてリハビリに取り組んでるらしいどすね」
「あっ、ちなみに名前は葉賀丸というっす。よろしくどす!」
葉賀丸さんが廻しの横から名刺を出して私に渡す。
どこから出してるのよ……。
しかも、うっすらと汗で湿ってるような……。
まあ、それはそうと、私はその名刺を声に出して読み上げてみる。
「……えっと、リハビリ相撲協会?」
「うっす。リハビリを通じて相撲を楽しく教わっている個人企業どす」
「あの……私、姿からでも正真正銘の女性なのですが? それにそんなにお金持ってませんよ?」
「大丈夫っすよ。相撲に性別は関係ないっす。それにこれはボランティア企業どす。金銭の請求はないどすよ」
「一緒に楽しく相撲するっす♪」
爽やかなタプタプの顔つきの葉賀丸さんから強引に握手を交わされる。
──蛭矢君、これは何の冗談のつもりですか?
私は離れから見ていた蛭矢君にジェスチャーしながら、ガツンと睨みつけると彼は穏やかに笑っていた。
──だって、いつも野太い声出してリハビリを張りきっている姿を見て、実は相撲が好きなのかと思ってさ。
蛭矢君がオーバーなリアクションでジェスチャーを返してくる。
──そんなわけないでしょ、どうするつもりですか?
──どうするもこうするも英子ちゃん次第さ♪
嫌なら断ればいい。
──卑怯な手ですね。
どうせ、裏で多額のお金でも渡したのでしょう?
私が断れない性格だと知っての行動ですよね?
──さて、何のことかな~♪
蛭矢君がジェスチャーを止めて、その場から逃げるように目を逸らす。
あの悪どいタヌキめ……。
「あの……さっきから身ぶり手振りして何をしてるどすか?」
「あっ、いえ。何でもありませんことよ。おほほほ~♪」
「何かぎこちない返事どすね? まあいいどす。では始めましょう」
「……えっ、今からですか? しかも他のみんなが見ているここでですか?」
「そうです。既に初日分のお金は貰ってるっすから」
「あれ、無償ボランティアじゃなかったのですか?」
「ははっ、思わず口が滑ったっす♪」
こちらのキツネさんもたちが悪い。
早くも二匹の獣面に騙された。
でも、始めるのならしょうがない。
ここは肝を据えてやりますか。
「おっ、いい面すね。早くもやる気が湧いてきたっすか?」
「いいから早く始めますよ」
「うっす!」
そんなやり取りに周りから大小様々な声援が聞こえた気がした……。
****
「……まず、腰を落としてっすね」
「こ、この体勢はしんどいですね……」
足の支えが義足へと変化して、改めて大変さを感じる中腰のポーズ。
中腰ってこんなにきつかったかな……。
「そして、重心を前にして前足をすり足にするっす」
「こ、こうですね?」
「そうっす。それから開いた片手を前に突き上げながら、そのまま片足ずつ、すり足で進むどすよ」
「……くっ、ぶべし」
そこで私は、足を滑らせて顔面から落下。
乙女の顔に傷は禁物なのに……。
「ははっ、結構、豪快にコケたっすね」
「笑ってないで助けて下さいよ……」
「はいはい」
こうして、私は足のリハビリのために、そこはかとなく怪しい相撲協会からの援助を受けながら、リハビリを頑張ることにした。
「では、今度はツッパリからの張り手連打っすよ。オラオラオラー!」
「オラオラオラー!?」
このメニュー、本当に大丈夫だよね?
第36話、おしまい。
以上、足を無くし、義足になった英子が懸命にリハビリをするお話でした。
ちなみにリハビリというと少し暗くて辛いイメージがありましたので、明るくガラリという雰囲気を持たせた謎の相撲協会というものを絡ませてみました。
普通に淡々とリハビリの様子を綴っても、感傷に浸れる部分もありますが、コメディー小説としては面白味がなくて、永遠に暗くてうんざりしますよね。
まあ、ただ単にテレビで相撲を放送しており、思いつきで書いてみただけですが……。
そんな相撲力士、葉賀丸の登場により、この物語も引き締まり、いい感じに面白おかしくなったと思っています。
最後の二人並んで張り手のシーンもリアルで再現したらどことなく面白くないですか?
相撲の能力を操る『英子と奇妙な冒険』みたいになってしまいましたね。
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