傭兵家業を営む俺、グランは今、貴族の嫡男らしいクソガキを相手に仕事していた。
性格は高圧的で傲慢、付き合っている俺が青筋を立てる言葉を散々言い放ってくる。
だが、あと少し。あと少しだけの我慢だ。耐えるんだ、俺。
仕事内容は、ある場所でこいつと戦い、仕組まれたものとばれないように負けること。
正直、面倒くさい仕事ではあるが、報酬の額が桁違いだったのでつい手を伸ばしてしまった。
まあいい、命の取り合いの無い場所で負けるくらいなら安いもんだ。これまで築き上げた名声に傷がつくという考え方もあるが、俺は騎士じゃないし関係ない。
仕事相手のクソガキは、どうやら大貴族の息子のようだが、以前一目見たこの国の末姫にほれ込んでいるらしい。
末姫の名前はシルビア、彼女はその優れた剣才から剣姫と呼ばれるほどの人であり、俺も一度その動きを見たが、それは正真正銘本物の戦士の動きだった。
だが、この剣姫は王に大変可愛がられるとともに、本人自体もかなり癖のある人物らしい。
『自分を嫁にしたいなら、その強さを示せ。そうしたらお父様に口添えしてやる。愉快な気分にさせてくれるだけでもいいぞ』と言い放ち、それ以来数多くの愚かな男達が挑んでは散っていったらしい。ちなみに、剣姫は戦場以外では笑ったことが無いと聞いた。何それ怖い。
そして、このクソガキもその愚かな中の一人だった。剣姫に強さを示す場合、さすがに王族に手はあげられないので御前試合のようなものでそれを示す。
だから、クソガキとその親は俺をその御前試合の相手役にねじ込むとともに、八百長試合でその座に収まろうとしているのだ。
それ故、今日も周りにばれないよう、王都から離れた場所に来ると、いつものように戦いの流れを練習する。こいつは剣の才能はあまりないし、本人もそこまでやる気はないらしいので、強くなるための練習では無く、あくまで御前試合で八百長とバレないように勝つための訓練だ。
俺が少しだけ剣を鞘から出す。その後、凄まじい速度で踏み込んだ。
そして、相手の目の前に来ると左下から右上に切り上げるように剣を振り上げた。並大抵の相手なら一刀で切り伏せられるほどの剣筋だった。
相手は体を左下に潜り込ませ、剣筋を屈むように回避する。
俺は、躱されるのをを見るやそのまま体を回し、反撃を潰すように左手で牽制のパンチを放つ。
それほど力は入っていないが、回避されると同時に放たれたそれは十分相手の意表を突くものだ。
だが、相手はそれを体を少し後ろにずらすことで回避し、逆に突きを放ってくる。
俺は、それを紙一重で回避すると後ろに距離を取り、しばしの睨み合いとなった。
次は相手が動く。近づく瞬間、足で地面をけり上げ、砂をこっちに向かって放つ。
俺は砂を目を瞑って防ぐと右手の剣を横薙ぎに放ち、相手の接近を避けようとする。
相手はそれをその体格差を活かして下に滑り込むようにして回避。速度を緩めないまま踏み込んで切りあげる。
俺は、咄嗟に左手をその間に入れ込み、それを犠牲にして何とか防ぐ。
模擬用の木剣ではあるが、さすがに左手はダメージを負い。動きに支障が出ることは明らかだ。
そして、最後に相手は言い放つのだ。今日は、これくらいにしておいてやる、と。
これが打ち合わせの内容だ。動きに手を抜くと流石にばれかねないので、動き自体は本気のものだ。
だが、相手は前もってそれを知っているので、素人でもなんとか対応できる。それに、この内容だけを嫌になるほど繰り返し練習しているからこれだけ見ると一人前の戦士の動きに見えるはずだ。
「よし!ついに明日が本番です。このうんざりするような訓練ともおさらばですね。坊ちゃん」
「お前に言われずともわかっている。これでシルビア様は俺の物に…………」
あー完全にトリップしちゃってるよ。放っておこう。
明日でようやくお役御免だ。その前の奴らの試合も俺が相手役だし、そこで俺の強さを前もって示しておけばよりこいつの動きが際立つだろう。
今日は早く寝ようと、思い俺は家に帰った。
◆◆◆◆◆
御前試合の当日、これまでに戦った全ての相手をほぼ一刀で切り捨て、ようやく迎えた最終戦。
どうやら、貴族の格で順番が決まるらしく、こいつは大取を飾ることが最初からわかっていた。
剣姫がこちらを見ている。最初は退屈そうにしていたようだったが、今はこちらをしっかり見ている。
戦いに集中していたから気づかなかったが、さすがに結婚相手が決まる可能性もある。もしかしたら全試合をちゃんと見ていたのかもしれない。
とりあえず、最低限の状態にはなった。クソガキは姫の方をチラッと見ると顔をだらしなくさせていた。
おいおい、集中してくれよ。そう思ってそちらを見ていると流石に奴も気づいたようだ。こちらを見た。
試合開始の合図がされる。
俺が少しだけ剣を鞘から出し、動く合図を送る。そして、凄まじい速度で踏み込んだ。
打ち合わせ通り、相手の目の前に来ると左下から右上に切り上げるように剣を振り上げた。
もちろん、相手は体を左下に潜り込ませ、剣筋を屈むように回避する。
そして、俺は、躱されるのを見るやそのまま体を回す。一瞬、剣姫がクソガキを見て目を瞠るのが分かった。
確かに、俺は全ての試合をほぼ一刀で終わらせてきたし、今のも鋭い剣筋だったろう。それを回避したやつに注目するのは理解できる。
一瞬の思考の後、回転して視界がクソガキの方に戻り、左手で牽制の弱パンチを放つと、直撃。
「あべしっ」
え?今なんて言った?そんな言葉普通出なくない?
いやいや、そもそもなんで当たったの?頭が一瞬混乱しそうになるのを気合で引き戻した。
よく見ると相手は剣姫が自分に注目したのに気づいて再びだらしない顔をしていたらしい。気を取られて回避できず、ふざけた顔のまま後ろによろめいていた。
ダメージ自体は少ないようで、相手は一瞬間の抜けた顔をしていた後、怒りの表情で突きを放ってくる。
落ち着け、俺。戦場では絶体絶命のピンチを数多く乗り切ってきただろう。まだ焦るような場面じゃない。
少々、シナリオとは違うが、クソガキは刷り込まれた動きに戻っている。このままいこう。
俺は、その突きを紙一重に見えるように回避すると後ろに距離を取り、しばしの睨み合いとなった。
元々のシナリオ通り、相手が動く。近づく瞬間、足で地面をけり上げ、砂をこっちに向かって放った。
俺は砂を目を瞑って防ぐと右手の剣を横薙ぎに放ち、相手の接近を避けようとする。
相手はその下に滑り込むようにして回避……すると思ったら、怒りで注意力が散漫になっていたのか、何故か石につまずきこちらに倒れ込むように向かってくる。
俺は、相手の動きに合わせて既に左手を動かしてしまっていた。綺麗に顔面に入る左手。
「ひでぶっ」
え?今なんて言った?さっきといいそんな言葉普通出なくない?
いやいや、そもそもなんでまた当たったの?ずっと思ってたけどやっぱり馬鹿なの?
生々しい感触と共に相手は吹き飛ぶ。数度地面に転がってその動きを止めた。
何故か、クソガキは焦点の合わない目ながらもゆっくりと立ち上がる。顔ははれ上がってパンパンになっていた。
そして、フラフラのまま、口を開き言った。
『今日はこれくらいにしておいてやる』と。
既に意識は朦朧としていたのだろう。それだけ言い放つとクソガキは倒れた。
いや、なんで?なんでそこだけシナリオ通りなの。今まで通りアドリブ出せや!!
明らかにボコボコにやられた奴が言うセリフじゃないだろうが。
突如、豪快な笑い声が響く。剣姫が笑っている。そして、こちらを見ると口を開いた。
「いいな、お前!!気に入ったぞ!!!」と。
どうやら、世の中は台本通りにはいかないらしい。
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