『可能性なんてゼロじゃない 僕らは何でもできるさ!』
『くぐもったセカイにサヨナラ 餞別に舌を出して』
『さあ両手を上げて踊ろうか 彼奴等に見せつけるぞ』
『羨んだってもう遅い 加速していくぜ……Let's Go!』
<魔法学園対抗戦・武術戦 八日目 午後一時 中央広場 特設ステージ>
『東の空を見上げよう 焼け付くような太陽だ』
『西の空には舌出そう 日陰者の時代は終わりだ』
『南の空は出迎えて 旅立ちの時は今ここに』
『北の空の道標 頼りに向かう未来に、さあ――』
『百年後、二百年後、三百年後 世界はどんな風になっているか
な』
『素敵な物で溢れているかな 笑顔が沢山生まれているのかな――so!』
溢れる輝きのギターソロ、明朗快活な歌声、それらが合わさる至高のセッション。
イザークは魔法音楽部部長として、熱心にそれらを披露し続けていた。他にもライブを行う部員はいたものの、流石に毎日演奏を続けているのは彼ぐらいなもので。
「イザーク先輩! お疲れ様です!」
「今日も見事な演奏でした!」
「その、頼んでおいてあれなんですけど、明日もよろしくお願いしますね!!」
「まーかせときぃー……」
ステージから降りると、この舞台を持ち掛けてきた生徒会の面々が声を掛けてくる。
当然散々見慣れた姿の彼も、普段通りの仏頂面で拍手をしてくる。
「ご苦労だった」
「おうおうヴィクトールせんせぇ。どう? ボク最高だったっしょ?」
「予想通りの大盛況だ。感嘆に値する。貴様でなければこれ程までの熱狂は生まれなかった」
表情を一切変えない真顔で褒め千切ってくるので、流石に小恥ずかしくなってきたイザーク。相変わらず寝癖の付いた髪をわしゃわしゃ掻き毟る。
「おおおおおオマエに頼まれりゃあこのぐらいー!?」
「ならば明日も頼むぞ。ただまあ、訓練もある故負担にならない程度にな」
「前々から言ってっけど、ボクにとっちゃギターの練習が訓練だから! 寧ろ弾かせてもらって感謝しかねー!!」
「ふっ……」
その時生徒会の仲間に呼ばれたので、急ぎ足で合流しに行くヴィクトール。
イザークも話すことが特になくなったので帰る準備をするが、
「……あれ?」
「……」
ステージの壁に立て掛けておいたギターがない。なくなっている。
だが発見することは容易だった。明らかに生徒のものではないブーツの足跡がくっきりと、ギターに真っ直ぐ伸びてきていたからだ。
「それと、この嫌な黒い気配……」
「……」
「へえ~これがアイツの使ってるギターなんだかってヤツ? 馬鹿みてえ!!!!!!!!!!」
「生意気だぞ生意気だぞ弱虫ザコの癖に!!!!!!!!!!!この偉大なるボールス様が叩き折ってやる!!!!!!!!!」
主君が命より大切にしているそれの危機を感じて、騎士は急いで馳せ参じる。
誓いの証明は顎下直撃グーパンチ。
「がはっ!!! テメエ……!!!」
「クソが!!! 急に出てくるんじゃねえボケナスが!!!」
「このっ!!! 僕が命令してるんだから中に戻ってろ!!!」
「クソ、野郎がっ……!!!」
誰も立ち入る理由がない、結界仕立ての森の中。不干渉が強制されるその場において、二人は戦闘を始めていた。
サイリは軽やかなステップでパンチやキックを繰り出し、ボールスの無作法な剣戟の合間を縫っていく。
「ははー、聞き慣れた声がしたと思ったらやっぱりテメエか、ボールス!!」
「最悪だなあ、まさかこんな所で会うとは!! モードレッドのクソ野郎がいる以上仕方ねーのかもしれねえけど!!」
主君がやってきたので直ぐに彼の背後に回るサイリ。目の前にいる黒に金の紋様が入った鎧を着た彼が、イザークが話している隙にギターを奪い取り、物色していたことを伝える。直ぐに追い掛けたが妨害魔術を行使されてしまった所為でここまで逃げられてしまったという。
「はー、壊そうとしてたんだが何なんだか知らねーけど、人の楽器に勝手に触んな!!!」
「殴られたり斬られたりはどうにか我慢できっけど、それだけは無理だね。返せ!!!」
それを言われ続けている本人は一向に動じない。ただ、驚愕を体現した表情だけが妙にくっきりと浮かび上がる。
ブチギレする五秒前、みたいな感覚がした。けれどもこのまま何もしないというわけにはいかないだろう。
「……動く気ねーならこっちから「クソがああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
五秒前ではなく一秒前だったらしい。
「ムカつく、ムカつく、大っ嫌いだあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!僕に踏み付けられるザコの癖によおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
「こうなったら、こうなった直接実力行使に!!!!!!!!!!!!!!!
っ」
霧から突然現れた彼に、唖然と確信が混じって開いた口が塞がらないイザーク。
彼は鎧を着込んでいるはずのボールスの首元を背後から掴み、そのまま地面に叩き付けた。それでも開いた口は塞がらない。
「ボールス。君は拠点での待機を命じていたはずだが。何故ここにいる?」
あ……が……
「忘れてくれるなよ。君の手綱を握っているのは私だ。勝手に引っ張られれば勘付きもするさ……」
わが……しゅくん……
一切の無表情でそれらの行為をされても、やはり動じる様子はなかった。
「……」
「ある程度は胆力が付いた、ということか」
「騎士王と共に歩む覚悟はできているようだな」
「テメエそれだけを確認する為にわざわざ来たのかかよクソが」
何をされようが返す返事は一つだけ、クソッタレの何様野郎だ。
「……まあ知りたいなら言ってやるけど。ボクは自分の役割がようやくわかったんだ。だからそれを遂行するまでだ」
「それに恐れはいらないと、そういうことか」
「……癪に障るがそういうこったよクソが」
「おやおや、では癪に障ったのなら質問を変えよう。本来君は騎士王とは何も関わりのないただの一般人だったはずだ。なのに何故そこまでして、彼に関わろうとする?」
「おっとぉ、それについては胸張って答えてやる。入学式の席が前後だった、それだけだよ」
「……ほう」
「テメエのようなクソッタレな大人は知らねえだろうから教えてやる。魔法学園入ったら、先ずは前後の席のヤツに声掛けるのが鉄板なんだぜ?」
「そうして友達作るのが定石で、ボクとアーサーはそうやった。それが五年間続いている。何も複雑なことはねえ!」
あまりにも堂々と胸を張られたので、彼も引き下がることにしたようだ。
「……それでは、今後ボールスには接触しないように言っておくよ。君が演奏家として振る舞う限りはね」
再び片手で鎧を着込んだ成人男性と思われる肉体を持ち上げ、持ち運んで去っていくモードレッド。
自分と騎士だけが残された森には妙な達成感だけが残る。
「……」
「……おーい!」
「何処にいるんだ、イザークー!」
「……アーサーの声じゃん」
「!」
「んだなあ、訓練の時間になったから呼びに来たか」
さっさと行こうぜと騎士に伝え、吟遊詩人は生い茂る草木に苦戦しつつも森を抜けていく。
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