<魔法学園対抗戦・武術戦初日
午前十時 ティンタジェル遺跡前>
古代の名残を今も雄弁に伝える遺跡の跡。中央にそびえる城、周囲を囲む街の廃墟。
そこに続く門の一つの前に、各魔法学園の生徒が集められる。先頭の生徒――生徒会長が、校章の描かれた旗を持って立つ。
そしてその人物が、特設された舞台に登る時――各魔法学園の旗が降ろされる。
ハインライン・ロイス・プランタージ・グレイスウィル――イングレンスで最も偉大な王国、グレイスウィルの現国王。
「さて……今年も深緑の折、無事に魔法学園対抗戦を開催できたこと、大変嬉しく思う」
思慮深い瞳が生徒達を見回す。有無を言わさぬ迫力に、グレイスウィル以外の生徒の思わず黙り込む。
しかし、エリス達の視線は彼の足元に向けられており――
「……ベロア、ちゃん?」
「ベロアだよね、あれ……?」
ハインラインの肩に乗ってきたかと思いきや、舞台に乗った途端飛び降りて、周囲をちょこちょこと歩き回り出すカーバンクル。赤毛の中に埋もれるルビーの輝きに見覚えがあったのだ。
大層ご機嫌そうに動き回られては、国王陛下のありがたい話なんてあったもんじゃない。
そして。
「……これを持って、開会の挨拶とする。では――」
「私の番ですのー!!」
音声を増幅させる魔法具をぶん取り、ベロアがハインラインの前に躍り出る。数秒だけキィンという不快な音がした。
「あーあーあーマイクテストマイクテストですのー! よし! 絶好調! というわけで私はハインラインのナイトメア、ベロアと申しますのー!」
先程の厳かな雰囲気から一変、おしゃまな声が響く。あまりの落差に生徒の間でどよめきが起こる程。
「まー先程まで堅苦しいことをつらつら仰いましたけど! 皆様は今日までの訓練の成果を存分に活かして、熱い戦いを繰り広げればいいんですのー!」
「今回の警備を行っている騎士様や魔術師、学園の先生方を白熱させるんですのー! もちろん私もねっ! 皆様の戦いっぷりに存分に期待しておりますのー!」
そう言ってハインラインの肩に乗る。
「……彼女の言う通りでもあるな。私個人としても、諸君の戦いには期待している。どうか日頃の成果をここで発揮してくれたまえ――では」
言葉を切るとすぐさま騎士数人がやってきて、彼らと共にハインラインは退場していった。
その後各魔法学園に分かれ、これからの動きや日程についての話があった後――
「よーし……最後の仕上げやるぞ!」
魔法学園別に用意された領地、その一部である演習区画。
そこにイザークと共に来たアーサー。時刻は午後一時、昼食を食べて英気を養った後である。
「……どのようにする」
「それなんだけどさー、今回案山子が用意されてんだよね。だからそいつ相手にちょっとやってみる!」
「……オレも行こうか」
「いや、オマエはここで待ってて。上級生もいるんだからさ、少しでも離れると取られちまうぜ!」
直ぐに翻して駆け出すイザーク。
十分して、案山子を一つ抱えて戻ってきたイザーク。
「へへっ、存外しっかりとした作りで驚いた……ぞっと!」
案山子を地面に突き刺し、サイリと共にねじ込むイザーク。もう既に汗だくだ。
『どうにも何も、奴らは要らん雑魚共だ』
「ワンワン!」
「水だな! サンキューカヴァス! アーサーもちゃんと見ていてくれよ!」
少し離れた場所から様子を見守る自分に、笑顔をかけてくるイザーク。
『ああああああああーーーーー
……がんばりゅ
やってやろーじゃん!!』
「行くぞぉサイリ! 魔力の調整は十分か!?」
「――」
「ちょまっ、起きたばっかでまだ眠いってなんだよ!?」
サイリと問答しながら、案山子に拳を打ち込むイザーク。
『苦労することなく勝利を得られるんだ。
それの何が悪い?』
「七十……七十一……七十二……」
開会式以前のおちゃらけた雰囲気から変わり、真剣な眼差しで素振りを行うイザーク。
『どうだ!?
やったんじゃないの今の!?
うっし!!』
「へっへっへ……やるぞサイリ! 魔法パンチだあああ!!」
右手の拳に黄色の波動を纏うイザーク。次に案山子に振るわれる時には、雷が走って見えた。
『勝つために修練を積んでいるのだ、
目標が達成されることに
越したことはないと思うが?』
「――」
「ワンワン!」
「あ……ああ……」
案山子の右腕が焼けており、更に手先が焼失していた。満足そうでありながらも、自分の目と力が信じられない様子のイザーク。
『その人にボクが頑張ってる所を
見せたいなって思ったんだよ!
世話になってるから!』
「おいアーサー!! 見てくれよ!! これボクがやったんだよ!!」
案山子を抜き取って、自分に見せつけに来るイザーク。
「アーサー!! ボクでもこれぐらいできたんだ!!」
『いや、こう呼ぼう
騎士王と呼ばれるナイトメア――
騎士王伝説の主役、大いなるアーサー』
「これも全部オマエのおかげだよ!! 友達のオマエが、訓練付き合ってくれたからだ!!」
『騎士王アーサーよ
俺は貴様に訊いてみたいことが山程ある』
「見ててくれよ!! 明日ボク、この力で敵をばったばった倒してみせるからさ!! オマエとの訓練の成果、発揮してやるからさ――!!」
日が暮れて、夕食を終えた後も、その訓練の風景が頭から離れない。
「……」
仲間達が起こしていった焚き火の残滓を見つめる。彼らは前日の決起集会とか言って、他の天幕に行ってしまった。
「……イザーク」
何の偶然か、二年生の試合は翌日。対抗戦初回の試合を飾ることになっていた。
そしてその試合は、自分が――
「……やっと見つけた。ここで一人だったんだね」
ふと聞こえた声に、顔を向けようと思ったがやめておいた。
代わりに名前を呼ぶことにした。
「……エリス」
「アーサーどうしているかなって思ったの。天幕生活慣れたかな?」
「……ああ」
「それはよかった。アーサー、イザーク以外と仲良くできるかどうか心配だったんだよ?」
「……何とかやれている」
「そっかあ」
一歩一歩を踏み締めて近付いてくる。
そして自分の隣に座ってきた。
「……」
「……」
彼女の顔を見る気には今はなれない。
最早燃えかすが残っているかも怪しい焚き火に焦点を当てたまま、沈黙を守り続ける。
「……」
「……苦しいんだね」
優しい言葉が静寂を包む。
「苦しくて、辛くて、悲しくて……それが自分の中で抑えきれなくなっているんだよね。どうすればいいのかわからなくて、言葉にもできないんだよね」
的確だった。
「……お前、どうして」
「わかるよ。すごくわかるの」
「だって……アーサー、辛そうな顔して泣いているんだもん」
そうして彼女の顔を見ようと、振り向いた時、
顔から零れた雫が、膝に置かれた手の甲に落ちた――
「あ……ああああ……」
「うう……あああああああっ……!!」
みっともない声を上げて、顔を俯ける。差し出された彼女の手に、縋るように力を加える。
顔から零れる涙は、止まれという命令を聞きはしないだろう。
「助けて……助けてくれ……オレは、オレは……!!」
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