ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第二百三話 開幕と涙と

公開日時: 2020年12月6日(日) 23:33
更新日時: 2022年3月28日(月) 21:19
文字数:2,795

<魔法学園対抗戦・武術戦初日

 午前十時 ティンタジェル遺跡前>








 古代の名残を今も雄弁に伝える遺跡の跡。中央にそびえる城、周囲を囲む街の廃墟。


 そこに続く門の一つの前に、各魔法学園の生徒が集められる。先頭の生徒――生徒会長が、校章の描かれた旗を持って立つ。




 そしてその人物が、特設された舞台に登る時――各魔法学園の旗が降ろされる。








 ハインライン・ロイス・プランタージ・グレイスウィル――イングレンスで最も偉大な王国、グレイスウィルの現国王。








「さて……今年も深緑の折、無事に魔法学園対抗戦を開催できたこと、大変嬉しく思う」






 思慮深い瞳が生徒達を見回す。有無を言わさぬ迫力に、グレイスウィル以外の生徒の思わず黙り込む。




 しかし、エリス達の視線は彼の足元に向けられており――






「……ベロア、ちゃん?」

「ベロアだよね、あれ……?」




 ハインラインの肩に乗ってきたかと思いきや、舞台に乗った途端飛び降りて、周囲をちょこちょこと歩き回り出すカーバンクル。赤毛の中に埋もれるルビーの輝きに見覚えがあったのだ。




 大層ご機嫌そうに動き回られては、国王陛下のありがたい話なんてあったもんじゃない。




 そして。






「……これを持って、開会の挨拶とする。では――」

「私の番ですのー!!」




 音声を増幅させる魔法具をぶん取り、ベロアがハインラインの前に躍り出る。数秒だけキィンという不快な音がした。




「あーあーあーマイクテストマイクテストですのー! よし! 絶好調! というわけで私はハインラインのナイトメア、ベロアと申しますのー!」




 先程の厳かな雰囲気から一変、おしゃまな声が響く。あまりの落差に生徒の間でどよめきが起こる程。




「まー先程まで堅苦しいことをつらつら仰いましたけど! 皆様は今日までの訓練の成果を存分に活かして、熱い戦いを繰り広げればいいんですのー!」


「今回の警備を行っている騎士様や魔術師、学園の先生方を白熱させるんですのー! もちろん私もねっ! 皆様の戦いっぷりに存分に期待しておりますのー!」






 そう言ってハインラインの肩に乗る。






「……彼女の言う通りでもあるな。私個人としても、諸君の戦いには期待している。どうか日頃の成果をここで発揮してくれたまえ――では」






 言葉を切るとすぐさま騎士数人がやってきて、彼らと共にハインラインは退場していった。





 その後各魔法学園に分かれ、これからの動きや日程についての話があった後――











「よーし……最後の仕上げやるぞ!」






 魔法学園別に用意された領地、その一部である演習区画。


 そこにイザークと共に来たアーサー。時刻は午後一時、昼食を食べて英気を養った後である。






「……どのようにする」

「それなんだけどさー、今回案山子が用意されてんだよね。だからそいつ相手にちょっとやってみる!」

「……オレも行こうか」

「いや、オマエはここで待ってて。上級生もいるんだからさ、少しでも離れると取られちまうぜ!」




 直ぐに翻して駆け出すイザーク。




 十分して、案山子を一つ抱えて戻ってきたイザーク。











「へへっ、存外しっかりとした作りで驚いた……ぞっと!」




 案山子を地面に突き刺し、サイリと共にねじ込むイザーク。もう既に汗だくだ。




  『どうにも何も、奴らは要らん雑魚共だ』






「ワンワン!」

「水だな! サンキューカヴァス! アーサーもちゃんと見ていてくれよ!」




 少し離れた場所から様子を見守る自分に、笑顔をかけてくるイザーク。




『ああああああああーーーーー

 ……がんばりゅ

 やってやろーじゃん!!』






「行くぞぉサイリ! 魔力の調整は十分か!?」

「――」

「ちょまっ、起きたばっかでまだ眠いってなんだよ!?」




 サイリと問答しながら、案山子に拳を打ち込むイザーク。




『苦労することなく勝利を得られるんだ。

 それの何が悪い?』






「七十……七十一……七十二……」




 開会式以前のおちゃらけた雰囲気から変わり、真剣な眼差しで素振りを行うイザーク。




『どうだ!?

 やったんじゃないの今の!?

 うっし!!』






「へっへっへ……やるぞサイリ! 魔法パンチだあああ!!」




 右手の拳に黄色の波動を纏うイザーク。次に案山子に振るわれる時には、雷が走って見えた。




『勝つために修練を積んでいるのだ、

 目標が達成されることに

 越したことはないと思うが?』






「――」

「ワンワン!」

「あ……ああ……」




 案山子の右腕が焼けており、更に手先が焼失していた。満足そうでありながらも、自分の目と力が信じられない様子のイザーク。




『その人にボクが頑張ってる所を

 見せたいなって思ったんだよ!

 世話になってるから!』






「おいアーサー!! 見てくれよ!! これボクがやったんだよ!!」




 案山子を抜き取って、自分に見せつけに来るイザーク。






「アーサー!! ボクでもこれぐらいできたんだ!!」




『いや、こう呼ぼう

 騎士王と呼ばれるナイトメア――

 騎士王伝説の主役、大いなるアーサー』




「これも全部オマエのおかげだよ!! 友達のオマエが、訓練付き合ってくれたからだ!!」



 『騎士王アーサーよ

  俺は貴様に訊いてみたいことが山程ある』




「見ててくれよ!! 明日ボク、この力で敵をばったばった倒してみせるからさ!! オマエとの訓練の成果、発揮してやるからさ――!!」











 日が暮れて、夕食を終えた後も、その訓練の風景が頭から離れない。








「……」




 仲間達が起こしていった焚き火の残滓を見つめる。彼らは前日の決起集会とか言って、他の天幕に行ってしまった。






「……イザーク」






 何の偶然か、二年生の試合は翌日。対抗戦初回の試合を飾ることになっていた。




 そしてその試合は、自分が――











「……やっと見つけた。ここで一人だったんだね」






 ふと聞こえた声に、顔を向けようと思ったがやめておいた。


 代わりに名前を呼ぶことにした。






「……エリス」


「アーサーどうしているかなって思ったの。天幕生活慣れたかな?」

「……ああ」

「それはよかった。アーサー、イザーク以外と仲良くできるかどうか心配だったんだよ?」

「……何とかやれている」

「そっかあ」




 一歩一歩を踏み締めて近付いてくる。






 そして自分の隣に座ってきた。






「……」

「……」






 彼女の顔を見る気には今はなれない。





 最早燃えかすが残っているかも怪しい焚き火に焦点を当てたまま、沈黙を守り続ける。











「……」




「……苦しいんだね」






 優しい言葉が静寂を包む。






「苦しくて、辛くて、悲しくて……それが自分の中で抑えきれなくなっているんだよね。どうすればいいのかわからなくて、言葉にもできないんだよね」






 的確だった。






「……お前、どうして」

「わかるよ。すごくわかるの」






「だって……アーサー、辛そうな顔して泣いているんだもん」









 そうして彼女の顔を見ようと、振り向いた時、



 顔から零れた雫が、膝に置かれた手の甲に落ちた――








「あ……ああああ……」






「うう……あああああああっ……!!」






 みっともない声を上げて、顔を俯ける。差し出された彼女の手に、縋るように力を加える。




 顔から零れる涙は、止まれという命令を聞きはしないだろう。






「助けて……助けてくれ……オレは、オレは……!!」

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