また数日後もお見舞い――というより、訪問者がやってくる。
「久しぶりだなエリス。元気そうで何より何より」
「……」こくこく
「ソラも元気そうで何よりだ。魔法学園時代から変わらずだな」
「ありがとう先生~」
「……それで、挨拶も済んだ所で突っ込んでもいいですか?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
ルドミリアの後ろには巨大な荷車、そしてそれに繋がれている黄緑の髪のダークブルーの魔術水晶を入れた女性。
「んだよ朝から……あー。ルドミリア様おはようございます。フィルは相変わらずだなてめー」
「おいアタシを誰だと持ってやがるー!?!? ウィングレー家の血を引くフィルロッテ・ロイス・フィーレ様を「私は人間性含めて尊敬できる人間に対してしか敬語を使わん」
ローザは雑に言い放つと、荷車を手招きしてオーライオーライ。レベッカもウェンディも何事ぞやーと家から出てきて、そして唖然とする。
「根性あるわねえ……」
「雑とも言うね!」
「この荷車は、ローザさんが手配したんですか?」
「ルドミリア様が言ってきた所に私が便乗した」
「アタシは許可出してねーぞ!!!!!」
そんなフィルロッテを尻目に荷車の中身を取り出していく。
「エリスはフィルについては知ってるかな? ウィングレーの宮廷魔術師にして私の従妹だ」
「そして引き籠りでもございますな」
「キャメロンぶっ殺す!!!」
「スケルトンなのでもう死んでいますけどね」
「はいはい。で、今回持ってきたのがこれだ」
ルドミリアが差し出してきたのは本だった。
荷車の中を見てみると、同じような本が山のように積まれている。
「ぬわああああああああああフィル様秘蔵の空想小説コレクションがああああああああああああああ!!!!」
「というわけだ。折角なのでこいつにも役立ってもらおうと思ってな。好きな本をこの中から拝借していけ」
「……」
「ああ、返却期限とか気にしてなくていいぞ。あと返す時には私に寄越してくれれば」
「……」
最新の物から比較的古い時代に描かれたもの、果ては騎士王伝説に民間伝承等々。
古今東西のあらゆるジャンルの本が詰め込まれている。
「……」
「おお、フェンサリルか。やっぱ女子ってこれ好きだよね~」
「騎士王伝説も借りるか。まっ、内容は面白い物が多いからな」
「あと鉄板だと、『名も無き騎士の唄』とか、『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』とか? 他にもロマンス系のやつ借りちゃおう」
「いいか!?!? カバー絶対着けろよ!?!? 汚れとか付けたら承知しねえからな!?!?」
とか叫んでいるフィルロッテは、キャメロンにより上から押さえ付けられ、宮廷魔術師の威厳なぞクソ喰らえな現状。
「♪」
「よしよし、十八冊だな。この機会なんだし、ゆっくり読書をするのを楽しむといいぞ」
「ルドミリア様、わざわざありがとうございました」
「アタシは!?!? ねえアタシの物なんだからアタシ褒められるべきじゃないのーーーー!?!?」
本も借りたということで、五人で集まり読書の秋を謳歌することに。
「……」
「エリスは騎士王伝説か? まあ面白いことには面白いんだけどな」
「何だか嫌っているような言い方ね」
「魔術研究で死ぬ程読み込んでるんだよクソが」
ローザは名前も広く知られていないような、騎士道物語の一つをぱらぱら開いている。
「僕もそれにしよーっと。折角だから、エリスちゃんと同じ所読もう!」
「……」
「ふんふん、『ロマンス全集』か。騎士王や円卓の騎士が、女性を助けるお話がいっぱいのやつだね」
「……?」
エリスは本を開く。頁数は二百程度の、気軽に読める大きさだ。
「おらエリス、ここにココアあるぞ。飲んでけ飲んでけ」
「何だか最初から没頭してる感じ~。ちゃんとお口に入れながらやるんだよ?」
実に様々な話があった。
騎士王が暴漢に襲われた女性を助ける話。ガウェインが若い女性をおんぶして、崩れた地下道を進んでいく話。
騎士王アーサーが神秘の森のニンフと一夜を共にする話。パーシヴァルが魔物を一刀両断して、窮地にあった若い女性を助ける話。
アーサーが城下町の娘と結ばれない恋に落ちる話。あの人が色んな女性に好かれている話。
アーサーに関する話が大半を占めている。
(……)
(……~~~)
(うう~……)
「……エリス?」
「どうしたんだよ、何かあったのか?」
突然本を置いたかと思いきや、ソファーの手すりに顔を埋めるエリス。それを見て心配しない者はいない。
「……」
「ほらエリスちゃん、これに書いて。何か不適切な描写でもあったの?」
「……」
『そんなんじゃないです』
『やきもちです』
「……やきもちだぁ?」
「騎士王伝説読んでやきもち?」
「ってことはアーサー君?」
ウェンディの問いにほんのり頷く。
「はぁ~……正直言わせてもらうが、名前が同じだけだろ。意識しすぎだよ」
「でも重要でしょ。だって考えてごらん? もしも騎士王の名前がアルシェスだったらさ」
即座にソラを殴るローザ。それが終わった後にエリスはのっそり顔を上げた。
「……?」
「確かにエリスちゃんがやきもち焼くのはわかるわー、って話してたんだ」
「……」
「どう? やきもちは少し落ち着いた?」
『少しは 少しは』
「大分焼いてるわね……」
ローザの意見はごもっともで、自分も頭の中では理解しているのだが――
それでも羨ましいとか、アーサーはそんなことしないとか、思ってしまう。
(意識しすぎ、かな……)
(それって、つまり……)
(……)
考え込んだ後、読む本を変えることにした。
「お次は『名も無き騎士の唄』か。これもエンタメ性高いよな~」
「読んでるだけで楽しくなる話がいっぱいだ!」
「♪」
ソラの言う通り、エリスはご機嫌で本を読み進めていく。
すると--
「……!」
「あ? 今度はどうした?」
「~」
「おう、この話を見ろってか。どれどれ」
『かの騎士が頓珍漢なのは今に始まったことではないが、今日は流石に神経を疑った。町全体を巻き込んで立食会なんて、どうしてそうなったのか』
『何でも病床に伏した者の為に、料理を作ってくれる者を募ったのだと。それがかなりの人数で、折角だから全員に作ってもらおうと思ったそうだ』
『いや、それでもこうはならないだろう。だが私も料理を食べさせられたので、そんなことを考える気力もなくなった。満腹のまま家に帰った』
『……しかし料理に込められた情熱が、私に現実と向き合う力を与えてくれたように思う。自殺しようと取っておいたロープを燃やし捨てた。あの騎士は本当に、いつもとんでもないことをしでかす……』
「……立食会だぁ? ははっ」
「~」
「エリスちゃん、武術戦の立食会ってさ、これにあやかってやろうと思ったわけじゃないでしょ?」
「!」
全力で首を縦に振る。
「千年も時間が経てりゃあデジャビュなんてザラにあるよ。とはいえ、昔の人もこんなことしてたんだって思うと、ちょっとラッキーだよな」
「先達ってつくと何でも偉大に思えちゃうからね~」
散り行く紅葉が庭に落ちていく。赤が地面を彩っていく光景は、秋の風物詩とも言えよう。
ローザは論文を纏めながら、ソラは椅子に座りながら、ウェンディはエリスの隣でくっつきながら。それぞれが思い思いに本を読んでいる。
「ってー。レベッカは何か読まないのー」
「私はいいかなー。借りてきた本ってさ、空想系ばっかじゃない。私ノンフィクションの方が好きだからさあ」
「おらー!!! つべこべ言うなー!!!」
「ぎょわー!!!」
ウェンディは一冊の本をレベッカに押し付ける。
それはおどろおどろしい人間が表紙に描かれ、恐怖心を煽っていた。
「何よこれは……あ? 『亡霊事件全集』? さては自分が苦手だからって押し付けたわね」
「そんなんじゃ絶対にねーです!! ぶるるっ!!」
「貴女それでも前線張る騎士なのぉ~? 私はちっとも怖くないんだから!!」
そこまで二人して怖い怖いと言われると、興味が沸いてくるエリス。
「……?」
「あ、エリスちゃん気になるー? まあ、亡霊って割り切っていればそんなでもないんだけどね……」
「……」
「その目はもしかして、亡霊をあまり知らない感じね。じゃあ先ずはそこからね~」
レベッカによると、亡霊とは昔の誰かが蘇った存在--なのだそう。
「人の魂が強い執着を持つと、天上に赴かずこの大地に残る。それが心や記憶を維持して、ぼーっとしてるか害を与えるかのどちらかをしてくるのよ」
「で、そーんな亡霊達がしでかした諸々を、面白おかしく纏めたのがこれってこと。この系統の話なんて溢れ返っているわよ!」
「……」
エリスは『亡霊事件全集』の表紙を、まじまじと見つめる。ここまで怖いと一周回って怖くなくなってきた。
そこでレベッカと一緒に本を開き、一緒に読むことに。
「♪」
「娯楽性のあるホラーってのもいいわよねえ~。そんな風に構えなくっちゃねぇ!?」
「何でうちのこと見るのよぉ!!」
「亡霊っつったらウォーティガン……あんにゃろうまだ浄化されてねーんだが」
「この間ウィンチェスター付近で暴れてたらしいよ」
「何が目的だよ。あの虚無しかないクソ遺跡に……」
「ウォーティガンの思考回路なんて理解しようとしちゃ駄目だよロザリン」
別に共同作業でなくとも、同じ空間にいるだけでよいこともある。読書会はその最たる所だろう。
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