「うっす~~~」
「おいす~~~」
「さーて今日も頑張るべ」
「ちょっと待て早すぎないか」
前年度から引き続き履修している氷属性魔法学の授業。友人との挨拶も早々に済ませ、リーシャは触媒を鞄から取り出す。
「ん~……杖はいいんだけどなあ。何か鞄から出すの面倒臭いな」
「そこまで考えてるの!?」
「そりゃあもう。だって私は強くならなきゃいけないもん!」
教わった魔力錬成の訓練も、魔法を撃つ態勢の練習も、やれることはやれるだけやってきた。
それもこれも友達の背中に立ちたいと思ったから――というのも結構最初の方の動機に成り下がりつつある。
「あ、あのホイップクリーム頭は」
「四年のネヴィル君だ。何用だろう」
名前を勘付かれた彼は、そんなことも知らずにどしっと鞄を置いて、こんにちはと言って周囲をぐるり。
「……あれ? あれれ?」
「へいへいネヴィル君、ここ五年生の魔法学だぞ。飛び級で受けにきたのか?」
「……」
顔を真っ赤にしてぎこちなくする様からは、どうやら彼は授業の時間を間違ってしまったらしいということが受け取れる。
そんな彼をみすみす見逃す気分にはならなかったリーシャ。
「ネヴィル君! この授業時間は暇かね!」
「ひえっ!! リーシャ先輩!! ああああああリーシャせんぱああああい!!」
「元気がよろしいな! 暇だと言うのなら私の訓練に付き合え!」
「勿論でございますっっっ!!!」
(……そうだ!! そうじゃないか!! 魔法学園の中では、リーシャさんは僕の物……)
(んふふ……んふふふふふふふふふふふふふふ……!!!)
「何だネヴィル君顔がおかしいぞ!!」
「え゛っばっ申し訳ありません!!! では不肖ながらこのネヴィル、お付き合いさせていただきますっ!!!」
訓練すればする程、魔力を操作できる。魔法現象を支配できる。
「円舞曲は今此処に、残虐たる氷の神よ! 氷よ舞い踊れ!」
自分のイメージ通り、今回は相手の視界を霞で覆う妨害魔法が引き起こされる。訓練用の案山子がぐるぐると回ってから、事切れるように倒れる。
訓練を積めば積む程、更に上位の現象を引き起こせるようになる、この感覚が最高に溜まらない。
「ふふん……ちょっとだけ目標が逸れたかな! でも、威力は十分!」
今の自分は、向上心の結晶。友人のことをあっさりとさておけるぐらいには楽しい。
「……」
「……」
「んん~……!!!」
「こんにちはございます!!!」
「ぎゃーっ!!!」
飛び上がった後に慌てて見ていた物体を隠すのは、曲芸体操部四年のミーナ。ルンルンのネヴィルは上調子な声であいさつをしてくる。
「ミーナさん!!! お疲れ様です!!!」
「お、お疲れ様ですネヴィル。して、随分とご機嫌ですが何かあったんですか」
「ふっふっふ……それ聞いちゃってくれますか……」
「答えを求められなくとも答えちゃいますよー!!!」
「実は、先程、リーシャさんと一緒に魔術訓練したんですよーーー!!!」
その場で何回転もしてみせるネヴィル。ミーナはああそうですかと胸を撫で下ろす。
「嗚呼、やはりリーシャさんはお美しい!!! このネヴィルが惚れ込んだだけはありまする!!! リーシャさん最高ー!!! もっと言うならば魔法学園でその美しさを独占できちゃうなんてうひょー!!!」
「……」
カル先輩、もといカルディアス王子とリーシャがいい感じになっていたのを、母のミズリナが見掛け――
それをミーナに教えている所を、更にネヴィルが立ち聞きし――
屈辱を知った彼がニライム氷海を見下ろせる峠で敗北の雄叫びを上げてから約三ヶ月。
以来この有名音楽家の一人息子はこんな感じでテンションがおかしい。
「お疲れ様でーす!」
「んほおおおおおおリーシャさん!!!」
「あ、先輩お疲れさ……待って!!! 後ろに回り込まないで!!!」
しかし時既に遅し、リーシャは部室の隅に置いてあった、ミーナの所持品をまじまじと見つめている。
「おおこれは!! ギター!! しかも魔力回路が通ってるやつ!!」
「……イザーク先輩に見繕ってもらいましたあ!!!」
「イザリンにか!!! あのバカ何か余計なこと言ってなかったか!!」
「言うわけないじゃないですかぁー!!! うええーーー!!!」
自分のロッカーに押し込むように、ギターを仕舞うミーナ。
「何で持ってきたの? 魔法音楽部の部室に置いておいていいんじゃないの?」
「自分で! 練習しようと思いまして! あの、その……こっちもあるので! バンドで足並み揃えて練習するの、厳しいっていうか……!」
「ああー、そういう流れなのねーふいーよっこいせっ」
話しながら片手間でレオタードに着替えたリーシャ。にまにましながらぷっくり中央が膨れている、ミーナのロッカーを見遣る。
「まあ頑張れい! 私も魔術に曲芸体操頑張るからさ!」
「負けませんからね、魔法音楽も曲芸体操も!」
二人の生徒は着替え終わり、ずかずかと講堂に向かっていく。
「……!」
「はうわあっ!? タクティ!? 僕は今一体何を!?」
「!!」
「あ゛ーっ!!! リーシャさーん、ミーナさあああああん!!!」
『ほら見てネームレス。雪が舞っている。遠くには青空が見えているのに降るなんて、私の練習を労わってくれているのかしら?』
『勿論だともヴェローナ。天におわす神々ですらも、君の演技に見惚れて喝采を送っているのだろうさ』
『まあ、そんなこと言って! この雪全てが粉砂糖になって、そのまま口に放り込んでいるような、可憐な甘さが広がっているわ。私は幸せよ!』
『菓子職人の喜びとは、食べてもらえた人に笑顔になってもらうこと。嗚呼、私は実に果報者だ――』
演技の供に氷華を咲かせることは、以前よりも容易になっていた。
自分の中の有り余る魔力を、放出させて型に押し込んでいるのだ。力づくな面がある一方、洗練すればかなり伸びるということ。
それが自覚できているから、演技の練習が今非常に楽しい。
「すげ~」
「さっすが未来のプリンシパルは違うわ~」
「しかもぉ、今練習している戯曲ってぇ……」
生徒が言い掛けた所で、リーシャが休憩がてら体操マットから起き上がってくる。
「お疲れ様ー!」
「なのです!」
「おっつー。カルディアス陛下のお気に入りちゃんっ」
「その言い方やめろー!!」
「だって事実だろうがっ。さっきの戯曲って、リーシャに送られたラブレターって聞いたよ~?」
あの後定期的に文通を行っており、その際に楽譜が数枚挟まっていた。
流石に音楽部を動員させるわけにがいかないので、イザークからサイリを借りてきて、奏でてもらって練習をしている。
楽譜の名前は『ライムライト:リバース』。但し仮称且つ未完成となっている。
「違うって! 私はりんしょーしけんといいますかあ、じっしょーしけんといいますかあ、とにかくそういうことをしてんの!!」
「難しい言葉使われるとわかんねーぞリーシャン!!」
「先輩が!!! まだまだ構想段階だからって!!! 実際に舞ってみた感想が欲しいっていうから!!! やってやってるだけですー!!!」
「仕方なくやってる感を出してんじゃないよ!! ノリノリの癖に!!」
「顔真っ赤にしてる癖にー!!」
「いやー仕方なくですよ!? 私他にもやらなきゃいけない練習あるからなー!! あー時間が潰されて「リーシャ! 来ていたのかい! ついでにカルからの手紙も来ているよ!」
その手紙を持ってどすどすやってくるのはハンナであった。送られる視線が更に好奇的でいやらしくなっていくのを感じるリーシャ。
恥ずかしさに固まってしまった彼女の代わりに、スノウが要件を聞く。
「せんぱいからお手紙なのです?」
「そうさねえ! あいつ、慌てて書いたのか何なのかわからないけど、宛先間違えててさ! 中身確認してびっくりしたよ!」
「ちょっと待って中身確認したって何ですか!?!?」
当のリーシャ本人より先に飛び付く五年生部員達。
スノウは手紙をすぱっとハンナの手から奪い取ると、そのまま頭上で両手で挟みながら逃走を開始。
「スノウは騎士のつとめをはたすのです! 手紙は読ませないのでーす!」
「よっしゃースノウちゃん!! いけいけスノウちゃん!!」
「スノウはやったるのでーす! ふふん!」
ぽとっ
「あーっと中身の便箋が零れ落ちたあ!!」
「なっ、なのです!?」
「勝った!!!」
素早く拾いあげられ、ばっと開かれ、
読み上げようと思った生徒はかっと目を見開く。
「こ、これは!! 読み上げるこっちが小っ恥ずかしくなるような情熱的な愛の言葉が綴られている!!」
「具体的に表現するなー!! 返せー!!」
「返すのでーす!!」
「あっはっは! まあ楽しくおやり!」
「楽しくおやりじゃないんですよせんせーい!!!」
こうして講堂全部を使って追いかけっこが始まる。貴族令嬢の皆様が殆ど学園及び曲芸体操部に来なくなってからというものの、大体的に追いかけっこもし放題はしゃぎ放題。
他の課外活動にあるような、身分の隔たりも特にない、平和な時間が流れていた。
「……ジョウネツテキナアイノコトバ……」
「ボクノウエヲイキヤガル……」
「ウオオオオオオアアアアアアアーーーッアッ」
ぱたり
「?」
「サイリさん、ネヴィル君は最近こんな調子なんでほっといて大丈夫です。あ、これ私のスケジュールなんですけど、帰る時イザーク先輩によろしくお願いします」
「!」
「さ、サムズアップ……こうですね!」
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