ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第二百五十六話 アーサーの人間性

公開日時: 2020年12月9日(水) 10:12
更新日時: 2022年5月26日(木) 00:05
文字数:4,298

 前期末試験も迫ってきたある日。アーサーはハインリヒとルドミリアに呼び出され、例の件についての説明を受けていた。






「……フサルク文字?」

「ああ。今我々の使っている文字とは、全く異なる文字体系だ」



 そうしてルドミリアは、手書きで書かれた一枚の紙を差し出す。



「丸をつけているのが、今回君から教えてもらった文字だ。フェイルは与える、ウィンは結果、ハガーラは変化を意味する」

「……変化を齎す結果を与える?」

「そういう解釈になるな」

「……」



 文字の一覧をじっと眺める。


 その文字はどれもが、数本の線から成り立っていて、普段使いにするには不便そうである印象を受けた。



「この文字は一体どんな人達が使っていたんですか?」

「それがだな……どの歴史書を漁っても、そのような者は見つからないんだ」

「……?」


「それを使用していた人間がいないのに、何故か文字だけが体系化されている。わかっていると思うが、これは不思議なことだ。今でも大勢の学者が研究しているが、そのルーツは明らかになっていない」

「ふむ……」


「そして、フサルク文字にはもう一つ大きな特徴があってな。文字自体が魔力を有するんだ」

「文字に魔力が?」

「実践してみましょうか」



 ハーブティーを飲んでいたハインリヒが立ち上がり、


 テーブルに近付き、そこに魔法陣を描いていく。






「魔法陣の術式についてはわかりますか?」

「はい。単純な図形を組み合わせて、一つの命令を指定するんですよね」

「その通りです」



 ハインリヒが描き上げたのは、二つに区切られた魔法陣。半分には普段見慣れた形の術式、もう半分には文字が一つだけ描かれている。



「何か小物は……万年筆で結構でしょうか」

「この術式なら私のも使ってください」

「ありがとうございますルドミリア先生。では……よく見ておいてください」



 術式に重なるように、万年筆が二つ置かれる。






「|夜想曲の幕を上げよ、《カオティック・》|混沌たる闇の神よ《エクスバート》」




 紫光が煌めく。ここまではアーサーも慣れ親しんだ光景だ。






「……っ」




 魔法陣の上には、紫の鎖で拘束された万年筆が二つ。だがその効果は明確に違っている。


 より堅く拘束されているのは――一文字しか書いていない術式の上に乗っている方だった。






「一文字だけでこんな……」

「これがフサルク文字です。今用いた文字はナーシア、意味は拘束です。また、今の実演では一文字だけを用いましたが、同じフサルク文字と共鳴して魔力を大幅に増幅させる性質も有しています」


「……ということは」

「三つだったらかなり大幅に増幅されるな。二を三つ掛けて八になるって程度ではない、大体三十二ぐらいにまで増えるぞ」

「……」




 そんな魔法が、あの場で放たれていたとしたら――




「本当に運が良かった。あそこで誰かが止めなければ、最終戦が本当に中止になる所だっただろう……」

「……」


「偶然目覚めて通りかかったとのことでしたね。いやはや、神も気紛れなものです。まるで貴方を遣わせたみたいだ」

「……」






 その時聞こえた、虚空からの声については――今は黙っておくことにした。




 言った所で情報が少なすぎると思ったからだ。






「以上で君が教えてくれた文字についての説明は終わりだ。それを用いていた連中については、こちらで調べておくから心配しないでほしい。まあ、大方カムランだと思うがな……」

「……北東にある孤島、カムランを本拠地にしている魔術協会」


「そうだ。研究している魔法は黒魔法なのではという噂が後を絶たなくてな。何ならフサルク文字は、黒魔法から発展した文字体系だからな」

「そうなのですか?」

「先程も言ったが、複数の文字を掛け合わせた際の増幅量が異常なんだ。それこそ、何か別の命を触媒にしていないと説明がつかない。文字自体に何故そのような現象が起こるのかは、未だ不明だがな……」

「……」




「そんな連中は十年ぐらい前から細々と活動していたみたいだが、ここ最近になってどうも露出が激しい。昨年の建国祭、それの晩餐会にも来てたしな」

「実は武術戦にも何名か顔を出していました。その中には代表のルナリスも入っています」

「代表が?」



 そんな奴がのこのこ顔を出していいのだろうか。



「どうにも研究仲間を欲しがっているらしいな。色んな地域に行ってはせっせと勧誘活動を行っている。そういう場合は、代表が出て行くとやりやすいからな。今回は学生達を狙ったみたいだが、怪しいのでこちらから遮断させてもらった」

「道理で姿を一切見かけなかったわけだ……」

「そんな実績も挙げていない、教師達にも碌な説明をできない魔術協会なんぞ信用できるか。ウォーディガンを擁するキャメロットも大概だがな。さて……」






 ルドミリアが二歩下がり、ハインリヒが書類を見せてくる。






「次に貴方が見たという幻についてですね。大勢の敵を倒すという使命感が襲ってきたと」

「はい……」


「歴史書から騎士王が関わった戦いを探しましたが、恐らくこれが該当するかと」






『歴前七年 瘴気の影響を受けた魔物による、ティンタジェル襲撃』






「……」

「この文献には千を超える大群、それも大型の魔物を主体として襲撃してきたと記されています。それらある一人の男が率いていたとも」


「……全部オレが倒したんですか」

「町の警護についていた騎士数十名、それからマーリンも出撃したとの記述もあります。しかし、率いていた男も含め、その殆どは貴方が殲滅したと」

「……」




 壁画にはその通り、鎧を着た人間と魔物が戦う様が描かれている。


 その上を飛び交うように移動して、剣を振るう鎧の少年――




「……ありがとうございます。こういうことがあったと、知れただけでも心の整理がつきます」

「うむ、そうだな……昔にあったことは覆せない。ましてや千年以上も前のことだ、気にする意味はあまりないと個人的には思うぞ」

「……」




 ルドミリアの言うことは尤もだが――


 それはさておき昔の自分の姿を壁画で見るのは、不思議な気分になる。そこにいるのは自分ではないのに、自分であるのだ。




「私達から伝えられることは以上です。何かご質問は?」

「いえ、特には。また何かありましたら連絡します」

「了解した。くれぐれも健康には気をつけてな。対抗戦で体力を使った上に、前期末試験もある。ここで力尽きると、臨海遠征を楽しめなくなるぞ?」

「はは、そうですね……気張らずに頑張っていきます」




「では、失礼しました」




 お辞儀をし、扉をしっかりと閉じて、空き教室を後にする。






「……少し見ないうちに、あそこまで敬語が達者になるとは。やはり子供の成長というものは目覚ましい」

「それだけ刺激的な体験を沢山してきたということでしょう。喜ばしいことです」






 ハインリヒはハーブティーを飲むと、ふうと一息つく。






「……ハインリヒ先生。アーサーの研究の進捗は如何程で?」

「現在は彼の魔力構成に含まれている、術式を割り出しています……一々血液を提供していただかないといけないので、頻繁にはできないんですけどね」

「そうでしたか……後で資料を回していただいても?」

「四貴族の皆さんには勿論お教えしますよ。その前に簡単に解説しますと、そうですね--」




 窓の外に目を遣って、一呼吸挟んでから。






「……ウォーディガンの魔術理論。魔力を押し固めて育てると物体が形成されるという、あれに近いものを感じています」











 校舎を出た後は、ぼんやりと歩いて帰る。既に生徒の殆どが寮に帰っており、課外活動で残っている生徒は数少ない。






「臨海遠征か……もうそんな時期なんだな」

「ワンワン!」

「ブルーランドって言うぐらいなのだから、海が綺麗なのだろうな」

「ワオーン!」


「……何? エリスがどんな反応するか楽しみ?」

「ワンワンッ♪」

「……言われてみれば、ログレスに住んでいると海が身近に感じられることって殆どないのか。グランチェスターまで急ぎで行っても七、八時間は必要だし、ゆったり行けば三、四日。そもそもあの町は海岸線が整備されていないようだし」


「ワン……ワオン?」

「……ん?」




 気付いたら薔薇の塔まで辿り着いていた。


 それはいいのだが、入り口の隣で、がっくりと四肢をついていた知り合いが約一名。






「……イザーク?」

「ああ……アーサーか……アーサーあああああ!!! 助けてくれえええええ!!!」

「お、落ち着け。何があった」

「ボクやっちまった……やっちまったよぉ……!!!」

「だから何があったんだ?」

「ボクさあ、ボクさあ……!!!」








『うわああああん!!

 今度の前期末試験、

 どっから対策すればいいかわかんないよおおおお!!』


『あ、イザーク先輩!!

 ちわっす!!

 今試験勉強に焦って絶望している所っす!!』


『そうっすね!!

 帝国語も魔法学もやばいっす!!

 でも特に算術が終末的でもうおしめえだああああああ!!』


『……え!?!?

 先輩去年の前期末試験の算術、満点取ったんっすか!!


 そいつはスゲエ~~~~~ッ!!

 よかったらオレに教えてくれませんか!!』


『教えてくれるんですか!!


 やったーーーー!!


 これでオレは勝者になったも同然だァ~~~~~ッ!!!!』








「……って!!! 言っちまったんだよ!!!」

「……」




 アーサーは知っている。確かにイザークは、前期末試験では優秀な成績を上げたが、後期末試験ではズタボロだったことを。




「頼む助けて!!! このままじゃ先輩のメンツがクライマックス!!! 一緒にアデルに教えよう!!! ねっ!?!?」

「……何時からだそれは」

「あと十分後!!!」

「……」




 はてさてどうしたものか。


 まあ友人として助けた方がいいんだろうが――でも放課後だし、流石にエリスも心配するんじゃなかろうか。






「おおアーサー、こんな所で奇遇だな」

「……あ、アレックスさん。こんばんは」

「ワンワンワン!」


「寮長ちーっす!!」

「はは、元気が良いようで何より。それを活かして、ちょっくら俺の仕事手伝ってくれないか?」



 そう言う彼は、ナイトメアのブロットと共に大量の草を抱えている。



「向こうにもいっぱいあるんだが、俺一人じゃどうにもな……手伝ってくれないか?」

「……」


「……アーサー君? まさか、そっち手伝うつもりなの? ボクがこんなにも懇願しているのに???」

「いや……」

「銀貨一枚でどうだ。当然他の人には内緒だぞ」

「……」




 イザークの服を掴み、無理矢理立ち上がらせる。




「い゛っ!?」

「裏切るような真似はしないさ」

「え゛っぢょっ」


「二人で急げば十分で終わる。アレックスさん、そこに案内してください」

「おうよ、ついて来い」


   <テメッ、

    人の話聞いてたかあああああーーーー!?!?!?






 この後日がとっぷり沈むまで作業をし、その後算術を教えて帰ったため、




 エリスにそこそこ叱られることになりましたとさ。

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