こうして午後は二手に分かれて各自で作業を行う。前回キングスポートに同行した三人、イザーク、クラリア、ヴィクトールが今回は居残り組だ。
「つーことでやってきました……ボク初めて来るんだけど、王立図書館」
「アタシもないぜー! ヴィクトールは来たことあるのかー?」
「頻繁に通ってはいる。魔法学の書物や論文のうち、重要な物は大方ここに収められているからな」
建物に近付くにつれて、歩いている人々はどんどん静かになっていく。荘厳とまでは行かなくてもちょっと委縮してしまう雰囲気だ。
「先程サラも言っていたが、王立図書館はイングレンスの中では最大の図書館。世界に出回っている書物や絵巻は大体収められている」
「あれ、ケルヴィンが一番じゃないのか。あそこって叡智の国って呼ばれてるから、それっぽいのもあるのかと」
「ケルヴィンは二番目ということになっている……しかし規模的にはごく僅かな差だ。俺は一度だけ立ち入ったことがあるが、似たような蔵書量だったぞ」
「そんなもんなのか~」
そうこうしている間に入口に到着。流れるようにパンフレットを一枚抜き取るイザーク。
「この広さで六階建て……んっへえ」
「目当ての本を探すのが大変だぜ!」
「そういう場合の為に蔵書検索機能がある。図書館証を発行していると使えるんだ」
一行は階段を上って二階に向かう。ここは構造上、一番最初に訪れる蔵書区画である為、総合受付の役割も兼ねているのだ。
「蔵書検索機能を使用したいのですが」
「かしこまりました、図書館証の提示をお願いします」
「こちらに……」
ヴィクトールが受付とやり取りをする様子を、後ろからぼけーと見つめるイザークとクラリア。ついでに本棚の数々も見遣り、天井にまでくっつきそうな高さに唖然としかしていない。
「成程、恐るべき八の巨人について知りたいと」
「はい。巨人関係の書籍だと、『古に生まれ落ちし存在』という書籍が一番良いと思ったのですが……」
「少々お待ちください……」
文字を表示する魔法具にすらすら触れ、結果が出るのを待つ。
数十秒経って司書は微妙そうな表情をした。
「蔵書数は五冊……ですが、全部借りられていますね……」
「……借りられている」
「この間火の巨人が出てきましたからね……これを機に巨人について知っておきたいって人が増えてきまして」
司書が手で差した先には、巨人関係の本を纏めた特別展示がある。
「歴史や考古学関係の本だと、表題に巨人となくても、中身を見れば実は巨人について記述されている、というのも大いにあります。それを探してみるのもいいかもしれませんね」
「そうさせてもらいます。お手数お掛けしました」
この一連のやり取りの内容を、イザークとクラリアにも伝える。
「んじゃ~……探すか。歴史関係の本ってどこにあるん?」
「五階だな。かなり階段を昇るぞ」
「昇降機って選択肢はないんですか!!」
「俺もできるものならそうしたいが結構待つぞ……」
「アッハイ」
「提案なんだけど、アタシ先に飯食べたいぜー! さっきレストランを見つけたぜー!」
「いいねそれ、腹が減っては何とやら!」
「ならばその通りにしよう……」
食事を取って栄養補給。元気も一杯になった所で活動再開。
五階まで昇った後地図と睨めっこしながら、有益な書籍を探す。
「こいつはどうだー? 『遺跡巡り』!」
「石の遺跡、フルングニル関連か。一応中身を見て、該当箇所を抜き出しておいてくれ」
「合点だぜ!」
「歴史関係じゃねえけどこんなのあったぜ。『徹底検証! アエネイス大監獄の謎!!』」
「ふむ、コキュートスについてか。一応持っていこう」
「あいよー!」
このようにそれっぽい本を探して見つけては、ちょっとした記述でもいいのでちまちま抜き出して情報を集めていく。
だがそれらは大抵本筋ではないので、情報量は多くない。
「がーっ、手が疲れた……クラリスゥ……」
「図書館においてナイトメアは出せないぞ……狭くなるからな」
「ちくしょー……作業を任せたいぜ……」
足がやや棒になってきた状態で、なおも動くクラリア。
「……ん?」
その目がちょっと開き、やや興奮気味になる。
「おーい! ヴィクトール、イザーク、ちょっと来い!」
「そんなに大声出してどうしたんよ」
「叫ぶな、静かにしろ。何があった」
「これ、さっきヴィクトールが言ってた本じゃないか?」
クラリアは一冊の本を手に取り表紙を見せつける。
そこには確かに、『古に生まれ落ちし存在』と書かれてあった。
「……」
「おお、何だよあったんじゃん。検索機能が壊れてたのか?」
「いや、そんなことは……それなら案内に出ているはずだが」
「そもそもこれって本物かー? どうなんだー?」
「昔俺が読んだことある物と……同一だ。断言する」
「ええ、どういうことなんだ……?」
「……」
考えても仕方ねえぜ! と拍車を掛けるのはクラリア。
「こいつには巨人のこと、沢山書かれてあるんだろ? さっそく読んでみようぜ!」
「そうだな……あるならあるに越したことはないのだからな」
三人で机を占領して、一緒に本を読み込む。
巨人の容貌、習性、歴史、神々に逆らった巨人、巨人関係の遺跡等、知りたい情報がてんこ盛り。本当にこれ一冊で巨人のことを知り尽くせるのではないかと思える。
「ふー、そろそろ終わりだな……」
「恐るべき八の巨人、その関連場所が判明したのは大きいな」
「スルトはこの間やられたから、海、石の遺跡、ロビン・フッド、砂漠、ウェルギリウス島、ケルヴィン、クロンダインだぜ!」
「そう並べられてみるとざっくりしすぎだな……どう情報を漁っていきゃぁいいんだよ」
「巨人は世界の黎明期、まだ人間の文明なんぞ影も形もなかった頃の存在だ。当然発掘される遺物も途方もなく古く……」
頁を捲る係になっていたヴィクトールの、その手が止まる。
「……どうした? 早く捲ってくれよ。いやもう後書きだから別にいいかもしれねえけど」
「……貴様等も一緒に目を通せ」
「んー?」
後書きの最後にあった記述。これを読むのが初めてであるイザークとクラリアでさえも、それに違和感を感じた。
それまでの文章と比べて、明らかにそこだけ口調が違う。まるで第三者が加筆したように。加えて発行年月日が記載され、これにてお開きといった状況の中で、更に文章が続いていたのだ。
『後書きまで読むあなたは凄く殊勝な人間のようですね~。偉いです~! そんなあなたの敬虔さを湛えて、ヒントを与えちゃいます!』
『巨人の絵に時折見られる額の描写。大抵はその巨人を象徴する色で塗り潰されているのですけど、そこには何があったと思います?』
『訊ねておいて正解を言ってしまうのですけど、そこには石が埋められていたんです。巨人はもう本当に、馬鹿みたいな魔力を秘めていて、それが肉体で保持できなくなると結晶化して、額に石となって現れていたんですね~』
『恐るべき八の巨人にもなると、その大きさは予想以上! 人一人が両腕を思いっきり広げて、相応の筋力を以てしてやっと運べるぐらいかしら!』
『それ程の大きさとなると、秘めている魔力も膨大で絶大なもの。まあこの世界にはより大きい石……魔力を秘めているから魔石ね。もあるにはあるでしょうけど、形が全てではないんですよ~! 私が言うんだから間違いないっ!』
『そんなことはともかく、重要なのは一つの事実。少なくとも恐るべき八の巨人は額に魔石が生えていて、それには莫大な魔力が秘められている。だって神々を苦しめた存在だもの――そりゃあ神々にも匹敵する力を持っているのも当然よね!』
『巨人一人を封じ込めるのに神一柱があたった。ということはあの巨人共の一人当たりの力は……魔石に秘められた力は神一柱に匹敵するということ。それが八つも集まったら……多分創世の女神をも超えるのでは?』
『新たなる万物の主になりて、このイングレンスの世界の秩序を覆すことも、不可能ではないかもしれませんね――?』
どこか適当で、はぐらかしているような文章。
だが何故か、その内容は当然であると、信じ込んでもおかしくないような、妙な説得力がある。
「……どうすんだ、これ?」
「取り敢えず俺達の方では写し取って……司書に報告するぞ」
「しちゃっていいのか?」
「蔵書は数までしっかり管理されているのだ、仮にここで放置したとしても、そのうち判明するだろう……」
「もしかしたら、魔術師さんの巨人研究もこれで進むかもしれねえな!」
「間違いなく新たなる見地が開かれるだろう。だが……うむ」
「ヴィクトールの懸念、ボクでも何となーくわかるぜ。こんなぽっと出の記述、しかもちゃんとした論文じゃなくって既存の本を弄ったときた。根拠にするにはどうにもなあ」
「……だが、現状はこんな僅かで不確かな記述にも縋りたい程、逼迫していると聞いている。何せスルトの復活には不可解な点が多すぎるからな――」
顔も名前も知らない誰かに言わせると、この記述は『ヒント』らしい。
それを成果にして三人は、図書館から島に戻っていく。
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