こうしてゴンドラはリネスの街を一周して戻ってくる。舟乗りにチップ代わりの銅貨二枚を渡した後、改めて街を見上げるファルネアとアデル。
「……大きいんだね、この街って」
「経済の中心だからな。金が集まる場所には人も集まるんだよ」
「……」
「ん? どうした?」
「えっと……そういうこと言うの、どっちかっていうとわたしの方じゃないかなって……」
「そういうこと気にしちゃう~? ファルネアは可愛いなぁ!!!」
「はわっ!?」
脇に手を通して高い高いと持ち上げる。
人生十年もやってりゃ必然的に不可能になっていくことを、アデルは容易くやってのける。ファルネアは恥ずかしさと楽しさで顔が真っ赤だ。
「……お熱いなあお前ら」
「こちとら男二人で寂しくわっちょっちょーなのによー!!! わっはっはー!!!」
とか何とか茶化しながら、蓬色の髪に三白眼の目付きが悪い生徒と、獅子の獣人の血を引く大柄な生徒がやってくる。
クオークにシャゼムだと二人の名前を知っているアデルは、二人の元に走っていく。
高い高いしていたファルネアを背中にぐるっと担ぎながら。
「クオーク先輩! シャゼム先輩!! ちわっす!!!」
「おうわかったからもう何かあれだわ。お前らの熱波で俺蒸発するわ」
背中におぶられているファルネアはきゅ~と悶え真っ赤に染まっている。
「うっひょんあっひょんなお前ですらも彼女がいるのになー!!! 俺らなんかモテねーもん!!!」
「そりゃあスターゲイジー狂なら人なんぞ寄り付かんわ」
「三白眼で直ぐに人に逃げられるお前が言うかー!?」
「「……」」
「「……あははははははは!!!」」
笑い方に一種の感情――もうどうにでもなれというヤケクソ感が込められているのを感じたファルネアは、背中から首をほんのり伸ばし尋ねる。
「あの……何かあったんですか? わたしとアデル君で良ければ聞きます……」
「ん? おお、俺等の愚痴を聞いてくれるってかぁ!? じゃあ言うけどさ、俺等の友人にガゼルとモニカってのがいんのよ!」
「新聞部のガゼル先輩と何か有名なモニカ先輩! 知ってまっす!」
「俺とクオークはそいつらとつるむ予定でいたんだけどさ~。ここに到着した途端、あいつら予定を不意にしてどっかに行っちまったの! 断りも無しにさ!」
「しかも今に始まったことじゃねえってのがあれだな。最近あの二人不可解な行動多すぎて、加えてその理由も説明してくれねえ!」
「俺達は優しいから何となく事情があるんだなーってのは理解しているが、それとは別に疎外感があって何ともなあ……!」
手出しできないこの状況に、最早笑うしかないといった所だろうか。
「……わたし、ガゼル先輩とモニカ先輩に会ったら言っておきますね。クオーク先輩とシャゼム先輩が心配していたって」
「心配だぁ? へっそうだな、結局はあいつらが何か無茶しないかが心配なんだよな……」
「ほー、兄さん二人揃ってバンドやってんのか! いいぞぅ魔法音楽漬けの若者はおじさんだーい好物!」
「おらはドラム担当だです。できれば皆さんの楽器を見せてほしいだです」
「ボクはベースを担当しています。少し手ほどきを頂ければと……」
「「「大歓迎! お任せあれだー!!!」」」
魔法音楽を嗜む者の溜まり場にやってきていたのは、アサイアとマイクの二人。紅蓮と閃光の活動に活かせればと思い足を運んだ次第。そしてその狙いは的確に命中することになる。
「兄さん、あんた独特な喋り方してんなあ。ジハール訛りか?」
「え、あ、はい? わかるんだですか?」
「そりゃあ魔法音楽家にはジハール出身の者だっていっからな! でもってあの島々の豊かな実りらしい、力強い叩き方だ!」
「だっ、あはっ、えへへへへへ……」
「あらあお兄さん、随分と繊細な指捌きだねえ! 本当はお姉さんだったりするんだろ?」
「……」
「顔真っ赤にして可愛いなー! てことは図星だな!」
等と会話を重ねながら、自分の実力が向上していくのを実感する二人。
そんな最中に一人の生徒がやってくるのだが――
「……」
「誘わないんですか、彼のこと」
「俺らは長年やってっからさ、わかんのよ。あいつは俺らに用がある顔をしていねえ」
そう言われた生徒は足取り良く近付いてくるが、
「……」
「気配を……飛散させている。追跡をしにくくしているんだな……」
呟きが聞こえた後にマイクが彼の名前を思い出す。
「今のはガゼル先輩だです。七年生で新聞部だです」
「ということはお前らの先輩ってことか? 新聞部つーと、何かこの街でスクープのタネでも探していたか」
「いえ、今のは何か……事件よりは人を探していそうでした」
「あ゛~……緊張したあ」
「おじい様元気そうでしたね」
「キアちゃんは部外者だからそう言えるんだよ……めったくそに怖いんだぞあのジジイ」
冷や汗地獄から抜け出したメルセデスは、面会時に貰ったチョコレートマフィンを口に頬張りまくる。
「ぱっさぱっさするぅ」
「お水あるよ?」
「くらはい」
ごっごっごっごっと勢いの良い音が響く。もさもさもさと美味しそうな音も。
「んで、今後どうする? アタシの用事も終わっちまったわけだけど」
「他に何かあるかな、いい感じのお店……」
悩んでいる二人の前を彼女が通り掛かったので、ちょっと声をかけてみることに。
「モニカ先輩! こんにちは!」
「モーニカ先輩っ☆ メルセデス達とお話しませんか~?」
声を掛けられた彼女はというと、
えっと驚いた声を出して立ち止まる。
「あ……あれ? 貴女達、は……?」
「四年生のメルセデスで~っす☆ ほら、武術部にいた弓使いの兎耳!」
「……あ~?」
「同じく武術部を訪れていたキアラです。最近モニカ先輩、よく武術部に来るじゃないですか。それで覚えました」
「そっかー……」
何だかそわそわしていて、今にも会話を切り上げたい様相だ。
「私、急いでいるから、ごめんね!」
「そ、そうだったんですか?」
「ご用事なら私達でお手伝いしますよ~!」
後輩としての務めを果たそうとした次の瞬間には、モニカの姿は消えていた。
不自然な程自然に。瞬きを挟んだ次には、最初から存在していなかったかのような錯覚を覚える。
「何だったんだろうな……モニカ先輩」
「魔法使ってまで行っちゃいましたね。不味かったでしょうか……」
「んじゃあ後で謝っとくかぁー」
「セシル様、ルドベック様。わざわざ本部まで送ってくださり感謝申し上げます」
「いえ、ぼく達も暇ですしね」
「ついでにグロスティ商会本部を一目見ておこうと思って」
赤煉瓦と石が精巧に組み合わさった風麗な建物を前に、セシルとルドベックはオレリアと話している。
近くにいた正門の守衛が、オレリア殿にも友人がいたのかと興味深げに覗いていくるのも気にしない。
「ここはグロスティ家の皆様の実家も兼ねているのですよ」
「住んでいるってことですか。広くて目が回りそうです」
「セシルの実家もこんなじゃなかったのか?」
「そうだったかもしれませんが、遠い昔のことなので忘れてしまいましたよ」
互いに話したいことは話し終えたので、そろそろ別れを告げる時が来た。
しかしその直前に、気になる人物が視界に入った。魔法学園の制服を着た少女が、閉じられている鉄の門に触れようとしている。
「……」
「……あのー、お嬢さん? 何で門にじりじり近寄って……」
「失礼」
動揺する守衛と、その生徒の間に割り込んで入るオレリア。
妹を溺愛していた普段の姿とは一転、グロスティ家の侍女としての顔に様変わり。
「グロスティ商会本部には、会員証及び紹介状、或いはそれらに値する証明を有していないと入れません。仮に貴女がそれを持っていたとしても、何故守衛を無視して進もうとするのです」
それだけ説得されて、とうとう生徒は言葉を発する。
「……あ、はい、すみません。ちょっと気が狂ってました……」
「気狂いですか? だとしても一通り事情徴収をせねばなりません。少し私と来ていただきませんか……」
オレリアにしては温和な説得が仇となったか、少女は逃げ出すように走り去る。
その直後、彼女と入れ替わりに人が来てしまった為、一件落着とはならなくなった。
「……君達。さっきここを生徒が通り掛からなかった?」
「え、生徒ですか?」
「それなら俺達の後ろの方に走り去って……」
「そうかどうもありがとう」
少年は少女と同じような学生服を着ていたので、同級生か何かかなと推測させてくる。
そしてその学生服とはいうと、セシルやルドベックが着用している物と同一であった。
「……グレイスウィルの生徒が一体何をしているんでしょうか?」
「後に来たのはガゼル先輩だな。最近武術部に訓練しに来ていたんだ」
「そして門に近付いていたのはモニカ先輩です。とても魔術が達者な方で……んー」
風貌もかなり整っている方なので、服のモデルとかやってもいいんじゃないと、セシルの師である仕立て屋グリモワールが評していたのである。
ただ風貌と魔術以外に何か話題があるかというと、頭を傾げてしまう。
「モニカ先輩、何も情報がないんですよね。生い立ちや出身地について。本人が隠してるっていうのもあるんでしょうけど」
「ひょっとしてガゼル先輩はそのスクープを追っているのかもな。グロスティ商会と何か関係があるって。あの人新聞部だから」
「……」
本当の記者というものは、取材対象に対して過剰な興奮を見せ、それこそガゼルが見せていたような堅い表情ではないことを、オレリアは十分に知っている。
「サネットさん」
「はい」
「貴女これから対抗戦で野営をするってことをお忘れですか」
「念頭に置いた上で天幕に入れられる量の範疇で厳選したんですよミーナさん!!!」
「三十センチも積んだ高さがあるのにそれを言いますか」
「それでいてネヴィル君」
「僕は十センチですが!?!?!?」
「でも表紙背表紙がえぐいのばっかり選んでいたでしょう」
「ふっふっふ……僕は見てくれよりは中身で勝負するタイプです!!!」
「開き直らないでください」
やれやれと愛想笑い、しかし心のどこかで楽しみを感じていたミーナは、自分の戦利品である古典文学の本をぱらぱら捲る。
その刹那にやや強めの風が舞う。
「んあっ、埃がすごっ……」
「ぎゃー!!! 戦利品がー!!!」
「僕の戦利品が持ってかれるー!!!」
サネットとネヴィルは戦利品を追って路地裏に向かってしまう。
その背中を当然のように追うミーナ。
その先で三人は予想もしなかった物を見ることとなる。
「……」
「……」
「……」
「……ガゼル先輩とモニカ先輩ですね」
「これは、愛の告白のシーン……!?!?」
「お取込み中失礼しましたっ!!!」
失礼しようとするサネットとネヴィルの首根っこを掴み、ミーナは一歩踏み出す。
近辺に住まう者が憩いにしそうな広場であった。その中央を挟んで、ガゼルとモニカは向かい合っていたのである。
だがミーナが演者として磨いてきた直感が、只ならぬ事態であると告げていた。
(これは……死合の予感)
(その理由は存じ上げませんが、それ程までの……)
「先輩、ですよね? 名前は確かガゼル先輩とモニカ先輩」
「お二人共魔法学園の随所で話題になっていましたよ……最近学園の色んな所に出没しているそうじゃないですか」
「そんな二人がこんな広い街の路地裏で出会うなんて。恋愛物語の一節ですかね?」
飄々とした声色を保ちつつ、接近してみるミーナ。サネットとネヴィルはどういうこっちゃと困惑するばかり。
一方でそれをされた二人はというと――
「……じゃあ、また後で会おう」
「ええ、また後でね」
話を切り上げるように立ち去っていく。互いに全く反対側の方向に向かってだ。
「……何だったんでしょうか」
「本当に逢い引き現場だったんじゃないんですか? ミーナさんったら無粋~」
「……」
「サネットさん? 私の力強すぎて窒息しましたか?」
そろそろ二人の拘束を解き、立たせてやる。
ネヴィルは直ぐに戦利品捜索に入ったがサネットはどこか思う様子がある模様。
「あの、モニカ先輩の方……」
「ん?」
「どっかで会ったことがあるような気がしたんですよね……」
「魔法学園ですれ違ったとかではなく?」
「魔法学園……の、入学以前に会ったことがある、ような感じですね……」
理由、動機、目的。どれか一つでも判明しない時、人はそれを奇妙と呼ぶ。
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