ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第二百七十四話 臨海遠征の終わり

公開日時: 2020年12月10日(木) 21:11
更新日時: 2022年5月9日(月) 22:23
文字数:2,884

 時刻が正午に差しかかろうとした海を、一つの小舟が行く。



 乗客は全部で六人――グレイスウィル魔法学園の教師達だ。






「さあ着きましたぜ……先生方」

「ご苦労だった」



 ルドミリアは金貨を数枚、船頭の手に握らせる。



「……重ねて伺いますが、本当にこの島には……」

「他の島は全部探したんだ!! あの子達がいるとしたら、もうこの島しか……!!」

「……すんません」


「ルドミリア先生、少し冷静になりましょう……」

「……そう、だな……」




「ようし――では先ずは探知を――」






 ディレオは探知器を見つめるが――すぐに真顔になる。






「……」

「……先生? どうしました?」


「……いや、あの……この島には、結界が張ってあります……」

「何だと!? そんな話は聞いていな――」

「加えて!! それに加えて、その結界は、たった今、破壊されて――」

「……は?」






 状況を整理しようとした、まさにその時だった。






 何かが破られる音と同時に、




 荒れ狂う竜巻が視界に入ってきたのは。








「……っ!?」

「何だこれ……一体誰が!?」




 そして――




「……!!!」






 竜巻の頂点から、物体が一つ飛び出し――






「……あれ、こっちに向かってきませんかね!?」

「何だと!?」

「急いで避難を!! 先生、早くこちらに――!!」








 そうして飛び退いて数秒後。






 その物体は乗ってきた小舟に丁度墜落し――






 勢いのあまり小舟を転覆させた。








「っ!! み、水が……しょっぱい!!」

「船頭さぁん、ご無事ですかぁ?」

「あ、あっしは何とか……」




 水属性故に耐性を持つミーガンと、小舟に最も近い所にいた船頭が、警戒しながら小舟をひっくり返す。






「ぐ……」




「ぐぞどもがよぉぉぉぉぉ……」






 探索用の魔法具に紛れて、




 足に傷跡を持つ男が、ぷかぷか浮かんで――






「……」

「ミーガン先生、ど、どうでしたか……?」


「……これは、これは。何とも人相の悪い男ですねえ」

「あ……!?!?!?!?」


「睨み付けるだけで抵抗力はなさそうですねえぇ。ディレオ先生、ちょっとこちらにぃ。引き揚げるの手伝ってくださいぃ」

「わかりました!」











 そうして男は引き揚げられ、




 教師達にその顔を曝け出すことになる。






「……!!」

「ルドミリア先生?」




「こいつは……何故、ここに、こんな所に……」

「……知り合い? なわけないですよね。人相が最悪ですもの」

「何だか傭兵ギルドの賞金首になってそうな顔ですね……」

「ご名算だ、リーン先生」


「……冗談で言ったんですけど!? え、本物の賞金首なんですか!?」

「ああそうだ――聖教会の方から、この男を見かけたら始末するようにお触れが来てな。名前は確か――」




「いや……そんなことはどうでもいいんだ!!」






 早く島に向かってほしいと言う前に、




 ハインリヒを先頭に、ヘルマンとディレオが中央部に向かっていた。






「……こいつは私が見ている。ミーガン先生とリーン先生も早く!!」

「感謝しますぅ」

「行ってきます!!」











 決着がついた。




 決着をつけた後に、




 風にゆったりと包まれ着地した先は、




 この短期間で散々世話になった家。








「……アーサーさん」

「……」


「先ずはお先に、お礼を言わせてください……ありがとうございました。本当に、貴方のお陰で……」

「……」


「……ああ、そうですね。貴方には、まだ会うべき人が――」




 ふらふらと、しかし足取り確かに、家の中に入る。








「……」




「……エリス」






 依然として目を覚まさない彼女。




 しかしその表情は、




 どことなく、安息を得ているようで。






「終わった……終わらせてきたよ」




「皆の力があってこそだ。皆……頑張ってくれたよ……」











 足音が聞こえない。不快な臭いだけが鼻を突く。




 恐らく制御する者がいなくなって、自壊を始めたのだろう。




 深呼吸すると却って体調を崩しそうになる。




 それでもだ。






 それでも、嫌に張り詰めていた空気が、解放されて清々しくなるのを感じた。






 精神的な問題ではない。空気の質がそもそも変わっていっている。




 恐らくこの空気が、この島本来のものなのだろう。






 そんな空気を肌に感じ、八人は何も言えずに立ち竦んでいた。











「……おーい! おーーーーい!!!」






「何処にいるんだああああ!!! 皆あああああ!!!」

「何だこの森、木が抉れたように吹き飛んで――」

「あっ!! いました、あそこに!!!」






 聞き馴染んだ声を聞いて、




 真っ先に崩れ落ちたのは――






「……先生!!! せんせい、せんせい……!!! ああああああああ……!!!!」

「リーシャ、リーシャ!!! うわあああああああああああ!!!」





 泣きじゃくるリーシャを、全力で抱き締めるヘルマン。




 彼に続いて他の教師達も――








「ルシュド、よくご無事でぇ……ああ、そのままの体勢でいてくださいっ。今魔法で応急手当を行いますぅ」

「先生……」

「今の貴方は自分が思っている以上に疲れていますぅ。普段の様に気張る必要はありませぇん、私がおぶっていきますよぉ」

「……ありがと、ございま……」






「クラリアちゃん!! ヴィクトール君に、ハンス君も!!」

「先生……」

「せ、せんせ、先生……アタシ、アタシ……」

「クラリアちゃん?」


「アタシ、敵、いっぱい、やっつけ……た……!!」

「クラリアちゃん!! ああ、ボロボロじゃない……!! 待っててね、今魔法を使ってあげるからね……!!」

「うわああああああああ……!! 先生、先生……!!」


「ヴィクトール君、ハンス君。二人もありがとう。生きていてくれてありがとう……!!」

「……」

「……けっ」






「サラ!!」

「……ああ、ディレオ……先生」


「その……抱き締めてあげようか!? ヘルマン先生みたいに!!」

「気持ち悪いのでいいです……」


「じゃあ今ここでしてほしいこと言ってくれるかな!?」

「……なら、回復魔法をかけてくれませんか」

「わかった!! それぐらいならお安い御用さ!!」








「……カタリナ、それにイザークも」

「あ……先生……」

「……いやあ。流石にこれは参っちまいましたよ、先生」




 常夏の島であると言うのに、ハインリヒは普段通りの長いローブ姿。安心できる服装ではあるが、暑くないのか心配になってしまう。


 自分達の体調を差し置いてもだ――




「……エリスとアーサーは何処に?」

「大丈夫です、魔力の気配は感じているんで。まあきっと、妖精の村でしょうね」

「妖精……トロピカルフェアリーですか?」

「流石先生だ、察しが早い。でも……ぶっちゃけ、その辺の事情を話す気力は、残ってないっす……」


「……そうでしょうね。では、姿勢を楽にしてください。今から回復魔法を行使します……」

「カタリナ、オマエも座れや。足ガクガクしてんぞ」

「……うん」






 木陰に座るカタリナと、大の字になって広がるイザーク。


 後は先生方がどうにかしてくれる、どうにかしてくださいと、願いながら身を委ねる。






「ああ……」




「おてんとサマが、あんなにも輝いてよぉ……」




「ホントなら、オマエの下で、遊びまくる予定だったのによぉ――」











 臨海遠征最終日、正午。ようやく彼らの、生死を懸けた戦いは終わった。




 この後は旅館に一度戻ってから治療を受け、他の生徒と共にグレイスウィルに帰ったわけだが――






 それからの日々に苦悩することになるとは、




 これが運命の分水嶺になったとは。




 疲れ果てた身体と心では、到底考えられないことだった。

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