時刻が正午に差しかかろうとした海を、一つの小舟が行く。
乗客は全部で六人――グレイスウィル魔法学園の教師達だ。
「さあ着きましたぜ……先生方」
「ご苦労だった」
ルドミリアは金貨を数枚、船頭の手に握らせる。
「……重ねて伺いますが、本当にこの島には……」
「他の島は全部探したんだ!! あの子達がいるとしたら、もうこの島しか……!!」
「……すんません」
「ルドミリア先生、少し冷静になりましょう……」
「……そう、だな……」
「ようし――では先ずは探知を――」
ディレオは探知器を見つめるが――すぐに真顔になる。
「……」
「……先生? どうしました?」
「……いや、あの……この島には、結界が張ってあります……」
「何だと!? そんな話は聞いていな――」
「加えて!! それに加えて、その結界は、たった今、破壊されて――」
「……は?」
状況を整理しようとした、まさにその時だった。
何かが破られる音と同時に、
荒れ狂う竜巻が視界に入ってきたのは。
「……っ!?」
「何だこれ……一体誰が!?」
そして――
「……!!!」
竜巻の頂点から、物体が一つ飛び出し――
「……あれ、こっちに向かってきませんかね!?」
「何だと!?」
「急いで避難を!! 先生、早くこちらに――!!」
そうして飛び退いて数秒後。
その物体は乗ってきた小舟に丁度墜落し――
勢いのあまり小舟を転覆させた。
「っ!! み、水が……しょっぱい!!」
「船頭さぁん、ご無事ですかぁ?」
「あ、あっしは何とか……」
水属性故に耐性を持つミーガンと、小舟に最も近い所にいた船頭が、警戒しながら小舟をひっくり返す。
「ぐ……」
「ぐぞどもがよぉぉぉぉぉ……」
探索用の魔法具に紛れて、
足に傷跡を持つ男が、ぷかぷか浮かんで――
「……」
「ミーガン先生、ど、どうでしたか……?」
「……これは、これは。何とも人相の悪い男ですねえ」
「あ……!?!?!?!?」
「睨み付けるだけで抵抗力はなさそうですねえぇ。ディレオ先生、ちょっとこちらにぃ。引き揚げるの手伝ってくださいぃ」
「わかりました!」
そうして男は引き揚げられ、
教師達にその顔を曝け出すことになる。
「……!!」
「ルドミリア先生?」
「こいつは……何故、ここに、こんな所に……」
「……知り合い? なわけないですよね。人相が最悪ですもの」
「何だか傭兵ギルドの賞金首になってそうな顔ですね……」
「ご名算だ、リーン先生」
「……冗談で言ったんですけど!? え、本物の賞金首なんですか!?」
「ああそうだ――聖教会の方から、この男を見かけたら始末するようにお触れが来てな。名前は確か――」
「いや……そんなことはどうでもいいんだ!!」
早く島に向かってほしいと言う前に、
ハインリヒを先頭に、ヘルマンとディレオが中央部に向かっていた。
「……こいつは私が見ている。ミーガン先生とリーン先生も早く!!」
「感謝しますぅ」
「行ってきます!!」
決着がついた。
決着をつけた後に、
風にゆったりと包まれ着地した先は、
この短期間で散々世話になった家。
「……アーサーさん」
「……」
「先ずはお先に、お礼を言わせてください……ありがとうございました。本当に、貴方のお陰で……」
「……」
「……ああ、そうですね。貴方には、まだ会うべき人が――」
ふらふらと、しかし足取り確かに、家の中に入る。
「……」
「……エリス」
依然として目を覚まさない彼女。
しかしその表情は、
どことなく、安息を得ているようで。
「終わった……終わらせてきたよ」
「皆の力があってこそだ。皆……頑張ってくれたよ……」
足音が聞こえない。不快な臭いだけが鼻を突く。
恐らく制御する者がいなくなって、自壊を始めたのだろう。
深呼吸すると却って体調を崩しそうになる。
それでもだ。
それでも、嫌に張り詰めていた空気が、解放されて清々しくなるのを感じた。
精神的な問題ではない。空気の質がそもそも変わっていっている。
恐らくこの空気が、この島本来のものなのだろう。
そんな空気を肌に感じ、八人は何も言えずに立ち竦んでいた。
「……おーい! おーーーーい!!!」
「何処にいるんだああああ!!! 皆あああああ!!!」
「何だこの森、木が抉れたように吹き飛んで――」
「あっ!! いました、あそこに!!!」
聞き馴染んだ声を聞いて、
真っ先に崩れ落ちたのは――
「……先生!!! せんせい、せんせい……!!! ああああああああ……!!!!」
「リーシャ、リーシャ!!! うわあああああああああああ!!!」
泣きじゃくるリーシャを、全力で抱き締めるヘルマン。
彼に続いて他の教師達も――
「ルシュド、よくご無事でぇ……ああ、そのままの体勢でいてくださいっ。今魔法で応急手当を行いますぅ」
「先生……」
「今の貴方は自分が思っている以上に疲れていますぅ。普段の様に気張る必要はありませぇん、私がおぶっていきますよぉ」
「……ありがと、ございま……」
「クラリアちゃん!! ヴィクトール君に、ハンス君も!!」
「先生……」
「せ、せんせ、先生……アタシ、アタシ……」
「クラリアちゃん?」
「アタシ、敵、いっぱい、やっつけ……た……!!」
「クラリアちゃん!! ああ、ボロボロじゃない……!! 待っててね、今魔法を使ってあげるからね……!!」
「うわああああああああ……!! 先生、先生……!!」
「ヴィクトール君、ハンス君。二人もありがとう。生きていてくれてありがとう……!!」
「……」
「……けっ」
「サラ!!」
「……ああ、ディレオ……先生」
「その……抱き締めてあげようか!? ヘルマン先生みたいに!!」
「気持ち悪いのでいいです……」
「じゃあ今ここでしてほしいこと言ってくれるかな!?」
「……なら、回復魔法をかけてくれませんか」
「わかった!! それぐらいならお安い御用さ!!」
「……カタリナ、それにイザークも」
「あ……先生……」
「……いやあ。流石にこれは参っちまいましたよ、先生」
常夏の島であると言うのに、ハインリヒは普段通りの長いローブ姿。安心できる服装ではあるが、暑くないのか心配になってしまう。
自分達の体調を差し置いてもだ――
「……エリスとアーサーは何処に?」
「大丈夫です、魔力の気配は感じているんで。まあきっと、妖精の村でしょうね」
「妖精……トロピカルフェアリーですか?」
「流石先生だ、察しが早い。でも……ぶっちゃけ、その辺の事情を話す気力は、残ってないっす……」
「……そうでしょうね。では、姿勢を楽にしてください。今から回復魔法を行使します……」
「カタリナ、オマエも座れや。足ガクガクしてんぞ」
「……うん」
木陰に座るカタリナと、大の字になって広がるイザーク。
後は先生方がどうにかしてくれる、どうにかしてくださいと、願いながら身を委ねる。
「ああ……」
「おてんとサマが、あんなにも輝いてよぉ……」
「ホントなら、オマエの下で、遊びまくる予定だったのによぉ――」
臨海遠征最終日、正午。ようやく彼らの、生死を懸けた戦いは終わった。
この後は旅館に一度戻ってから治療を受け、他の生徒と共にグレイスウィルに帰ったわけだが――
それからの日々に苦悩することになるとは、
これが運命の分水嶺になったとは。
疲れ果てた身体と心では、到底考えられないことだった。
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