ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第六百九十九話 ぶらり散歩とか挨拶とか

公開日時: 2021年8月4日(水) 17:52
文字数:5,024

 こうして翠嵐の装い新たな五月第三週、エリス達はパルズミール地方に向かう。一先ずは船に乗ってリネスの街に到着した後、ロズウェリ家の御者と合流して馬車に乗り換える算段だ。


 船旅は至って順風満帆、しかし馬車に乗ろうとした時に事件は起こる。





「……通行止めかあ~」

「エリス、顔が重いぞ」

「でーじやーびゆーを感じてお腹痛いのお……」



 へなへなと崩れ落ちるエリスを、狼の耳が生えた御者がまあまあと慰めてくる。どうやら二年前、トゥーベリーの街に向かおうとした時の御者と同じ人物らしい。



「完全にデジャブではないです。あの時は悪食の風でしたが、今回は違います。今回はエレナージュの魔術師達と揉めています!」

「清々しく言おうが通行止めには変わりないでしょうが。というか、エレナージュ?」

「はい。ちゃんと王国のローブを着用した魔術師達が、この近辺で実験を行っていたらしく――」




 聞く所によると、彼等はリネスから徒歩で一時間程度の超近場で、結界を展開して魔術の実験を行っていたらしい。その結界が外界からの影響を完全に遮断する物で、リネス側が警告を幾度も行っても聞く耳を持たずで実験を続けていたとのこと。


 あまりにも話を聞かなかったものだから、実力行使に出てそれが現在も続いている状況。実際今も魔法現象の音が耳に入ってくる。




「まだ戦闘中だから、危険で通れないってことね」

「それもなんですけど、大気中に実験していた魔術の残滓が残っているようで、ちゃんと防護していないと身に危険が及ぶんだそうです。何でも長時間触れていると、触れていた部位がだんだん固まっていくんですって」

「はぁ……?」




 有り体に言うなら、『石化』といった所だろうか。




「ええ、そんなのの実験してたんでしょ? ……こっわー」

「何で実験していたか、しかもよりにもよって何でリネスの近辺なのか……だな」

「どっちみちさあ、それって宣戦布告みたいなもんでしょ。やばくない?」




 リーシャを筆頭に全員が嫌な予感に行き付くが。


 所詮自分達は学生、国家間の問題は論外だ。たとえ聖杯と騎士王がいたとしてもだ。




「まあまあ、悩んでても仕方ない! リネスは世界一の商業都市だよ! 美味しい物もたぴおかも山程ある! 待ってる間漁りに行こう!」

「うーん、そうだね……今のわたし達には、待つしか選択肢ないもんね」

「だったら迅雷閃渦ライトニングボルテックス連中はボクが借りてくぜ。ボクの昔馴染みに紹介すっから」

「いいね!! でも、たぴおか!! そうだおすすめのたぴおか紹介してもらおう!!」

「顔の面分厚すぎねえかギネヴィア」


「エリス、一緒にグロスティ商会の本部に行かない? イアン様に融資してくれたことのお礼を言いに行こうと思って」

「いいねー、お付き合いするよ。わたしが行っていいかはわかんないけど!!」

「一人よりは二人の方が緊張しないし……それに、あたしさ、久々にエリスと二人きりになりたいな~って……」

「……!」




「カタリナー!! 大好き!!」




 ぴょんぴょん跳ね回りながらずんずん移動していくエリスとカタリナ。それを横目に移動を開始する迅雷閃渦ライトニングボルテックス一同。


 いつの間にか御者もその場を去ってしまい、残ったのはリーシャ、ハンス、クラリア、サラの四人。





「……エリスの勢い凄くて乗り遅れちゃった」

「じゃあぼくらと一緒につるむか?」

「つるつるツルムラサキ~。折角だからゴンドラでも乗っちゃう?」



 合意を求めてクラリアとサラの方を振り向くが、肝心の彼女達はぼーっとしていた。空や運河を見るでもなく、会話の間に沈黙が訪れてしまったような状況だった。



「……何してんの?」

「は? 何よ」

「どうしたんだぜ?」

「質問してんのこっちなんすけど……」

「この後何をしたいか、てめえら案はあるかって――」




 ハンスの言葉を遮ったのは、目も眩む規模の暴風であった。






「なっ!? すっげー風!?」

「悪食の風かー!?」

「違うでしょこれは風魔法! で、こんなに強いとなると!」

「……純血のエルフか?」



 野次馬根性ここにて発揮、何をしようか迷っていたのに足がスムーズに動く。










「……だっ、かっ、らっ、さぁ~……」


「『本商品を意図しない目的で使用した場合の安全は一切保証しかねます』」


「……って、説明書に書いてあったじゃ~ん……?」




「偉大なるエルフ様であろうとも使用方法はしっかりと守ってくださらねえとなあー!!!」




 正論且つ悪態を放ちながら、取り囲む敵にナイフの束を投げ付けるのは、もはやリネスでは知らない者はいないフリーランス魔術師ジャネット。


 敵の正体はエルフ族。それも寛雅たる女神の血族ルミナスクランに所属している、幅を利かせまくっている純血のエルフだ。ローブの質がいいので相当の立場であることが窺える。




「エルフの行動をすべて想定していない貴様に責任があると考えるが?」

「へえ、偉大なるエルフ様は水周りの掃除パウダーをいけ好かない人間の目ん玉向かって投げ付けるんだ? 一体全体どこが高貴っていうんですかね~~~!!!」




 抽象的に言えば恐ろしい、端的に言えば面倒臭い寛雅たる女神の血族ルミナスクランのエルフ相手にも、臆することなくフリーランス根性を見せるジャネットの姿に、リネスの人々は魅了されつつある。彼の知名度が急上昇したのはそれが理由だ。




「貴様!!! エルフを愚弄するか!!!」

「お~お~怒っちゃってた~んじゅん。貴方も怒って僕ちゃんもブチ切れ中、んじゃこれでお相子ってことだぁ!!!」





 最早実力を隠さなくなってきた二人の、強大な魔力が衝突する――









「――街で騒ぎを起こさぬように、との話だったはずでは?」





 素早く割って入ったのは、メイド服の女性。


 その見た目から想像もできない筋力で、互いの魔力を押し止めた後――




 吹き飛ばして霧散させた。





「……私は商売人として権利を主張したまでです」

「ジャネット様はまあ、大目に見ましょう。問題は貴方の方です、寛雅たる女神の血族ルミナスクランのエルフ様」

「……ふん」



 謝罪の言葉も無しにエルフの男は去っていく。



「……まあ、ありがとうございます。揉め事を起こすなと言われても、向こうが揉め事起こす気満々ですからねえ……」

「困ったものです。イアン様も頭を悩ませておられますよ――」







 野次馬達も事態の収束を受けて続々去っていくが、特に去る理由もない学生はその場に残ってみる。




「終わっちゃった。凄かったねあのメイドさん」

「凄いも何も、紫の瞳に深緑の髪だったわ。ひょっとして……」

「沼の者……?」



 リーシャ達は彼女の姿を目で追い掛けるも、既に姿を晦ましていて見つけられなかった。



「うーん、やっぱり沼の者だな。こんな短時間でいなくなるとは。後でカタリナに教えとこ」

「……」

「ハンス? どしたん? 寛雅たる女神の血族ルミナスクラン気になるか?」

「まあそれは……」




 一応伝令が来たので内容を知らない訳ではない。寛雅たる女神の血族ルミナスクランは対外貿易の規模を拡大する。昔より沢山の金が流れてきて、より真なる女神エルナルミナスの御恩を広められることだろうと。




「なーんか急拡大って感じだよね。今まで寛雅たる女神の血族ルミナスクラン傘下の商会とは貿易が規制されてたけど、突然解除になったんでしょ?」

「何かヤバい手札でも仕入れてきたのかしらね。頑なだった協定をあっさり解除するなんて」

「うう、きな臭いなあ……私は少しでもいいからいい香りのする所に行きたいよぉ」

「残念ながらスルトが出てしまった時点でそんな場所消滅したわ」

「しょんなぁ~」









 







 一方こちらはグロスティ商会の執務室。会長イアンが普段仕事場にしている部屋だ。現在カタリナとエリスがお茶をごちそうになっている。



「紅茶、ごちそうさまでした」

「お、お粗末様でしたぁ~……」



 豪勢な調度品の数々に臆してしまうエリス、一方でカタリナは背筋をしゃんとして真っ直ぐイアンを見つめている。使用人がティーカップを片付けていった。



「味はどうだったかな?」

「美味しかったです!!!」

「すっきりとした味わいで、頭が覚めるようでした」

「……」



 エリスはカタリナの目を見つめて確信する。これはもう商売人やってるびじねすぱーそんの目であると。




(カタリナがぁ~……)


(やっぱりわたしのいない所で、大人になってるっ……!)




「それにしても、ついでの用事とはいえ、私の所に顔を出してくれるとは」

「申し訳ございません。事業に加え学業も忙しく、こちらに顔を出せる機会が早々なくて。時間が空いた今が好機だと伺ったのです」

「いや、そもそも挨拶に来てくれることが想定外だ。君は学生……まだ子供であるのに、そこまでの礼節を求めるのもな」



(そうですよ!!! カタリナちゃんはまだ十五歳ですよ!!!)



「先に言っておくが、融資を行ったことについてはそこまで恩を感じなくてもいい。あれは半強制的に、こちらが独断で、やったことだ」

「イザークは相変わらず魔法音楽に没頭していますよ」

「んぐっ……」



 イアンが飲んでいた紅茶を詰まらせ掛けた所に、


 応接室の扉が開く――






「只今戻りました、イアン様――」





 入ってきた主と、客人の目線が合う――






「……」


「……」



「「……嘘?」」





(え、あのメイドさん……カタリナに似てる!)


(……丁度いいタイミングで戻ってきてくれたな)














 一方で街の路地裏には、雷が走るようなサウンドが鳴り響く。それは旧友が連れてきた新たなる同胞を歓迎しているようだった。





「……やっぱり、凄い。本場!」

「だろぉ~? これは鋼鉄に魔力回路通してるから、重低音がやばいんだぜ!」

「うう、鋼鉄。重たい、持ち運び不便……」

「そこは己の実力でどうにかしなきゃな! 俺は魔法学の本二年ぐらい読んで習得したぜ!」

「二年! 独学! 凄い! おれも頑張らないと……!」



「……」

「何さ、一音一音確認するような弾き方しちゃって。もっとバーンってやっていいんだよ!!」

「ぐおっ!」    でえ゛ーん


「あっはっは! どうだいいい音するだろ?」

「その代わり、かなり鍵盤が重いようですが……」

「力強く押せば問題ないさ! 果たしてあんたの細い指で弾けるかな~?」

「……」

「うはは! いいねえその対抗心! 嫌いじゃないよ!」



「何ぃ~、お前イザークのベースやってんのか! それはまあ……凄い根性だな!」

「そんな、イザークが問題児みたいな言い方……」

「問題児ってか、センスが煌めいていたからな! アイツのギターに合うベースなんて俺達の中にも早々いなかったってのによぉ~!」




 ルシュド、ヴィクトール、アーサーが各々語り合っていると。



 出掛けていた数人がわらわら戻ってきた。




「じゅー! 美味い!」

「お気に召したようで何より! いいだろ、この、黒糖ミルクティータピオカ!!」

「はい!! もうさいこーです!! うまい!!」

「……うまーい」



 数人の大人と一緒に戻ってきたイザークとギネヴィア。迅雷閃渦ライトニングボルテックスの仲間を見つけると、イザークはタピオカ片手に近付いてきた。



「ほれ、オマエの分も買ってきたからよ」

「どうも。折角買ってきてもらったんだから食べるよ」

「そうしとけ、ギネヴィアも大層ご機嫌だし。ルシュドとヴィクトールの分もあるぞ~っと」



 彼等の方向に歩き出そうとしていたイザークを、アーサーは一声掛けて引き留める。



「カタリナはイアン様の所に挨拶しに行ったが……」


「お前はいいのか?」







 沈黙を挟んだ後、いやいやいやと手を振りまくるイザーク。



「カタリナがどうしようか勝手だけど、ボクが会う義理はねえじゃん!!!」

「義理ならあるだろ。融資頼んだのお前なんだろ? そのお礼とかいいのか?」

「いいんだよアイツどうせ忙しいし!!! そもそもカタリナはお礼言いに行ったんだろ!!! じゃあカタリナがボクの分までしてくれるよ!!!」


「何だイザーク、まだ親父さんとの仲こじらせてんのか?」

「魔法学園に行って気が変わったと思ってたけど、全然変わってないね!」

「でもイアン様、最近魔法音楽の溜まり場に顔見せてるって話だぜ。お前のこともわかってくれるんじゃねーか……?」





 一瞬固まったが、またしても手を振るイザーク。





「どうせ敵情視察だろ!!! 結局アイツは魔法音楽が憎いからな!!! 無駄!!!」

「おうおうイザーク君、そこまで言うと会うのを恥ずかしがってるようにぎぃちゃんには見えるぞぉ」

「恥ずかしくねえよ嫌なんだよ!!!」

「でも、話さないといけない。その時はやってくる。おれだって父親と話した」

「そうかもしんねーけど今じゃねえよ!!!」

「貴様、騒ぎ立てるな。音が聞こえなくなるだろう」

「あーはいすいませんでしたねーっ!!!」






 大通りも、建物も、路地裏も。リネスの街はあらゆる営みを内包し、運河のように包み込んでいく。

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