ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第二百八十二話 奈落の刻印

公開日時: 2020年12月11日(金) 22:04
更新日時: 2022年5月15日(日) 20:02
文字数:2,907

 時間は過ぎ去り、ただいま午後八時。第四階層は天井があるため、月の光が差し込みにくい。


 代わりに階層全体の街路灯や魔術灯が点灯し、ふんわりと温かい光に包まれる。


 それは家の中にも差し込んできて、この森の中にある家だって例外ではない。








「……」

「ん、どしたのエリスちゃん。スケジュール表なんて見て」


「……」いたい

「……ああそうか。明日は……採血の日だったね」




 レベッカも顔を暗くし、エリスの隣に座る。




「嫌よね~、血を抜くの! ぶっちゃけて言うと私もやだ! 痛そうにしてるの見ると、私まで辛くなるもの!」

「……」いたいいたい


「……でも、本当に一瞬だから! 少し我慢すれば、お終い! 終わったら苺を食べよう! ね?」

「……」いたいいたいいたい


「ネム~」

「~……」






 近くで話を聞いていたネムリンに近付き、すっぽりと顔を埋める。


いたいいたいいたいいたいいたい


 そこにネムリンの主君ローザがやってきて、






「おっすおっす、あいつらもう上がったようだぜ」

「そっか、じゃあ次は私達?」

「折角だから三人で入ろう。狭いかもしんねえが何とかなるなる」

「……」











 風呂は魔術回路が通された物が設置されており、起動させるだけであっという間に浴槽の水が沸く。とはいえそこまで融通が利くわけではないようで、




「あっつう゛!!」

「煮え滾っているわね……」

「|円舞曲は今此処に《サレヴィア》!! |円舞曲は今此処に、《サレヴィア・》|残虐たる氷の神よ《カルシクル》だよボケエエエエエ!!!」




 ローザの手から氷が飛ばされ、沸騰した湯と混じって冷めていく。




「ちょっとー!? 水溢れる!! 洗面所まで溢れちゃうわよー!!」

「あーお前の方で何とかしやがれ!!」

「はぁ!? ちょっと待って!! エリスちゃん、もーちょっと待っててねー!!!」

「……」








 こうして服を脱いでから、湯船に身を沈めるまでおよそ五分。








「ああもうー……関節が痛いんですけど。これじゃあ薪でやるのとどっちがマシだが……」

「女しかいねえんで魔術回路が通ってるやつで頼んだんだがなあ……どうしてこうなりやがった……」

「もう、この、ウィングレーの実験の犠牲になってる感……」






「「ふう~~~……」」

「……」






 深さ一・五メートル、横は三メートルで縦も二メートル。一人で入ればゆったりとできる程の広さだ。三人入っているのでちょっと狭い。


 レベッカとローザの間に入る形で、エリスは熱さに身を委ねている。






「ほら、エリスもやってみろ。縁にべたーってやって、水をだぱーって」

「……」




           べたー




           だぱああああああああ




「この、水を思う存分無駄にする感覚がね、たまらねんだわ……」

「シャワーで済ませちゃうと勿体ないよね~……」

「……」




 バックスを憎む心がちょっと芽生えてきたが――






「……?」




 ローザの右肩を見て、それに気が取られていく。






「……ん? どうしたよ」



「ローザ、貴女の右肩でしょ。こんなに黒かったら、気になるわよねえ」



「……」






 まるで墨でもぶちまけたように、ローザの右肩が黒く染まっている。他の肌と比べてしっかりと浮き立つ。






「ああそうか……生で見るのは初めてかな、奈落の刻印は」

「……」




 頷いた後、申し訳なさそうに顔を背ける。




「いや、そんな顔すんな。もう慣れたから。寧ろ初見で興味持つなっていう方が無理ある」

「……」


「黒魔法あるだろ。アルーインに出てきた奈落の化物、あれを生み出してしまうやべー魔法。それを使うとさ、こうやって身体のどっかに、黒魔法を使ってしまった証明が残るんだよ」

「……!!」

「そうだよな、そういう反応するよな。私が黒魔法使ったんじゃねーかって……でもな、違うんだよ」




 後ろの壁に背中を押し付けるローザ。湯煙の中で、ふぅと一息ついてから続ける。




「私の親父がさあ……フリーランスとか宣って、黒魔法の研究してたんだよ。でも段々研究が上手くいかなくなって、ストレス発散だったんだろうな。私の母さんに無理矢理行為を迫ってさ。それを続けていたある日に避妊が失敗して、そうして生まれたのが私だ」


「親が刻印持ちなら、その子も刻印を持ってしまう。まあ実際に黒魔法を使ってたわけじゃないから、私のは塗り潰したみたいになって汚いんだけど。親父のは雪の結晶みたいな紋様だったんだよな」


「でも刻印の継承は一代限りらしいぜ。子世代で黒魔法使わずにいれば、孫世代になると綺麗さっぱり消滅している……稀にそうじゃないこともあるらしいが。とにかく私は見たことねえな。とまあ、そういうことだ」




「……」

「触るか? いや特に意味はないんだけど」




 首を横に振り、レベッカに抱き締めてもらう。






「何か……慣れた口調だったわね」

「まあ何度も色んな人に説明してっからな……」

「……」




「……小さい頃はこれがさ、周囲から疎外される原因になってたんだよ。他の子と遊ぶようになってから、自分には他の子にない物があるって気付いて。それをからかわれたり、気になってしまったり……最初は親父とお揃いだーって、めっちゃ喜んでたんだぜ。昔に戻れるならぶん殴りてえわ」




「……お父様は今何を? って訊くまでもないんでしょうけど……」

「研究内容がバレちまって、アエネイスにぶち込まれたよ。私が十一歳の時だ。その後に叙勲式があって、やってきたネムリンに一日中顔を埋めてたっけなあ……」




 人差し指と中指で棒状の物をつまんで、吸う素振りを見せる。




「……理に逆らった故の、神からの罰。そう呼ばれてるんだ、奈落の刻印は」


「とはいえ望んで逆らった人間しかいないわけじゃないから、そこんとこ気を付けてくれよ……さあ、身体もあったまったし、洗おうぜ」




 ざぱあとローザが立ち上がり、エリスを手招きする。それに続くことにした。











「……」




 椅子を持ってきて座り、鏡に映る自分と対面する。




「おっと、鏡が……どうする? ここでいいか?」

「……」


「ん、そうかそうか。まあどうせ曇るしいいか……」




 ネットに石鹸を擦り付け泡立てた。




「レベッカ、包帯の下は……このままでいいか?」

「うん、まだ経過観察」

「了解した……」




 身体のあちこちにある痛々しい傷、それを覆う生々しい包帯。




「むず痒いよな、わかるわかるぞぉ……」

「……」






「ん? どうした?」

「……」




 じっとローザの目だけを見つめているが、何か言えるわけでもない。




「ん~……ここ風呂だからねえ。書くものがないし……」

「いや、それならこれを使おう」



 曇った鏡の縁をバンバン叩く。



「まあ短い文ならこれでもいけるいける。書いてみてみろ」

「……」








『昔、こういうことがあった気がします』








「……昔、ねえ」

「こういうことって、背中を流してもらうことか?」

「……」       

         こくこく




「そうか……そうか」






 お湯をかけて、泡を流し落とす。直前に水の魔力を注いで、刺激を与えないぬるめにしてある。






「きっと母さんとかにやってもらったんだろ?」

「……」


「んんー? 母さんじゃない? じゃあ……姉ちゃんか?」

「……」


「それもわかんないか。となると、ずっと昔のことなんだな」

「姉がいるって話は聞いてないけど……近所の子にやってもらったとか?」

「……?」


「それも違うって? じゃあ真面目にいつの記憶なんだか」

「……」




「……まあいいけど。今はそうやって、懐かしい気持ちになれることが重要よ……」

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