ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第六百二十七話 幕間:交渉の日々

公開日時: 2021年5月19日(水) 06:31
文字数:5,175

 三騎士勢力の台頭に火の巨人の顕現。ログレス平原に起こった様々な事象を受け、水の小聖杯を擁する商業都市リネスには多くの人々が集う。


 ここを商売のチャンスだと考えた商人に傭兵、取り敢えず騒ぎに便乗しようとする物好き、住処を失った難民。全てを現実として受け止め、そして冷静に捌き切るのは、イアン・グロスティその人だ。


 アルビム商会は単独行動が多く、ネルチ商会は大抵足元を凝視してくる為、グロスティ商会が最も信頼できる商売相手と現状なり得ていた。




「イアン様! この物騒な世の中、何かと警備は入り用でしょう? 俺を雇いませんか!」

「ああ~どうか聞いてくださいイアン様!! 我が弱小商会はですね、弱小と言えども最先端の魔法具を取り揃えているのです! 魔術でもポーションでもなく鍼で治療をするのです!お話聞いていきませんか!」

「イアン様!! もうわたくしには後がないのです!! この、『らくらく背中掻き棒』を売り捌かないと、わたくし今の職場を追い出されるんです~~~!!!」






「……」

「追い払いますか」

「無視が一番騒ぎを起こさん……行くぞ」



 今日もイアンはメイドのオレリアを引き連れ、予定されている交渉の場に向かう。連日予定が詰め込まれており、それを悟った者はこうやって移動の最中に直談判に来やがる。


 そして大抵、こうして手順を弁えないような者は、実力も伴っていき往々にしてクソであることが多いのだ。とするとやっぱり無視するに限る――






「どわーーーーーーーっ!!!」



 突如、頭の上から聞こえる叫び声。





「……何かが来るな」

「戦闘準備……」

「いや、結構だ」



 背後から、放物線を描くようにして飛んできたそれを、


 イアンは地面に落ちる前に両手で受け止める――






(……っ!?)





 目にしたそれは、麻布で丁寧に包まれた球体であった。完全な球体をしていて包まれていても目立つような突起もない。何よりこれの異常性は、肌を通して魂が感じていた。





(何だこれは……雷の魔力か? それにしても、こんな、強い――)






「イヨーッそこのお兄さん!!! っていうかイアン様!!! それキャッチしてくれたんですねー!!!」



 拡声器を用いながら、不快なハウリング音と共に走ってくる魔術師ローブの男。


 イアンはその様々な色に汚れたローブを着た彼が、リネスにおいて結構有名なフリーランスの魔術師ジャネットであることを知っている。



「それ私の所持品なんですけど!!! ニギリメシーころりんすっとんとんと手を離れてしまいまして!!! いやはや感謝感激暴雨に暴風!!! 酷い天気で作物枯れる!!!」



 勢いで捲し立て、彼はイアンが手にしていた球体を奪い取ってそのまま走り去ってしまう。


 路地裏に彼の姿は吸い込まれていく――




「てめえジャネット!! 今は俺が交渉してたんだぞ!! 邪魔するなー!!」

「こーの何作ってるかわかんないエセ魔術師め!! イアン様の前に顔出すんじゃねー!!」

「イアン様!! あんな奴よりわたくしの話を聞いてください!! ねっ!?」



 そんな三下の言葉も耳に入れず、ジャネットが消えていった路地裏をじっと見つめるイアン。




 数秒後にオレリアを小突いて耳打ち。



「今から幻を作る……幻の私だ。それを使って、君はこいつらをいなしておいてくれ」

「承知しました」




 三、二、一で互いに動き出す。主は路地裏に、従者は立ち尽くす。













「ふひ~……上手くいったかな? いったね?」

「あとは向こうがどう動くかじゃが「待て」



 そろそろ減速を行い、路地裏のど真ん中で息を切らすジャネット。やることをやったのでナイトメアのドリーも出てきていた。




 それにイアンは持ち前の魔法を駆使して追い付いたことになる。



「……ちょっと待ってくださいね。まさか秒で食い付くとは思ってなくて、僕ちゃん予想外ですよ。あ待って違う私感銘を受けています」

「……あの球体、わざと私が掴むように投げてきたな?」

「流石イアン様、それもお見通しですか。そして話をする為なら言葉遣いも突っ込まない、そういうお方はフリーランスが商売するのにうってつけな相手ですよ」



 二人と一匹は距離を詰め向かい合う。見物人は洗濯物を干しているような主婦、そんな風体の路地裏。


 言葉を切り出す前にジャネットは先程の球体を取り出し、そして布を捲った。黄色い石が姿を見せる。



「イアン様、お忙しいじゃないですか最近。でも私の話は割と緊急で、マジでイングレンスの運命に関わる。それで話をしてもらう為にはブツの異常性を身を持って味わってもらうしかねえなあって、あんな風に。突然の無礼申し訳ありませんね?」

「群がっていた連中よりは正当だ……実に好印象だ、見てくれはさておき。本題に入らせてもらうが、これは雷の魔石か?」

「そうですそうです。こんなでっかいの初めて見たでしょう? 勿論私も初めて見ました。私の見立てでは村や町が五、六個は余裕で魔術設備を運営できる魔力量ですよ。下手すりゃ国が一個これに依存できる」

「私も直感的にそう思ったよ……何処から入手したのだ?」

「知り合いの傭兵です。職業柄危険な場所に行くことが多くて、これもそこからの戦利品として獲得したんですって。でもって頭いい私に扱いを任せてしまおうと、そう考えて回してきたんですよ」

「そして君は今、これを私に回そうとしているな?」

「いやあ……やっぱりイアン様は凄い方だ! こちらが説明する前に、話の二手三手先を読んでくれる……!」



 もっと顔を近付けて、見物人にも声が聞こえないように。



「実は私、やべえ代物手に入れたのこれが初めてじゃないんですよ。昔闇の小聖杯の欠片を回収しました」

「小聖杯だと……!」

「タンザナイアでヘルヴォーダンが何かしてぶっ壊れたって噂、絶対真実ですよ……っていうのはさておき、それこそ最初はこれが小聖杯の欠片だなんて半信半疑だった。でも沼の連中が襲ってきて、それなら流石に確信するしかねえなあって――」

「……」



 オレリアは直接関係があったわけではないが、それでも胸が痛む。



「まあ沼に狙われるぐらい怖い目に合うのはもう嫌だから、力のある所に託しておきたいなあって! つまる所厄介物を手元に置いておきたくないだけなんで、報酬とかはいいですよ?」

「安全を保障してやることは可能だと思うが」

「それは最終的に私のスンバラスイートな発明品をグロスティ商会が率先して売ってくれるってことでいいんですねぇ!?」

「そう言われると却下すると返答するが、君は商売の機会を潰したことになるぞ」

「大きい所に所属するのはねー、私の柄じゃないってネルチ時代に思い知ったんです」

「ああ、ラールスが癖がありすぎるってぼやいていたのは、もしかして……」

「えーあの方私のことそういう風に評価してたんですかぁー!? 照れるなぁー☆」








 それから具体的にどう引き渡すかの話がされた。何せイアンは今から会議に出るので、商会本部まで魔石を持っていけないからである。これだけ強い魔力を放つ魔石をずるずると持ち回すわけにはいかない。


 結果後日ジャネットが本部に持ってくるということで纏まり、突発的な交渉は幕を閉じる――



「む……」

「どしたのドリー?」

「魔力の流れが変わった。悪食の風じゃ」

「ええ……前もリネスで起こらなかった?」

「それと、イアン様が来られた方角から騒ぎ声がするぞい」

「何……?」



 自分が来た方角といったら、それは大通りだ。



「連中め、とうとう暴力に出たか」

「恩返しってことで私もついていきます」

「魔術師も出計らうような事態ではないといいのう」















「……」


「……ははっ。人間の癖に、私に向かってそのような視線を送るのか?」

「他人を傷付ける外道に種族は関係ありません」



 二人と一匹が駆け付けると、そこでは倒れ伏している人々を背に――


 オレリアが短剣を持って、エルフの集団と対峙している所であった。


 銀髪のやけに高圧的な男が、こちらに気付いて振り向く。





寛雅たる女神の血族ルミナスクラン、指導者アルトリオス殿……」

「おやおやイアン殿。自己紹介を省いてくれて何よりだ。人間に相応しい態度と言えよう」

「……」



 開口一番挑発っすか~っと思いながらジャネットとドリーはこそこそ隠れるように移動。


 偶には魔術師らしく、負傷者を魔法で治療しながら、野次馬根性で聞き耳を立てる。



「彼女の言うことは真理だ。ここはリネス、寛雅たる女神の血族ルミナスクランの拠点ユディではない。勝手に規範を持ち込もうとするのなら、私は黙っておかないが」

「丁度イアン殿の姿をお見掛けしましてねえ……それで話をしようと思って近付いたら、このメイド始め邪魔をしてきたので、どけてもらった次第ですよ」

「どけてもらうだけで負傷者が出るのか?」

「ノロマでグズな人間共が悪い」





(……つくづくリネスで活動していてよかったと思うぜ僕ちゃん)

(ウィーエル拠点のフリーランスは大変そうじゃのう)





「さて、貴方はここで話を聞いてもらえなければ、今度は建物にも危害を加えるつもりであっただろう?」

「はっ、察しがいいな。人間の中でもよくやれているだけはある」

「その口を塞いでくれるのならば話を聞いてやってもよい」

「何、只の交渉だよ……最近グロスティ傘下の商会は、我等偉大なる寛雅たる女神の血族ルミナスクラン傘下の商会と一切取引してくれなくなったじゃないか」

「貴方がたの迷惑染みた活動の為に、資金を流すことは利点がないと判断したからだ」

「再開しろ今すぐに。これは寛雅たる女神の血族ルミナスクランが命令している。偉大なるエルナルミナス神の下僕たる我等がな」







 突然の交渉が長引くにつれ集まってきた野次馬達、その全員が唖然とする。





(……ずーいぶんと大胆すぎない?)

(まあ寛雅たる女神の血族ルミナスクランならこれぐらいやるじゃろうな)

(そういうことはジョークの一つとして言われてきたけどさ……実際事実になったのこれが初めてじゃないか?)




「……イアン様」

「断る、断固としてな」



 アルトリオスの理不尽な要求と有無を言わせぬ威圧感に、イアンは仁王立ちで立ち塞がる。


 彼は要求を理に適った物まで昇華させ、ふんぞり返る態度に有象無象も物申す。



「私が商売をするのは、人に幸福を齎し、人の住みよい世を築いていく為だ。公正と公平に最も近いのであれば、合理的にその判断をするのみ。今回貴方がたとの取引を止めたのはそれが理由だ」


「加えてその理由は、貴方がたの態度が覆らない限り、決して覆らない。そして先程の態度を見るに、覆す気もどうやらないようで。故に交渉は終いにしてもらおうか」





 屹然と言い放つイアン。



 アルトリオスは無言で、立ち尽くして言葉を噛み締めているよう。



 しかし突然へらへらと笑い出して――




「……そうか」


「そうか、そうか、そうか……」





(……ん? 奇妙な感覚だぞ?)

(具体的には?)

(今言語化の途中だから待って……)





「いいだろう。貴様がそう言うなら、こちらにも打つ手が……」




 不穏な物言いと魔法の構えらしき態勢に対し、イアンも触媒を構えたその時――







「おおーい!! イアンー!! 何やっとるんだー!!」

「……ワテクシノキモチニモナッテクダサイ……」



 遠くから散々見慣れた姿が二つ――





「なっ……何だ人間共、ずけずけと近付いてくるな」

「ほーう……ワシに向かって何たる物言いか!」

「ハンニバル様、落ち着いて!! あっこれはこれは寛雅たる女神の血族ルミナスクランの指導者アルトリオス様!! ワテクシネルチ商会の会長を務めさせていただいておりますラールスと申します!! こちらはアルビム商会のハンニバル様!!」

「ラールス!! ワシより先にこの若造が自己紹介すべきだろう!! 余計なことをするな!!」

「ヒッ!! 申し訳ございません!!」

「何を言うか人間!! 我等は偉大なる寛雅たる女神の血族ルミナスクラン、貴様等人間とは格が違うのだぞ!!」

「ああ~こちらも落ち着かれて~!!」







 今日は三大商会で会合があるのをすっかり忘れていたイアン。


 どのようにして割り込もうか考えていると、ジャネットがのっそり近付いてきてひそひそ耳打ち。



「ヘイヘイイアン様、今しがた妙な気配を感じたんでお教えしますね~」

「妙な気配?」

「もうすっごい妙だったんですよ。その……悪食の風の中心、あのアルトリオスなんじゃないかっていう」

「……」


「自分でも凄い変だと思いますよ。でも色々考えた結果、こう表現するしかなかった。あとこれは今追加されたんですけど」

「何だ……?」

「あの大きい人……ええと、ハンニバル様。あの人の魔力っていうか気迫っていうか、そういった物が一瞬だけ……アルトリオスの持つ物より、莫大に膨れ上がったような。そういう気配です」

「……どういうことだ?」

「……もう一回言いますけど、感じたことをありのままに表現しただけで、自分でも何言ってるかわかりません」


「でもそうですね……イアン様なら今の話を聞いた時点で確信しているでしょうけど。注意した方がいいですよ、あの二人」






 場が収まると野次馬は散っていくが、平穏が戻っても疑念は散ってはいかない。

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