(……終わったなあ)
放り投げられて宙に浮いた。
死を間近に感じた時になって、意識が戻ってくる。
(……どうなるんだろうなあ)
(燃えるのかな、食べられるのかな……)
それでもせめて、痛いのは嫌だと思う。
(……)
(……え?)
突然身体が上に浮かんだ。
誰かが受け止め――引き揚げてくれたのだ。
「え……え……」
目を頑張って開く。
熱に焼かれそうになりながらも、ようやく視界に捉えたのは、
「先輩……?」
顔付きは確かに見慣れた彼のものであった。
しかし細部に関しては変わっていて――更にその上空。
巨大な黒竜が飛んでいたのだ。
「……」
「……ふう。一先ずここなら安心、かな」
「ああ、あのデカブツから離れているからな――」
寝かせられて、縄を解かれて、それでやっと全体像を捉えられた。
全身が黒い鱗に覆われ、堅く光り輝く。手と足の先は強靱な爪が生え、頭には左右対称な角が突き出す。口の端には牙が覗いている。
自分を連れ去った、あの大男達と似たよう姿をしていたものだから――
頭に被ったキャスケット帽がなければ、逃げ出そうとしていたかもしれない。
「……先輩」
「ルシュド先輩っ……!!!」
「……遅くなって、ごめん」
感情のままに抱き合う二人。
火に焼かれるのとは、違った優しい暖かみがある。
「……こんな時でもお熱いこった」
「あいつの火よりも、熱いぞ」
「言うじゃねえかぁ!」
後ろで笑う黒竜。野生のドラゴンと並んでも謙遜のない姿に変貌した彼こそが、ジャバウォックである。
「……イザーク、あとどのぐらいだ!?」
「もーちょっとで着くわ!! ほらあそこに人影が――」
その声と共にやってきた人物三人。イザーク、クラリア、サラであった。
「うおっ、ルシュド……!? 姿変わったな!? ジャバウォックも!?」
「すっげー!! かっこいいぜルシュドー!! かっこいいぜジャバウォックー!!」
「ありがと!」
「もう蜥蜴だなんて言わせねえぜ!」
「はいはい 、騒ぐのはそこまで。ちょっと診させてもらうわよ……」
座っている彼女に近付き、確認を行うサラ。
最後に無詠唱で回復魔法を行使した。
「応急処置終わり。一先ずはこれで大丈夫よ」
「サラ先輩、ありがとうございます……」
「でも……ここに残していくのは止めた方がいいわね。また奈落が発生する危険もあるし……」
「ならアタシだ!」
キアラが驚くのも介さず、背中におぶるクラリア。
「……アタシはここで戻る。きっとここが限界だ……これ以上戦ったら、帰れなくなる。だからせめて戦い以外で……」
「ワタシも全く同じ気持ち。だから一緒に行くわよ。道中の安全確保は任せなさい」
「おうっ! アタシとサラの二人なら、絶対に行けるぜ!!」
「……先輩は……」
クラリアの背中から、心配そうにルシュドの顔を見つめるキアラ。
「キアラ、おれは行かない。アーサー達は戦っているから、助ける。あいつも止める。帰るのはそれからだ」
「……」
「大丈夫だぜキアラ! ルシュドが訓練頑張ったの、お前が一番知っているだろ!? だから信じてやれ!」
「あら、いいこと言うじゃないの」
泡を作ったかと思えば、それを頭上で弾かせるサラ。
「与太話はこれでお終い。じゃあ、生きて帰ってきなさいよ!」
「帰ったら飯でも食おうなー!!」
「……絶対、帰ってきてください! 約束です!」
また街の方角に、三人は向かっていった。
「……ルシュドよぉ、オマエェ」
「どうした?」
「男らしさ上がったな?」
「えっ……!」
「ハッハッハ! じゃあまあ……ボクについてこいや!」
「ヴーーーーーー……………… 」
「ヴァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
かの者は急に立ち止まったかと思いきや、
更に怒り狂って叫び、
一般的に『走る』と認識される態勢に入った。
「動きやがった……!」
「上を見ている暇はないぞ?」
「ぐっ!!」
皮膚に僅かな火傷を負ったハンスに、上空から棘の雨が降る。
醜い顔でけたけた嗤う、アグラヴェインと共に――
「円舞曲は今此処に、残虐たる氷の神よ!!」
頭上に展開した氷の壁が、棘を全て弾く。
砕け散ったそれは自然落下ではなく、宙に向かい醜いそいつに突き刺さっていく。
「……物理攻撃と魔法防御の合成魔法。見事! 流石はエルフだ!」
「クソ教師!! てめえ随分余裕そうだな!?」
「それはもう――」
「余裕を失うべきタイミングを、待ち続けているからね――!!」
奈落やアグラヴェインの妨害も排除しつつ、巨人と並走して策を練る。
円卓の騎士たるケイが放つ魔法の数々は、どれもが戦闘を続行させるには十分な物であった。
「ふうん!!!ふん!!!ぬううぅぅうううううん!!!」
「今度はハンマーっ……!!」
地面に振り下ろされる、巨大な金槌――に変貌したアグラヴェインの右腕。
それをどこからともなく飛んできた、緑の波動を纏う包帯がぐるぐる巻きにして食い止める。
「ぬがあっ……!!」
「リュッケルトォォォーーーーーー!!!!!」
「んおおおおおおおーーーーーりゃああああああーーーーーー!!!」
「がっ……小童、がっ……!!!」
包帯に絡め取られたアグラヴェインは、そのまま二人から見て前方に、風のような速さで引っ張られていく。
「……ガウェインが何か思いついたみたいだ」
「だったら行くぞ!! 今のうちに先行していた連中と合流だ!!」
「教師に対してため口とは――」
「うるせえよくそがああああああああ!!!」
女は狂い果てていた。
元の冷静な性格は見る影もない。
只ひたすらに、目的に突き動かされる――
「オラアアアアアアアアアアァァァァァァンンンンンン~~~!!!!」
「くっ……!」
「危ない!!」
エリスに振り下ろされた右手を、カタリナは割って入って弾く。
「邪魔するなああああああああ!!!」
「ぐっ……!!」
「お嬢様!」
セバスンと共に、体重を乗せて下ろされる刃を受け止める。
その隙にエリスは距離を取る――
「テメエ!!! 逃げんな!!!」
「ああっ!」
直ぐにカタリナから離れ、エリスに向かって踵を返す。
「さっさとくたば――」
「させんっ!!」
今度はアーサーが割って入る。カヴァスが彼女の腕を、食い千切らんとばかりに噛み込む。
「ぐううううううううううあああああああああああああ…………………ああああああああああっ!!!」
残っていた左手で、強引にカヴァスを剥がし――
再び移動をしたエリスに突進する。
「くっ……!」
「あはははははははは!!! くたばれええええええええっ!!!」
エリスが選定の剣で受け流し、アーサーかカタリナの追い付いたどちらか片方が割って入る――
そのような攻防が、合流してからずっと繰り広げられていた。
「埒が明かないよ……!」
「そう思うんならとっとと降参しろよ~~~~?????」
「こいつ……」
「ククククク……キャハハハハハハ……」
「魔石が回収できなかったんだ……ならばせめて……聖杯の片割れだけでも……」
「奪って帰る!!!!!!!!!!!!!!!!」
ここぞとばかりに深淵結晶をばら撒く――
その直前に。
「狂った輩には――」
「敢えて敢えての、整然としたリズムだ!!」
ドラムで整われた、ギターのメロディが響き渡る。
「ぬぐっ……!?」
「ああ……ああああああああああ……!!!」
頭を抱えて悶え、それだけで精一杯になる女。
しめたと思って態勢を立て直している間に遂に彼等はやってくる。
「よーぅおっかれー!! 待たせたな!!」
「遅いぞ馬鹿がっ!!」
「んげぇー!?」
アーサーがイザークの頭を叩く間に、エリスとカタリナはルシュドとジャバウォックに気が付く。
姿が変わった彼を見て、思わず安堵が零れる。
「ルシュド……」
「え、あ、ああ。おれ、強く、なった」
「似合ってるよ。角も爪も鱗も牙も、全部」
「……へへっ」
(ねえわたしも気になるんだけどー!!!)
「今はまだだーめ。我慢してね」
(ぶえー!!!)
「ん……ギネヴィア?」
「そうそう――」
その時巨人の咆哮が響き――
先程よりも速く、また前に向かって動き出す。
「そんな、どんどん遠くに……!」
(……君)
「高台もこの先無くなるぞ……マジでヤバくない!?」
(……主君)
「というか今どの辺なんだろうね!? 何かもう、闇雲に来ていたから、位置もわかんない……!」
(……我が主君!)
「アーサー、カヴァスで追い付け……る……?」
彼は呆然としていたかと思うと――
突然きっとした表情で、叫んだ。
「――聞こえているぞ!!! ガウェイン!!!」
「先ずは状況報告だ。眼鏡の小僧とエルフの小僧はこっちに合流した! 無事だ!」
(よかった……!)
「それで――お前は今、俺と念話が飛ばせるぐらい近い所にいる!! そうだろう!!」
(巨人が物凄い速さで移動している――)
(追っている最中だ――!)
「そのまま俺達に合流しろ!! それで、お前の――お前の聖剣《エクスカリバー》で、額を叩き割ってやれ!!」
(額だと――)
「あいつの額が……大穴空いてるんだ!! 何かしらの損傷を負っている可能性がある!! 他の部分は触れば大火傷だ、何とかするならそこを狙うしかない!!」
(……乗るぞ、その提案!!)
「ああ、それならそれで――先ずは俺の所まで合流してこい!! 第一段階だ!!」
「……ガウェイン、は何だって?」
「奴を食い止める策が提案された」
「マジかよ!?」
「全てはオレの聖剣に懸かっている――」
彼が剣を握り締めた腕を、即座に握るエリス。
「わたしも行く。聖杯の力も込めれば、絶対に討伐できるよ」
「エリス……」
「仮に死ぬことになっても、あなたと一緒なら後悔はしないよ」
そうでしょ、と言って、彼女は微笑む。
「……それ以前に決して死なせはしないけどな!」
そうだ、死なれたらこっちが困るんだよ!!!
「っ……」
「んへえ、最大出力にしたのに!?」
走っている自分達を追い抜き、女は再び立ち塞がる。
だがその姿は、それはそれはおぞましく。
「……マジかよ」
「何これ……」
アハハハハハ……痛い痛い痛い痛い……
「この熱波の中で全裸って……」
「水膨れ、酷い……」
だが、痛くていいんだよ……!!!
「聖杯、巨人、後には小聖杯も控えてる……」
「本気を出すには十分だ……!!」
「そうだ、痛み、痛みこそが、ワタシの力になるんだよ!!!!!!!!!!」
黒い波動が巻き起こった。
それは女の身体の、火傷の跡や浮き上がった血管をより鮮明に見せつけてくる。
痛々しく、しかし時折歓喜に震えていて。
「……アイツはボクとカタリナとルシュドで牽制する。だから先に進め!」
「……ここがきっと、正念場」
「生きて帰る!!」
「ああ、ならくれぐれも――死ぬなよ!!」
エリスの腕を引っ張り、助走をつけて飛び上がる。
突進してきた女を飛び越え、向こう側に呼び出したカヴァスに丁度着地、そのまま跨った。
「わっと! ……ふう!」
「エリス、オレの腰を掴んでろ!!」
「最高速で行くから振り落とされるんじゃねえぞ!!」
咆哮を鋭く上げて、カヴァスは駆け出す。
背後から女の声が聞こえる――
「我はモードレッド様の忠実な下僕、淫騎士ペリノアなり!!!」
「我が主君の望み、聖杯の簒奪を叶えるべく――」
「テメエら全員皆殺しだああああああああああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!!!」
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