ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第五百七十二話 矜持に闘え、敢炎の黒竜よ

公開日時: 2021年4月15日(木) 07:23
文字数:4,487

(……終わったなあ)



 放り投げられて宙に浮いた。


 死を間近に感じた時になって、意識が戻ってくる。



(……どうなるんだろうなあ)


(燃えるのかな、食べられるのかな……)



 それでもせめて、痛いのは嫌だと思う。



(……)




(……え?)






 突然身体が上に浮かんだ。


 誰かが受け止め――引き揚げてくれたのだ。




「え……え……」




 目を頑張って開く。


 熱に焼かれそうになりながらも、ようやく視界に捉えたのは、



「先輩……?」



 顔付きは確かに見慣れた彼のものであった。


 しかし細部に関しては変わっていて――更にその上空。


 巨大な黒竜が飛んでいたのだ。




「……」




「……ふう。一先ずここなら安心、かな」

「ああ、あのデカブツから離れているからな――」




 寝かせられて、縄を解かれて、それでやっと全体像を捉えられた。


 全身が黒い鱗に覆われ、堅く光り輝く。手と足の先は強靱な爪が生え、頭には左右対称な角が突き出す。口の端には牙が覗いている。


 自分を連れ去った、あの大男達と似たよう姿をしていたものだから――


 頭に被ったキャスケット帽がなければ、逃げ出そうとしていたかもしれない。




「……先輩」


「ルシュド先輩っ……!!!」




「……遅くなって、ごめん」



 感情のままに抱き合う二人。


 火に焼かれるのとは、違った優しい暖かみがある。



「……こんな時でもお熱いこった」

「あいつの火よりも、熱いぞ」

「言うじゃねえかぁ!」



 後ろで笑う黒竜。野生のドラゴンと並んでも謙遜のない姿に変貌した彼こそが、ジャバウォックである。






「……イザーク、あとどのぐらいだ!?」

「もーちょっとで着くわ!! ほらあそこに人影が――」



 その声と共にやってきた人物三人。イザーク、クラリア、サラであった。



「うおっ、ルシュド……!? 姿変わったな!? ジャバウォックも!?」

「すっげー!! かっこいいぜルシュドー!! かっこいいぜジャバウォックー!!」

「ありがと!」

「もう蜥蜴だなんて言わせねえぜ!」

「はいはい 、騒ぐのはそこまで。ちょっと診させてもらうわよ……」



 座っている彼女に近付き、確認を行うサラ。


 最後に無詠唱で回復魔法を行使した。



「応急処置終わり。一先ずはこれで大丈夫よ」

「サラ先輩、ありがとうございます……」

「でも……ここに残していくのは止めた方がいいわね。また奈落が発生する危険もあるし……」

「ならアタシだ!」



 キアラが驚くのも介さず、背中におぶるクラリア。



「……アタシはここで戻る。きっとここが限界だ……これ以上戦ったら、帰れなくなる。だからせめて戦い以外で……」

「ワタシも全く同じ気持ち。だから一緒に行くわよ。道中の安全確保は任せなさい」

「おうっ! アタシとサラの二人なら、絶対に行けるぜ!!」

「……先輩は……」



 クラリアの背中から、心配そうにルシュドの顔を見つめるキアラ。



「キアラ、おれは行かない。アーサー達は戦っているから、助ける。あいつも止める。帰るのはそれからだ」

「……」

「大丈夫だぜキアラ! ルシュドが訓練頑張ったの、お前が一番知っているだろ!? だから信じてやれ!」

「あら、いいこと言うじゃないの」



 泡を作ったかと思えば、それを頭上で弾かせるサラ。



「与太話はこれでお終い。じゃあ、生きて帰ってきなさいよ!」

「帰ったら飯でも食おうなー!!」

「……絶対、帰ってきてください! 約束です!」




 また街の方角に、三人は向かっていった。




「……ルシュドよぉ、オマエェ」

「どうした?」

「男らしさ上がったな?」

「えっ……!」

「ハッハッハ! じゃあまあ……ボクについてこいや!」















「ヴーーーーーー………………     」



「ヴァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」



 かの者は急に立ち止まったかと思いきや、


 更に怒り狂って叫び、


 一般的に『走る』と認識される態勢に入った。



「動きやがった……!」

「上を見ている暇はないぞ?」

「ぐっ!!」



 皮膚に僅かな火傷を負ったハンスに、上空から棘の雨が降る。


 醜い顔でけたけた嗤う、アグラヴェインと共に――





円舞曲は今此処に、サレヴィア・残虐たる氷の神よカルシクル!!」



 頭上に展開した氷の壁が、棘を全て弾く。


 砕け散ったそれは自然落下ではなく、宙に向かい醜いそいつに突き刺さっていく。





「……物理攻撃ファイター魔法防御ソーサラーの合成魔法。見事! 流石はエルフだ!」

「クソ教師!! てめえ随分余裕そうだな!?」

「それはもう――」



「余裕を失うべきタイミングを、待ち続けているからね――!!」




 奈落やアグラヴェインの妨害も排除しつつ、巨人と並走して策を練る。


 円卓の騎士たるケイが放つ魔法の数々は、どれもが戦闘を続行させるには十分な物であった。





「ふうん!!!ふん!!!ぬううぅぅうううううん!!!」

「今度はハンマーっ……!!」



 地面に振り下ろされる、巨大な金槌――に変貌したアグラヴェインの右腕。


 それをどこからともなく飛んできた、緑の波動を纏う包帯がぐるぐる巻きにして食い止める。



「ぬがあっ……!!」

「リュッケルトォォォーーーーーー!!!!!」

「んおおおおおおおーーーーーりゃああああああーーーーーー!!!」


「がっ……小童、がっ……!!!」





 包帯に絡め取られたアグラヴェインは、そのまま二人から見て前方に、風のような速さで引っ張られていく。



「……ガウェインが何か思いついたみたいだ」

「だったら行くぞ!! 今のうちに先行していた連中と合流だ!!」

「教師に対してため口とは――」

「うるせえよくそがああああああああ!!!」








 女は狂い果てていた。


 元の冷静な性格は見る影もない。


 只ひたすらに、目的に突き動かされる――



「オラアアアアアアアアアアァァァァァァンンンンンン~~~!!!!」


「くっ……!」

「危ない!!」



 エリスに振り下ろされた右手を、カタリナは割って入って弾く。



「邪魔するなああああああああ!!!」

「ぐっ……!!」

「お嬢様!」



 セバスンと共に、体重を乗せて下ろされる刃を受け止める。


 その隙にエリスは距離を取る――



「テメエ!!! 逃げんな!!!」

「ああっ!」



 直ぐにカタリナから離れ、エリスに向かって踵を返す。



「さっさとくたば――」

「させんっ!!」



 今度はアーサーが割って入る。カヴァスが彼女の腕を、食い千切らんとばかりに噛み込む。



「ぐううううううううううあああああああああああああ…………………ああああああああああっ!!!」



 残っていた左手で、強引にカヴァスを剥がし――


 再び移動をしたエリスに突進する。




「くっ……!」

「あはははははははは!!! くたばれええええええええっ!!!」



 エリスが選定の剣で受け流し、アーサーかカタリナの追い付いたどちらか片方が割って入る――


 そのような攻防が、合流してからずっと繰り広げられていた。








「埒が明かないよ……!」

「そう思うんならとっとと降参しろよ~~~~?????」

「こいつ……」

「ククククク……キャハハハハハハ……」




「魔石が回収できなかったんだ……ならばせめて……聖杯の片割れだけでも……」




「奪って帰る!!!!!!!!!!!!!!!!」



 ここぞとばかりに深淵結晶をばら撒く――




 その直前に。




「狂った輩には――」


「敢えて敢えての、整然としたリズムだ!!」




 ドラムで整われた、ギターのメロディが響き渡る。







「ぬぐっ……!?」


「ああ……ああああああああああ……!!!」



 頭を抱えて悶え、それだけで精一杯になる女。


 しめたと思って態勢を立て直している間に遂に彼等はやってくる。



「よーぅおっかれー!! 待たせたな!!」

「遅いぞ馬鹿がっ!!」

「んげぇー!?」



 アーサーがイザークの頭を叩く間に、エリスとカタリナはルシュドとジャバウォックに気が付く。


 姿が変わった彼を見て、思わず安堵が零れる。



「ルシュド……」

「え、あ、ああ。おれ、強く、なった」

「似合ってるよ。角も爪も鱗も牙も、全部」

「……へへっ」

         (ねえわたしも気になるんだけどー!!!)


「今はまだだーめ。我慢してね」

         (ぶえー!!!)


「ん……ギネヴィア?」

「そうそう――」



 その時巨人の咆哮が響き――




 先程よりも速く、また前に向かって動き出す。







「そんな、どんどん遠くに……!」

            (……君)

「高台もこの先無くなるぞ……マジでヤバくない!?」

          (……主君)

「というか今どの辺なんだろうね!? 何かもう、闇雲に来ていたから、位置もわかんない……!」

        (……我が主君!)

「アーサー、カヴァスで追い付け……る……?」





 彼は呆然としていたかと思うと――


 突然きっとした表情で、叫んだ。






「――聞こえているぞ!!! ガウェイン!!!」













「先ずは状況報告だ。眼鏡の小僧とエルフの小僧はこっちに合流した! 無事だ!」


           (よかった……!)



「それで――お前は今、俺と念話が飛ばせるぐらい近い所にいる!! そうだろう!!」


 (巨人が物凄い速さで移動している――)

       (追っている最中だ――!)


「そのまま俺達に合流しろ!! それで、お前の――お前の聖剣《エクスカリバー》で、額を叩き割ってやれ!!」

            (額だと――)


「あいつの額が……大穴空いてるんだ!! 何かしらの損傷を負っている可能性がある!! 他の部分は触れば大火傷だ、何とかするならそこを狙うしかない!!」


      (……乗るぞ、その提案!!)


「ああ、それならそれで――先ずは俺の所まで合流してこい!! 第一段階だ!!」











「……ガウェイン、は何だって?」

「奴を食い止める策が提案された」

「マジかよ!?」

「全てはオレの聖剣エクスカリバーに懸かっている――」



 彼が剣を握り締めた腕を、即座に握るエリス。



「わたしも行く。聖杯の力も込めれば、絶対に討伐できるよ」

「エリス……」

「仮に死ぬことになっても、あなたと一緒なら後悔はしないよ」



 そうでしょ、と言って、彼女は微笑む。



「……それ以前に決して死なせはしないけどな!」

          そうだ、死なれたらこっちが困るんだよ!!!








「っ……」

「んへえ、最大出力にしたのに!?」



 走っている自分達を追い抜き、女は再び立ち塞がる。


 だがその姿は、それはそれはおぞましく。




「……マジかよ」

「何これ……」

               アハハハハハ……痛い痛い痛い痛い……


「この熱波の中で全裸って……」

「水膨れ、酷い……」

            だが、痛くていいんだよ……!!!





「聖杯、巨人、後には小聖杯も控えてる……」


「本気を出すには十分だ……!!」


「そうだ、痛み、痛みこそが、ワタシの力になるんだよ!!!!!!!!!!」







 黒い波動が巻き起こった。


 それは女の身体の、火傷の跡や浮き上がった血管をより鮮明に見せつけてくる。


 痛々しく、しかし時折歓喜に震えていて。



「……アイツはボクとカタリナとルシュドで牽制する。だから先に進め!」

「……ここがきっと、正念場」

「生きて帰る!!」

「ああ、ならくれぐれも――死ぬなよ!!」




 エリスの腕を引っ張り、助走をつけて飛び上がる。


 突進してきた女を飛び越え、向こう側に呼び出したカヴァスに丁度着地、そのまま跨った。




「わっと! ……ふう!」

「エリス、オレの腰を掴んでろ!!」

「最高速で行くから振り落とされるんじゃねえぞ!!」



 咆哮を鋭く上げて、カヴァスは駆け出す。


 背後から女の声が聞こえる――




「我はモードレッド様の忠実な下僕、淫騎士ペリノアなり!!!」


「我が主君の望み、聖杯の簒奪を叶えるべく――」


「テメエら全員皆殺しだああああああああああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!!!」

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