ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第五百七十三話 戦闘、醜騎士アグラヴェイン

公開日時: 2021年4月16日(金) 07:06
文字数:4,798

「小僧!! 今ログレスのどの辺にいるかわかるか!!」

「ヴィクトールだ、覚えてくれ……!! ブルックよりかなり離れた!! 中央部にかなり寄ってきていると思う――!!」

「そうか、じゃあだだっ広い平野が広がってるってこったな……!!」



<アグラヴェイン、一丁お待ちーーー!!!

         <ですわー!!!



「来たか!」

「こちらに引き寄せて、一体何をするつもりです!?」

「それは――」


     <いっで!! いっでえ!!

     <ふむ、骨が折れているかな?



「おお、こっちも丁度よく!」

「ハンス!! 無事か!!」





 風に乗ってきたハンスとケイ、馬のデュークに跨ったリュッケルトとリティカが、ガウェインとヴィクトールの二人に合流する。


 そしてリティカの右腕――ナイトメアのマールを変化させ、強靱な包帯を纏ったそれの先には、


 脱出しようともがくアグラヴェインが拘束されていた。





「おい女……どういう状況だよ」

「竜賢者様に言われまして、なるべく生け捕りするようにして連れてきましたの!!」

「生け捕り?」



「……ぬうんっ!!」




 足元が歪む。


 見るとそこには黒の毒沼が広がり、底の方から何かが自分達を喰らわんと這い出てくる。



「くっ、威勢のいいこと……!」

「おりゃー!!」



 リティカが右腕に力を込めると、その沼は一旦収まりを見せる。



「ちょっとだけ牽制していてくれ! 俺はこいつらに話がある!」

「わかりました!行くぞデューク!!」

「マール、もうちょっと頑張ってね!!」





 二人が少し距離を離し、残ったのは四人。それもアーサーについてよく知っている四人だ。




「今我が主君がこちらに向かっている。あいつに渾身の一撃を額に決めてもらって、それで止めを刺させる」

「何で額なんだよ!?」

「あんなにぽっかりと穴が開いてたら、弱点だって思うだろ普通!?」

「そもそもあそこ以外に攻撃が通りそうな場所がないのも事実だ。賭けるしかないだろう……」

「……わーったよ。で? 額の所まで、どうやってアーサーを持ち上げるのさ?」

「ある程度は向こうにも協力してもらうが――」



 ガウェインは背中の大剣に再び手を掛ける。





「あのジジイから魔力をひり出す。そうすれば推進に必要な魔力は足りるだろ」




「……」

「ははは! 実に君らしい、豪快で勇敢な策だ!」

「無謀の間違いじゃねえのか!?」

「だが理に適っていると私も思うぞ! ならば早速、抽出の魔法陣の構築に取り掛かろう!」

「話が早くて助かる――」


       きゃああああああ!!!




「……頃合いだな!!」

「君達二人は私の手伝いだ。言われた通りに動いてくれ!」

「承知しました!」

「……やってやるよ!!」




 そうしてのっそりと、彼は姿を見せる。


 まだ身体に残っていた包帯を煩わしそうにしつつ、憎悪をこちらに向けてくる。


 対峙していた若者二人も戻ってくる――




「デューク、お疲れ様。あとは僕だけでもやれる……」

「ヒヒン……」

「マール、無理させちゃってごめんなさい……」

「いいのよぉ、それがナイトメアの誉れだものぉ……」



 仕える騎士を身体に引き戻し、二人はガウェインの隣に並ぶ。



「あいつ……結構しぶといです。見た目の割に……」

「それはお前達が魔術師の卵で、魔法主体で戦っていたからだな。魔力耐性は高いだろうが、肉体はそうでもないだろう」

「確かにさっきも、思いの外簡単に引っ張れましたわ……」

「だろぉ? だから、ここはもう攻めるっきゃない――」



「無理をしない範囲で、俺に続け!!」











「猪口才な……ワガハイから魔力を抽出するだと?」


「舐められたものだ……ワガハイを甘く見るなよ……!!!」



 突撃してくるガウェインを前に、口を動かし何かを唱えるアグラヴェイン。




 すると、辺り一帯を、




 悲鳴とも取れる淀んだ声が満たす。





「なっ、んだよこれ……!!」

「腐臭がする……まさか!!」




 ヴィクトールが推測する間もなく、それらは姿を現す。


 恐らくはログレス平原に生息していたであろう魔物――しかしどれもが肉が腐り落ち、臓器の位置もバラバラだ。


 何よりこの業火の中でも感じる腐敗臭――




「魔物のゾンビ、アンデッドか!!」

「燃え尽くされたのは人の営みだけじゃないってことか……! まあ当然ではあるのだが!!」

「……」

「おいヴィクトール!? ぼーっとしてんじゃねえぞ!? これ移動しながら構築してるんだからな!?」

「……ああ」



 奇妙に思う所があったが、それについて考えるのは後だ。










「妙だ……魔物のゾンビしかいないだと? 人が……死んでいない?」


「一体何が妙だって!?」

「ぐっ!!」



 挨拶代わりに、彼の腕に向かって斬り込むガウェイン。


 彼の推測通りに、結界らしき物にそれは弾かれる。




「今ので大体わかったぜ、結界の強度。今の一撃をあと百三十三回ぶち込めば壊れる」

「ならば壊れる前に強化してやるまでよ。ワガハイは魔術戦に特化された騎士――貴様の力に任せた攻撃など、大した脅威ではない」

「よく言うぜジイさんよ。まあ大口叩いてられるのも今のうちだ――」




「――俺には俺の守りたい物、守りたい人々があるんでね」


「休む間もないままに、本当の信念ってやつ、叩き込んでやるよ――!!」





 彼が纏う炎は、周囲を覆う悪意に満ちたものとは根本的に異なっていた。


 大いなる円卓の騎士、その最初に生まれ出たという矜恃と信念が、


 清々しいまでの赤色となって彼の力となっている。







「俺の身体は特別仕様だ。日中だと通常の三倍の力が出るんだが――」


「この炎で照らしてやれば、例え夜でも昼のように明るいのさ――」


「故に今は昼だ、俺がそう決めた!!」






 凡人が両手でやっと扱いこなせようかという大剣を、彼は片手で振り回す。


 左腕での一撃が終わったら、勢いのまま投げ飛ばし、右腕で受け取り二回目が入る。右腕が終わったらまた左腕だ。


 これを百三十三になるまで繰り返そうと言うのだから、豪快或いは無謀と言わざるを得ない。




「屁理屈を――捏ねるなあ!!!」




 アグラヴェインの感情が昂るのに合わせて、地面が脈打ち、生命らしき何かを吐き出す。


 それは肉が腐ったゾンビだったり、黒そのものである奈落の者であったり、二つが混ざって中途半端になってしまった何か。


 中途半端が確固たる信念に敵うものか。殆どが真紅に焼き尽くされ、再び地面に返され今度は焦げ跡の一端を成していく。


 されど運良く燃え尽きず、存在を固定された者が、信念に肉薄していく――





「ぐっ……!!」

「ははは、いいぞ!! そのまま食い千切れ!!!」



 途中で肉が腐れ落ち、口と牙だけが残った犬のゾンビが、大剣を持つ右腕に喰らい付いた。


 即座で左拳で殴り返すも、威力は不十分。そうしている間にも敵は次の攻撃に移っていく――





「――させるか!!!」




 叫びと共に飛んできて、腕に噛み付いた肉塊を焼いた炎は、まだ大海の劫火と区別がつかない。


 しかし磨き上げれば揺るがぬ色を確実に宿す、筋の通った炎であった。




「……竜賢者さん!! ゾンビや奈落の対処は僕とリティカでやります!! だからどうか!! 集中してください!!」

「……任せたぞ、リュッケルト!!」





 再び彼の攻撃が始まる。幸いにも結界を強化する術式の、発動する直前に一撃を叩き込めた。




「ぬぅ……!!!」



 溜め込んでいた魔力を別の術式に変換する。


 ゾンビの発生や奈落の隷属を継続させつつ、自分は自分で妨害の魔術を繰り出す。





「はっはっはっはっは!!! いい、実に素晴らしい!!! 俺は今最高に昂っているよ!!!」

「狂戦士が……!!!」

「カルスヘジンの比にもならねえぜ? 何せこの長い間、数百年だ!!! ずっと本来の力を抑えて、言葉で人を動かす宰相閣下の真似事だ!!!」


「やはり俺は、剣を振り回しているのが性に合う――」


「剣を振り回して前線に立てば、誰かの為に成すべきことを、実行している実感があるんだ!!!」




 脈打つ茨が這い出てきた。時々口を開かせて、食べようとしてくる。

 それがどうした?茨は植物だ、大層素晴らしく燃えるぞ燃える、燃やし尽せばいい。


 鉄の処女とも見紛うような、強靭で巨大な棘が這い出てきた。

 成程、これだけの大きさなら、飛び蹴って勢いをつけるのに使えるな。


 音が聞こえる。硬い硬い石を刃の先で引っ掻いた、甲高い不協和音。

 ならば炎を出し尽くせ、轟音で何もかも聞こえなくなる。


 視界が眩む、黒に染まる。何も見えない、恐怖と焦燥が襲う。

 言っただろう、今は昼だ。昼は黒に染まらない、何も見えないわけがない。





 古より蘇りし信念を、何事にも何者にも覆すことは、砂漠で誰かが落とした眼鏡を見つけ出すより難しい。


 奴は砂漠も眼鏡も燃やし切るからな。






 業火の海で焔が踊る。燃え盛る轟音は吟遊詩人の竪琴で、星と夜とが観客だ。さながら海は舞台と同義になる。


 星は瞬き手を伸ばす、夜は更けて嗚咽を零す。どうか観せてくれ、もっと魅せてくれ、主役の素晴らしき剣戟の数々を。


 嗚呼、それ以上はいけない、そこから攻撃を加えてはいけない。終わってしまう終わってしまう、我等の至福の一時が終わってしまう。


 作り物の伝説ではない、本物の力、真実たる信念。書物も絵巻も表現し切れない本当の騎士がそこにはいる。目に映る真理には何もかもが魅惑され、そして求め行くのだ。




 さあ、非常に名残惜しいが、そろそろ幕引きだ。


 百三十三回目の攻撃が入る――






「……!!!」



 醜騎士は直感した。


 その一撃が加わった瞬間、自分を守っていた結界が壊れ、


 己が無力になることを――



「俺の――勝ちだな!!!」



 白と赤の鎧の騎士は、振り被った大剣から手を離し、


 目の前の醜い魔術師の首を片手で握り締める。




「ぐぬうううううううう……!!!」

「よくもまあこんな細い肉体で、騎士を名乗れたもんだ――!!!」




 持ち上げるのも、目標地点に向けて投げ飛ばすのも、


 片手が使えれば十分だった。












「……来た!」

「まじか!?」

「俺に続けハンス!! 発動させるぞ!!」

「ああ――わかってるっつーの!!」



 ケイと共に仕立てた魔法陣が完成し、地面に敷いて定着させる。


 肝心の構築を担った本人は、魔法陣から少し離れて――





「ああ、彼は本当に雑だ!! 微調整が必要かなと思っていたら本当に必要になった!!」


「ぐおおおおおお……!!」





 宙を飛ばされながらも、魔術を繰り出し、逃げて抗おうとするアグラヴェイン。


 ケイが繰り出す束縛の魔法が、それを許しはしない。



「……そっちに行ったぞー!!! 発動するんだー!!!」







 ハンスとヴィクトールの二人は、確かに視界に捉えた。


 さながら宙を舞う煙塵のように、醜い老人が吹き飛んでくるのを。


 墜落地点は丁度魔法陣の上だ――



「――行くぞ!!」

「おうっ!!」











魔力を流すと、竜巻が飛び上がる。


それは老人の身体を拘束し――



「ぐっ……」


「小癪……なあああああああああああああ……!!!!!!!!」








「……ハンス、これを見ろ。魔力結晶だ」

「おーおーこれが……あのじじいの……」



 竜巻を生成した魔法陣から少し離れた、手の平サイズの魔法陣。


 その上に結晶体が刻一刻と生成されていく。綺麗な透明でなく、濁った黒であった。



「……上手くいったようだね。流石私の生徒達だ」

「先生もお疲れ様であります……」

「……けっ」



 丁度そこにガウェイン、リティカ、リュッケルトの三人も合流する。



「はあはあ……せ、セラニス……」

「私がやりますよリティカ殿」

「うう……」

「……どのぐらいで終わるんですか? 抽出」

「七分……かな。抵抗してくれなきゃ半分で終わるんだけど……」




 その時地鳴りが響いたかと思いきや、隣を熱波が走っていく。




「……丁度追い抜かれたか。距離を取って正解だったな! 俺はあっちに向かうぞ、誘導をせねばならん!」

「じゃあ……ぼくも行くよ!! これが合流できるチャンスだし!!」

「俺も行きますよ。何ができるかはわかりませんが……」

「リティカ殿とリュッケルト殿は、休憩しながら魔法陣を見守りましょう。この魔力結晶は生成が完成したら送ります」

「送るのは任せて! ですわ!」

「もうちょっと、もうちょっとでこの戦いが……!」

「さて――」




「気張ってくれよ、我が主君――!!」

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