こうして悪食の風をやり過ごした後、暫くはユディに滞在し、魔力が安定するまで散髪業をして過ごしたソラ。
数日した後に次の目的地に向かう。
「ばうばう?」
「んーっとね、ちょっと行ってみたい所があるんだ。ユディからそんなに遠くはないよ」
ブレイヴとそう話しながら、箒に跨り空を行く。
一時間と数十分した後、降り立ったのは灰色の島。
「うむ、初めて来たが予想以上に灰色だ」
「わーわわわわん!」
「そうそう、ローディウム島だ」
良質な鉱石が採れることで有名なローディウム島。ドーラ鉱山の台頭により多くの鉱山が打撃を受けたが、ローディウムだけは依然と変わらぬ産出量を誇っている。
それは商業都市リネスに近く、グロスティ家を始めとした有力な商会と関係を持てていることが影響しているだろう。
「で、目の前にあるのが、ローディウム大橋!」
びしっと指差す先に続く巨大な橋。
それはそれはもう、巨大であった。
「でっかいね~……僕が両手を広げて何人入る?」
ローディウム側の入り口に立つ。それから両手を広げてみるものの、
その状態の自分が十人、いや二十人以上は安々と入るのではないかと思わせた。
「……やっぱり大きすぎるよねえ。貿易路として使うなら、もっと狭くてもいいとは思うけど……」
その点についてはグロスティ商会長のイアンが追及していた為、ソラの耳にも知れ渡る所である。
「産出量だってそんなに多くないし、そもそも島全体が広くないし。何だろ……再開発でもするのかなあ」
因みに橋を通って直ぐの所には、観光客に目を付けた商会や個人が出店を出しており、一種の祭りにも近い雰囲気が漂っていた。
最もその店主も客も、今は何処かに行ってしまっていたが。
「わん?」
「どしたよブレイヴ」
「わおーん! わん!」
「ん~?」
走り出したブレイヴの後を追う。
その先では――
「ギェェェェェエェェェェェーーーーーーハッハッハッハッハァ!!!」
「ご覧くださいお客様!!! 今日はいつもより多めに回しております!!!」
「ハァァァァァァァァァァーーーーーーーーーアアッ!!!」
「出ました!!! 秘伝の捻り練り!!! こうして手の間の間隔を徐々に細めていくことで、真っ直ぐ粘土を伸ばしていきます!!!」
「ヌゥゥゥゥゥゥゥーーーーンッ!!!」
「そして伸び切った天辺に手を当て、一気に叩きつけていくぅぅぅぅぅーーー!!!」
「……わん?」
「何これ」
上半身を露出し、骨が浮き出ている肉体を持つ、弁髪頭の老人。
その隣にいる典型的な吟遊詩人の男性が、老人がろくろを回しているのを猛烈に実況している。
理解できなかったので近くにいた人に訊いてみるソラ。
「すみません、あの人」
「んあー? 何でも旅の陶芸家だってよ。あんな風に派手に作ってパフォーマンスすることで路銭を稼いでるんだってさ」
「はぁ……」
「でも見た目はあれだが、実力者だぞ。今使ってる粘土はこの地面から取り出したからな」
「……このローディウム島の?」
地面の色は灰色、そしてこねてる粘土は茶色ががった黄土色。
「錬金術か何かかな……でもそれだけであの量、加えて状態変化にも耐え得る粘土を?」
「俺には詳しいことはわかんねえが、まあ人の目を引くことだけは確かだ」
「それはわかります。ところでおじさん、橋の近くで屋台やってた人?」
「おっとそうだとも。いやあ皆こっちに来ちまったもんでさあ……」
「まあ確かに目を引くよね。わかります」
他に何か面白い物はないかと、周囲を見回してみる。
「……ん?」
「どうした嬢ちゃん、魔物の群れでも見つけたか?」
「いや、看板が……『ローディウム鉱山観光受付はこちら』って」
「ああそれか。鉱山も上層の方は安全が確保されてきてな。ちょっとした観光商売でもやろうって売り出してんのよ」
「じゃあ僕はそっちに行こうかな。おじさん、商売の方も頑張るんですよ」
「たはは、耳が痛い……」
こうして看板の案内通りに進み、ローディウム鉱山にやってきたソラ。
「随分と物々しい……」
「わおん……」
まるで大口を開いて、獲物が自ら向かってくるのを待っているかのよう。そんな入り口を見てちょっと委縮してしまう。
「すみませーん、観光したいんですけどー」
「……あ?」
ソラが声を掛けた男は、ふてぶてしく返事をする。
黒いローブを着て、首筋に黒い線が浮かんでいるのがほんのり見えた。
「……」
「んだよじろじろ見るんじゃねえよ。で? 観光?」
「あ、はい……これ、銅貨三枚です」
「んじゃあ一時間コースな。これ地図な。立ち入り禁止区画には入るんじゃねえぞ。あと暴れるのも無し。騒ぎは起こすなめんどいから」
口早に説明した男は、ぷいと振り向いて葉巻を吸い出す。
「……行こうか」
「わんっ」
鉱山の中はかなり掘り尽くされたようで、道幅は非常に広い。足場が造られたままにされており、また道標の灯籠も眩しく光る。
「鉱山って鬱蒼としてる印象だったけど、そうでもないね」
「わんわん!」
所々には休憩中の鉱夫の姿も見える。手に持った飲み物を飲んだり、仲間と話し込んでいたり。
そういった活気付いた人込みの中に、ぐったりとした鉱夫を見つける。
「……大丈夫ですか?」
「……え?」
真っ先に駆け付け声を掛けるソラ。上げた顔はかなり痩せ細り、疲労の色に染まり切っている。
「ああ……何だ何だ、神様の御使いか?」
「そんな大層な者じゃないです。只の観光客ですよ」
「ああ、カムランが小遣い稼ぎにやっているあれか……」
「え?」
「いや、独り言だ、忘れてくれ……」
ごほぅ、ごほぉと咳き込む男性。
「喘息を起こしているんじゃないですか? ちょっと見せてください」
「いや、まだ平気……ああ……」
抵抗する体力も残っていない男性は、ソラに作業服を脱がされる。
魔術診療を行う際のポイントは四つ。額と利き手の手首、それから首筋と臍の上を診る。特に臍の上は魔力が溜まりやすい所であり、人間が魔法を行使する時はこの辺りに一番負担が掛かる。
加えて喘息症状となると、魔力によるものなのか物理的要因によるものなのかを判別する必要がある。応急的とはいえその診断ができると心強い。
「……」
「どうだ、お客さん、何かわかったかな……?」
臍の上が浸食されたように、深い灰色に変わっている。
魔力の体内循環が上手くいっていないのだ。
「魔法型喘息、上手く魔力が循環できてなくて身体の器官に不具合を生じています。それも……放置していたので、かなり深刻な状態です。今すぐにでも治療を受けた方がいいかと……」
「……」
「そうかぁ……」
「俺、そろそろ潮時かぁ……」
諦めたように言い、仰け反って倒れる男性。
「……つかぬことをお聞きしますが、貯金とかは……」
「さあな、金貨が十枚あったんじゃないか? でも杜撰に管理していたから、パクられてるかもなぁ……」
「……」
「……そうだな。もうすぐ終わるってんなら、決心ついたよ」
立ち上がる男性。拍子に咳き込み血痰を吐いたが、少しずつ歩いていく。
「ちょっと、見てほしい物があるんだ……」
ソラが連れてこられたのは、立ち入り禁止区画ギリギリの階層。
結界が張られてあるという警告の看板の直前で男性は立ち止まる。
「用があるのはこっちだ。暗いけどちょっと見てほしい……」
「……ブレイヴ、明かり着けて」
「わんっ」
深部に行けば行く程まだ採掘の途中で、足場や照明の設備も整っていない。地図によると現在いるのは第三層とのこと。
ブレイヴは淡い色の光球を三個作り出し、ソラと男性の頭上に浮かせる。
「壁……ですか?」
「そうだ壁だ。でもってよぉく見てほしいんだ……」
「……」
採掘したピッケルの跡が残っている。
元々の鉱山が有していたであろう土の特徴も。こちらは表層ではないからだろうか、灰色ではなく土っぽい色をしていた。
そして不規則に刻まれた、線の数々。男性が気付いてほしいのはまさしくそれだった。
「この辺さ……手に、見えないか?」
「手?」
「ほら、五本指があって、ちゃんと長さもバラバラで……」
そう言われると、確かに手に見える。
立ち入り禁止区画の方から腕が伸びて、掌を広げている手。
その手に見える模様の全長は、ソラの身長と同じぐらいであった。
「俺、前まではピンピンしてたんだ。でもこれが手に見えた途端崩れちまって……」
「……」
「うっ……駄目だ、もう、俺……」
「背を向けましょう。これ以上は毒です」
くるりと背を翻す。
視線の先、ブレイヴの光球が照らし出す視界の中では足場に気を付けながらピッケルを打ち込み、採掘に精を出している作業員がちらほら見受けられる。
「よかった、よかったよ。おかしいのは俺だけじゃなかったんだな……皆そんなの思い込みだって言って、相手にしてくれなかったんだよぉ」
「……」
「確かに只の模様って言われたらそれで終わりかもしれねえ。でもあれは、模様って言うにはあまりにもできすぎている……ずっと見ていると、握り潰されるような。今にも動き出してそうしてくるような、そんな……」
「わん……」
「そして怖いんだよ。この先発掘が進んで、あの手みたいなのがもっと出てくるんじゃねえかって。なのにこの発掘、誰も止めようとしねえ……降りようとする奴もいねえ……お上は何が何でも成し遂げるって、そう言って聞かねえ……」
「ああ……ううっ……」
再度咳き込む男性。今度は立つのも精一杯で、前のめりに倒れてしまう。
「っと……」
「わ、悪いな、お客さ、ごほっ」
「ブレイヴ、この人を連れていこう。多分診療所とか簡易的なのはあるでしょ。そこからどうするかは……後で考えよう」
「わんっ!」
鉱山の先に眠っているのは、金か宝か或いは――
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